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「ねぇ、ぎんくんの隣、譲ってくれない?」

 登校早々、葉二蘭ばにら高校の校門の前で腕を組んだ女の子に頼まれた。


 この子は、灰川はいかわゆりちゃん。

 茶髪のセミロングで前髪はパッツン。

 同じ1年A組で相可おおかくんファンの中でもリーダー的存在の子で、相可おおかくんの隣の席になりたいと思っている。


 生徒達がチラチラとわたし達を見ては門の中に入っていく。


 目つきが鋭くて怖い…。

 体が固まって動かない。


「黒ずきん、ぎんくんに興味ないからいいよね?」

 ゆりちゃんがトゲトゲした口調で聞き返してきた。


 わたしは俯いてぎゅっと両目を瞑る。


 どうしよう…。

 譲りたくない。


 ――あれ? 黒図くろず、隣?

 わたしの脳裏に相可おおかくんの昨日の言葉と顔がぼんやりと浮かぶ。


 助けて、相可おおかくん!!


「おはよう、黒図くろず


 相可おおかくんが、ゆりちゃんの後ろから挨拶してきた。


 相可おおかくんは、黒のパーカーと淡い青色でチェック柄のネクタイの上に雪色のブレザーを羽織り、


 薄い灰色に水色のチェック柄のズボンを履いていて、右肩にチョコレート色の鞄をかけている。


 周りがざわつき、女の子達の視線が一気にわたし達に集まる。


ぎんくん!」

 ゆりちゃんは声をあげる。


 ゆりちゃん、物凄く驚いてる…。

 わたしもびっくりして声が出ない。


「そんなに俺の隣になりてぇの?」


 相可おおかくんがそっけなく尋ねるとゆりちゃんはカァッと顔を赤らめ走って逃げて行った。

 相可おおかくんがわたしの灰色のダッフルコートのフードをバッと被せる。


「!?」


 え、何!?


 相可おおかくんは、わたしの耳元に唇を近づけてくる。


「…朝から絡まれてんじゃねぇよ」


 わたしは顔を赤らめたまま黙る。


 言葉は乱暴なのに甘く優しい声…。


 相可おおかくんは、わたしの耳元でそう囁くと一人で行ってしまう。


 顔が熱い。

 助けられてしまった…。



 数分後、わたしは1年A組の教室の前に着く。


 扉を開けたら相可おおかくんが…。


 ドキン、ドキン、とわたしの胸が物凄い音をたてる。

 わたしは勇気を振り絞って教室の前の扉を開けた。


 相可おおかくん、いた。

 しかも机に伏せ寝してる。


 わたしは胸をドキドキさせながら、ゆっくりと相可おおかくんに近づいて行く。


 今日から相可おおかくんの右隣の席…。


 わたしは机に鞄を置いて席に座る。


 夢じゃないんだ。

 ほんとうに今日から相可おおかくんの隣の席なんだ。

 嬉しくてまた泣いてしまいそう。


 …あ、そうだ。

 挨拶!

 それにさっき助けてもらったお礼も言わないと。


 わたしは口をゆっくりと開く。


「…おはよう」

「…さっきはありがとう」


 わたしは小さな声でぽつり呟いた。


 しん、と静まり返る教室。


 わたしは眉を下げ、苦笑いする。


 勇気を振り絞って言ったのに返事ない…。

 寝てるの分かってて挨拶とお礼言うなんて…恥ずかしい。

 また後で言い直そう。


「もっと大きな声で言えよ」


 …え?


 わたしの頬が熱くなる。

 相可おおかくんの声が聞こえ、 わたしはふと隣を見る。


 相可おおかくん、起きて…。


 わたしがびっくりして固まっていると、相可おおかくんは優しく笑いかけてくれた。


 わたしは両手で熱くなった顔を覆う。


 相可おおかくんがわたしに笑顔?

 どうしよう。

 嬉しくてまた泣いてしまうよ。



 放課後、わたしは鞄を持って廊下を歩いていた。


 朝、ゆりちゃんに絡まれたけど今日は幸せな一日だったな。


 コツン。


 …ん?

 足に何かが当たった?


 わたしはピタッと足を止めて床を見る。

 足元にシューズが転がって落ちていた。

 片方だけ?


「あっ、ごめん」

「走ってたら脱げちゃった」


 片方のシューズが脱げた茶髪の女の子が手をぱんっと合わせて謝ってきた。


 わたしと違って制服がとてもよく似合っている。


「いえ…」

 わたしは動揺しながらも小さな声で答える。


「も~、何やってんの?」

「シンデレラかよ」

 それを見た女の子と男の子達がクスクスと笑う。


 シンデレラ?

 あ、この子って…。


「何やってんだよ」


姫乃ひめの


 そうだ、姫乃ひめのちゃんだ…って、え…。


 相可おおかくんが前から駆けてきた。

 わたしがドキッ! とすると、相可おおかくんは姫乃ひめのちゃんの片方のシューズを拾う。


「ちょ、拾わなくていいから!」

 姫乃ひめのちゃんは恥ずかしそうにそう言う。


 相可おおかくんは姫乃ひめのちゃんの足元に拾った片方のシューズを置く。


 あ、姫乃ひめのちゃん、片方のシューズ履いた……。


 わたしは姫乃ひめのちゃんを知ってる。

 そして初めて話したのに分かってしまう。


 わたしは相可おおかくんの隣の席になれただけで特別なんかじゃないって。

 姫乃ひめのちゃんは相可おおかくんの“特別”だって。


 姫乃ひめのちゃんは笑顔を浮かべると綺麗に澄んだ声で言った。



「ほんとごめんね」

「じゃあ、また明日ね」


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