Silver snow4*隣にいること諦めないよ。

1


 助けてくれるはずない。

 それでも、願ってしまうんだ。

 相可おおかくんの隣にいること諦めないよ。



「もう夜になっちゃった…」

 12月4日。わたしは自分の部屋で少女漫画雑誌を読んでいた。


 背中を壁につけ、ベットに腰を下ろした状態でペラペラとゆっくりページをめくっていく。


 このシャボンは、わたしがまだ小学4年生の時。


 喘息が肺炎まで悪化して入院していたんだけど毎日退屈で。

 だけど体調が良くなった雪が降った日に病院の売店までお母さんに連れて行ってもらって見つけたの。


 表紙のキラキラした女の子が可愛くて惹かれて――――。


 わたしは、ふっ、と笑う。


 お母さんに買ってもらえた時、すごく嬉しくて、ぎゅっと抱き締めたのがいい思い出。


 読んでみたらキラキラした女の子とイケメンヤンキーの恋物語で、


 ――髪染めてるヤンキーには気をつけるのよ。


 って今でも言ってるくらいお母さんは大嫌いみたいだけど、わたしは大好きで、もう数え切れない程読んでるからシャボンはボロボロ。


 この漫画は今でも連載中だけど、わたしはやっぱり、この1話目がお気に入り。


 わたしは、シャボンをぎゅっと抱き締める。


 小学4年生の時は自分がキラキラした女の子みたいになれるはずないって思ってた。

 キラキラした女の子は可愛くて綺麗で。

 わたし、黒ずきんで普通だから…。


 でも今、このキラキラした女の子みたいに相可おおかくんの隣の席になることが出来た。


 わたしは右手で涙を拭う。


 今でも涙が出てしまうくらいすごく嬉しい。

 だけど、昨日相可おおかくんに、


 ――黒図くろずが隣の席だから。


 って言われてしまった。


 すごく嬉しかったけど、構うのもわたしを守るのも隣の席になったからで、

 隣の席じゃなくなったら、


「お前誰?」


 みたいな感じで離れて行ってしまうってことだよね…。


 ぽたぽた……。

 わたしの眉が下がり、両目から大粒の涙が零れ落ちていく。


「やだよ…」


 わたしはベットの上に座ったまま、シャボンをぎゅっと抱き締めながら俯いた。

 シャボンが涙で濡れていく。


 ずっと相可おおかくんと一緒に…、

 隣にいたいよ。


雪羽ゆきは、卵切れちゃったからコンビニにで買ってくるわね」


 階段下からお母さんの声が聞こえ、わたしはハッとする。

 涙を右手で拭い、少し濡れたシャボンをベットに置いて、ガチャッ。

 部屋の扉を開けた。


「お母さん待って。わたしが買いに行く」

 階段下のお母さんに向かって言うと、お母さんは困り顔を浮かべる。


「何言ってるの」

「いいわよ、お母さん買ってくるから」

「外寒いし、もし風邪でもひかれて喘息になったら困るもの」


 そう言われると思った。

 だけど、今日は後へは引かない。


 わたしは右手を胸に当てる。

「最近、元気だから大丈夫」

「それに、いつもやってもらってばっかりだから…」


「今日はお母さんを助けたい」


 わたしが必死に言うと、お母さんは涙ぐむ。


雪羽ゆきは…」

「分かったわ、気をつけて買っておいで」


「うん、お母さんありがとう」

 わたしは嬉しそうに笑った。そして、


「準備してくるね」

 とお母さんに言い部屋に戻ると、灰色のダッフルコート羽織り、ふわふわのマフラーを首に巻いて、


 シャッ!

 ベランダに続く扉を隠した淡い青色の雪柄のカーテンを開ける。


 今日は隣の猫いない…。


 わたしは、しゅんとする。


 …行こう。


 シャッ!

 わたしはカーテンを閉めて階段を一段ずつ降りて行った。



「はぁ…寒い」


 ……やっと外出られた。

 強く言わないと土日外に出させてもらえないから。


「あっ」


 猫が隣の家から何食わぬ顔をし、歩いて出てきた。


 ベランダの時よりも毛ふさふさになってる?

 出かけるところかな?


 猫がわたしの視線に気がついたのか、わたしを見る。

 動揺するわたし。


 また、逃げられちゃうのかな。


「…ぎんくん」

 わたしは、そう呟いてしまったことに驚き、右手で自分の口を押える。


 わたし、今なんて…。


「ニャー」

 猫が可愛らしい声で鳴いた。


 え…。


 猫は尻尾まで振っている。


 嘘…わたしに鳴いてくれた?


「いい子にしてた?」

 ロングヘアの若い女性が猫に声をかける。


 あ、隣の家の人帰ってきて…。


 確か動物病院のナースさんしてるとかお母さん言ってたっけ。

 綺麗な人…。


 そっか、飼い主さんが帰ってきたから鳴いたんだ…。

 自分に向かって鳴いたなんて思った自分が恥ずかしい。


 …コンビニ行こう。



 数分後、コンビニ近くまで着いた。

 わたしは疲れてしまい、しゃがみ込む。


 元気で大丈夫だと思ってたけど甘かった。


 平日毎日高校通ってるから、土曜日は特に疲れがひどくて。

 疲れが溜まっていたみたい。

 あともう少しなのに…。


 昨日のカラオケの時もそうだった。

 やっぱり、お母さんに行ってもらった方が良かったのかな…。


「かーのじょ、どうしたの? 大丈夫?」

 甘い顔をした金髪のヤンキーが絡んできた。


 金髪のヤンキーは他校の黒い制服を着ている。


 無視しよう…。


 金髪のヤンキーがわたしの前にしゃがむ。

 ガシッと腕を掴まれた。


 え…。


 サァッと顔を上げたわたしの顔が真っ青になると、

 金髪のヤンキーが片耳につけたゴールドの十字架ピアスがかすかに揺れ動く。


「やっと俺のこと見てくれた」

「ほっそい腕してんね」


「ちゃんとご飯食べてる?」

「顔普通なんだからさ、ちゃんと栄養取らないとダメだよ?」


 どうしよう。

「放して…」って言いたいのに怖くて声が出ない…。


 いつもは高校だったから相可おおかくんに助けてもらえた。

 だけど、


 今日は外。

 家も知らないし、スマホでID交換した訳でもない。


 だからわたしは隣の席のただのクラスメートで、相可おおかくんが助けてくれるはずない。

 それでも、


 ――俺が黒図くろずを守る。


 昨日の相可おおかくんの言葉が脳裏に浮かぶ。


 相可おおかくんが助けに来てくれることを願ってしまうんだ。


 わたしの両目に、じわっと涙が浮かび上がる。



 昨日の言葉、信じよう。

 相可おおかくん!


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