第3話 全てを脱ぎ捨てて

踊りはさらに激しさを増し、彼女の体から滴る汗が床を濡らしていた。

周囲の視線も気にすることなく、彼女は自分の中に湧き上がる衝動に従うだけだった。カオマンガイの味わいが、全身を熱で満たしていく。それはもう食事ではなかった。彼女にとって、それは人生そのものを変える儀式となっていた。


「もっと……もっと、この美味しさを!」

彼女の声が店内に響く。その声に、店のスタッフも客たちも言葉を失っていた。


彼女は突然、シャツのボタンに手をかけた。

「もう、何も要らない……!」

一つずつ、シャツが外され、肌が露わになっていく。さらにスカートを脱ぎ捨てると、店内の空気は一瞬凍りついたように静まり返った。しかし彼女には何も聞こえない。ただ、体を通してカオマンガイの美味しさを表現することしか考えられなかった。


「待ってください!落ち着いて!」

店主が声をかけるも、彼女の動きは止まらない。全身で踊りながら、彼女は厨房に目を向けた。そして、そこに置かれたバケツに気づく。


「これだ……!」

彼女はバケツを掴むと、そのまま自分の頭上に高く持ち上げた。バケツの中には冷たい水がたっぷり入っている。


「さあ、これで終わりにする……!」

その瞬間、彼女は勢いよく水をかぶった。冷たい水が彼女の体に降り注ぎ、汗と混じり合いながら流れ落ちていく。周囲の人々は驚きの声を上げたが、彼女の表情は晴れやかだった。


最後の一滴が地面に落ちると、彼女はその場に倒れ込んだ。

息を切らしながらも、彼女は満足げに微笑む。


「これが……カオマンガイの力……全てを解き放つ、魔法の味……」

そう呟くと、彼女は静かに目を閉じた。店内には、彼女の呼吸と、水が床に広がる音だけが残っていた。


誰も言葉を発することはなかった。ただ一人、店主がぽつりと呟いた。

「……カオマンガイで、ここまで感じる人がいるとはね。」


その日以来、彼女はその店の「伝説」となったという。人々はその光景を語り継ぎ、店は「奇跡のカオマンガイ」の名で知られるようになった。


そして彼女は、もう一度その味を求め、再び踊るために戻ってくるのだろう。

――カオマンガイの演舞姫として。


(完)

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カオマンガイの演舞姫 星咲 紗和(ほしざき さわ) @bosanezaki92

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