Silver snow3*隣の席だから。

1


 話しても無駄だって分かってる。

 だけど生意気かもしれないけど、

 相可おおかくんだけには分かって欲しい。



「ねぇ、今日こそぎんくんの隣、譲ってくれない?」

 12月3日。葉二蘭ばにら高校の玄関の中に入ると、わたしの下駄箱の前に立って通せん坊しているゆりちゃんに言われた。


 ゆりちゃんの後ろにはツインテールの女の子とショートボブの女の子が並んで立っている。


 灰色のダッフルコート羽織ってふわふわのマフラーを巻いて黒のタイツを履いてるわたしと違って、ゆりちゃん達は制服に素足で寒そう。


 ゆりちゃん、今日は2人の女の子連れてる…。


 わたしがそう思いながら固まっていると、


「ねーねーあれ見て~」

「うわ、黒ずきんとゆりじゃん。またやってる~」


 周りの女の子達がゆりちゃん達とわたしを交互に見ながらコソコソ話をする。


「昨日はさ、ぎんくんに見られたからひいたけど」

「やっぱり普通の黒ずきんがぎんくんの隣だなんて納得出来ないんだよね」

 ゆりちゃんがつんけんした口調で言うと、


「そーそー、ゆりの言う通りだよ」


「さっさとゆりに席譲って」


 ツインテールの女の子とショートボブの女の子が続けて言い、キッ! とわたしを睨みつける。


「でも…」

 わたしは震えながらそう声を絞り出す。


「何? 口答えする気?」

 ゆりちゃんの表情はとても怒っている。


「あ…」

 わたしの顔が青ざめる。


「じゃあ聞くけど、黒ずきん、可愛くなる為に努力したことある?」

「ないでしょ」


 ゆりちゃんは自分の髪に触れる。


「私、毎日超早起きしてぎんくんに好きになってもらえるように努力してるし」

「だから普通の黒ずきんがぎんくんの隣なんて相応ふさわしくないって言ってんの」


 わたしは右手にかけた鞄のヒモをぎゅうっと強く握る。


 隣の席譲るまで退かないつもりだ…。

 どうしよう…。


「はー、またかよ」

 相可おおかくんは面倒臭そうに言うと、ため息をつく。


「っ……」

 ゆりちゃんの目が揺れる。


ぎんくん!」


「キャー、本物!?」

 ゆりちゃんに続けてツインテールの女の子とショートボブの女の子が物凄く驚く。

 わたしもびっくりする。


「おはよう、黒図くろず

 相可おおかくんが優しい口調で挨拶してきた。


「お、おはよう…」


「何々~? また女でモメてんの?」


ぎん、おはよ」


 茶髪の女の子と黒髪の男の子が歩きながら相可おおかくんに声をかけてきた。


 ――じゃあ、また明日ね。

 わたしは昨日の姫乃ひめのちゃんとのやり取りを思い出す。


 あ…昨日の…。


 茶髪の女の子は茨姫乃いばらひめのちゃん。


 わたしと同じ1年A組。明るくて華やかなヤンキーガール。


 全体的に色白な肌をし、前髪は右に流れ、ふわふわなロングの髪の先を軽く巻き、左肩の後ろに髪を流し右肩には髪をふわっとのせ、


 ベストと淡い青色でチェック柄のリボンの上に雪色のブレザーを羽織り、薄い灰色に水色のチェック柄のスカートの丈を短くして履いていて、


 腰にはカーディガンを巻き、右肩にチョコレート色の鞄をかけている。


 黒髪の男の子は林崎凛りんざきりんくん。


 同じく1年A組。誰にでも優しくて相可おおかくんの次にモテモテな少し闇のあるミステリアスなヤンキーボーイ。


 さらっとした髪に整った顔。片耳にはピアスをつけ、全体的にスラッとした体で細く長い足で立ち、


 黒のセーターと淡い青色でチェック柄のネクタイの上に雪色のブレザーを羽織り、薄い灰色に水色のチェック柄のズボンを履いていて、左肩にチョコレート色の鞄をかけている。


 いばらさんは相可おおかくんと林崎りんざきくんの幼馴染で、

 林崎りんざきくんは相可おおかくんの親友らしい。


「モメてねぇよ、挨拶しただけ」

 相可おおかくんが冷たくそう言い放つと、


「もう大丈夫だよ」

 林崎りんざきくんが、わたしの頭をぽんぽんする。


「!?」

 林崎りんざきくんに突然触られたわたしはびっくりする。


「それで普通の黒ずきんがなんだって?」

 相可おおかくんが冷たい目をしながら尋ねると、ゆりちゃんはゾクッとする。


「マジヤバいって!」

「ゆり、行こ」

 ツインテールの女の子とショートボブの女の子が慌ててそう言い、ゆりちゃんを連れて走って逃げて行く。


「あー、行っちゃったね」

 林崎りんざきくんが残念そうに言う。


黒図くろず、行こう」


「うん…」

 わたしは相可おおかくんに向かってそう短く返した。


 相可おおかくん、わたし、いばらさん、林崎りんざきくんの並びで廊下を歩き始める。

 みんなの注目の的。

 周りの生徒達の視線が一斉にわたし達に集まる。


 いばらさん達と一緒なのもすごいけど、

 わたし、相可おおかくんの隣を歩いてる…。

 夢みたい。


姫乃ひめのちゃん、今日もマジ美しくてかわいい~」

「さすが茨姫。美かわだな!」

 男の子達が盛り上がる。


ぎんく~ん!」

「りんり~ん!」

 両側の女の子達が手を振ると相可おおかくんは無視し、林崎りんざきくんがにこっと笑って手を振り返す。


「キャー! 毒林檎もらっちゃった!」

「冷たい銀色狼もさいこ~!」


 わたしは首を傾げる。

「毒林檎? 銀色狼?」


 わたしが疑問に思うといばらさんが口を開く。


「あー、銀色狼は相可銀おおかぎんからファンが勝手につけたファンネームで」


りんは愛想いいからすぐ女子が中毒になっちゃうんだよね」

「だからファンの間で苗字が林崎りんざきだけに“毒林檎”って呼ばれてて」


「毒林檎もらっちゃったっていうのは、りんから笑顔もらった的な感じの意味だよ」


 わたしはびっくりする。


 そうなんだ…すごい…。


「それより、昨日はシューズ飛ばしちゃってほんとにごめんね」

 いばらさんは申し訳なさそうに言う。


「い、いえ…。でもどうして走って?」


「午前0時の魔法が解ける前に部屋で彼氏寝取った」

「とかB組の女の子達に言われて、違うって否定しても信じてもらえなくてさ」

「走って逃げてたらシューズが…」


「な、なるほど…」


「お互い大変だけど今日から仲良くしようね」

 いばらさんは明るい口調で言う。


「あ、はい」

 わたしがそう緊張気味に短く答えると、いばらさんは満面の笑みを浮かべる。


 ひまわりみたいな明るい笑顔…かわいい。

 わたしとは本当に正反対…。


「さすが毒林檎」

 相可おおかくんが無表情で言うと、林崎りんざきくんがにっこりと笑う。


「もっと愛想良くしたら? 銀色狼」


 2人のやり取りを見て、わたしといばらさんは笑う。


「キャー! 銀色狼と毒林檎が見つめ合ってる~!」

「てかさ何? あの“普通な子”」

「最悪~」


 進む度に女の子達の不服が飛び交う。


 見た目が普通でごめんなさい。

 だけど、相可おおかくんの隣を歩けて嬉しくて仕方ない。



「改めて見ると一番後ろの横列、豪華だな」

 朝のHRホームルーム前、1年A組の壇上で池田先生が言った。

 わたしの顔が一気に、かああっと熱くなる。


 1年A組は男女15人ずつで30人いて、


 廊下側からにこっと爽やかな笑みを浮かべる林崎りんざきくん、


 普通のわたし、


 無表情な顔で、ふぁあ…っと欠伸あくびをする相可おおかくん、


 キラキラな姫オーラを出したいばらさんが座っている。


 つまり…。


 今更気づいたけど、わたし、とんでもなくすごい席にいる。

 まさか、相可おおかくんだけじゃなくて、いばらさんも林崎りんざきくんも同じ列だったなんて。


「…姫乃ひめのはいいけどさぁ」

「黒ずきんがぎんくんの隣だなんてありえない」

「物凄く普通で浮いてるし」


 窓側の1番前の席に座っているゆりちゃんがわざと大きな声でツンとした口調で言う。

 ツインテールの女の子とショートボブの女の子がかすかに笑う。


 わたしは俯き、机の下で、ぎゅっと自分の両手を握り締める。


 そんなの分かりきってる。

 だけどそれでも相可おおかくんの隣にいたい。

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