スペース悪役令嬢、プラネタリウムへ行く

あぼがど

<p><strong><span style="font-size: 400%;">地球は狙われている!</span></strong></p>


 スペース悪役令嬢は、宇宙の悪役令嬢である。古今未曽有の大艦隊を率いて、数多の星々を打ち砕き星の数ほどの生命を恐るべきその歯牙にかけてきた。

 全宇宙はスペース悪役令嬢の行為に恐怖した。

 いま、スペース悪役令嬢の魔の手が天の川銀河太陽系第三惑星地球へと迫る。しかし無辜の地球の民は、誰ひとりとしてその脅威に気づくことはなかった……。


 虚無の宇宙空間に青く輝く星、地球。その周囲を十重二十重に包囲する大宇宙船団。これこそまさにスペース悪役令嬢の率いる宇宙艦隊、「スペース悪役令嬢艦隊」である。

 艦隊を構成するのは、汎銀河文明最先端の軍事技術を、金に飽かせて惜しみなく搭載した戦闘艦艇群である。各種の欺瞞・潜伏機能をも備えたその艦隊を、地球人の科学技術では存在の端緒を探知することすら適わなかった。

 平和裏な夢を見ながら惰眠を貪るその民草を、瞬時のうちに滅殺することも容易であろう。居並ぶ大艦隊は、スペース悪役令嬢の無慈悲で残酷な下命を待ち続けた。

 艦隊の中心に座し闇よりもなお黒い威容を誇る存在が、スペース悪役令嬢の旗艦「スペース悪役令嬢艦」である。その艦橋の中央総指揮所に凛と立つ姿こそ誰あろう、スペース悪役令嬢その人であった。

 スペースゴスパンクドレスのロングスカートを纏った漆黒の長身。渦状星雲のように複雑な螺旋を描く長い巻き髪。研ぎ澄まされ黒光りするネイル。美しき暗黒の女王、麗しき悪魔の寵姫。

 背後に純白の甘ロリスペース悪役女幹部たちを従え、足下のスクリーンに映し出された地球の姿を高いヒールで踏み躙るように睥睨し、スペース悪役令嬢は厳かに告げた。

「しばし、このまま待機せよ。これより我はあの星に降りる」

「ならばわたくしもお供致します!」

 声を上げたのは自他ともにスペース悪役令嬢の第一の忠臣と認めるスペース悪役艦長である。あらゆる宙域の戦場を駆け抜けたその身には、頬に縫い目を残した傷痕同様、地上戦闘の高等技術も刻み込まれているのだ。

「その必要はない。我ひとりが参ると言っておるのだ」

「あの星が如何に未開の下等文明とはいえ、御身に万一のことあらば、他に誰が宇宙に悪名を轟かましょうや。どうかお考え直しを」

「くどいぞ」「ははっ」

 仏の顔も三度と言うが、真の悪に二言は無い。一度下した決断が覆されることは無いのだ。スペース悪役艦長はそれ以上不服を申し立てることもなくその身を引いた。

 長靴の立てる靴音も高く、スペース悪役令嬢は単身艦載機発着甲板へと向かう。と、その通路にひとり、スペース悪役令嬢を待つ者の姿があった。シックな基調の灰色のドレスを纏う年老いた侍女であった。

 それはスペース悪役令嬢艦隊の中でも最高齢の、そして最先任の存在であった。幾星霜の年をふりて尚、その身は鉄芯を呑んだかの如く、真っすぐに背筋を伸ばしていた。

 このスペース最先任侍女こそは、スペース悪役令嬢がまだ悪名のないただの「スペース令嬢」であった時代から仕える、艦隊に唯一の人物であった。その目で何もかもを見届けてきた従者であった。

 灰色の髪の下、目元の皺をさらに深めて、しかしスペース最先任侍女は満面の笑みを浮かべていた。

「お嬢様、」

 スペース悪役令嬢に対してそのような呼びかけが出来るのも彼女だけ、ふたりだけの空間でのみ発せられる言の端である。

「あの青い惑星は、先日お忍びで参られていた星でございますね?」

「うふふふっ、」

 スペース悪役令嬢は頬を赤らめ、他の部下たちには決して見せぬ純真無垢な乙女のように恥じらう笑顔を見せた。

「実はそうなの。貴女にはなにもかもすっかりお見通しね」

「つまりようやく、この長い旅も終わりを迎える日が来るということですね」

「ええ、ええ、そうなのよ!やっとわたしは、ずっとわたしが探し求めていたものを見つけたの。必ずそれを持ち帰るから、その時はどうかお祝いして頂戴ね」

「もちろんでございますお嬢様。道中、恙なくお過ごしください」

 深々と首を垂れるスペース最先任侍女。こころなしかスペース悪役令嬢の歩みも早まる。まるで彼女の胸の内の秘められた高まりを、示すかのように。ロングスカートの裾が羽根のように翻り、深く切れ上がったスリットの奥に美脚が煌く。


 艦載機発着甲板は、無数の純白で埋め尽くされていた。スペース悪役令嬢艦に直参配備されている最精鋭の部下たち、スペース悪役戦闘機隊、スペース悪役海兵隊、スペース悪役戦車隊、スペース悪役砲雷撃隊、スペース悪役機関隊、スペース悪役炊事隊などの面々が、各々の部隊を誇らしげに示す白いロリータユニフォームの姿で集結していたのである。

 黒曜石の鏃が、白亜の海を2つに分けて進み行く。「スペース悪役令嬢様、ばんざい!」「万歳!万歳!!万歳!!!」感極まった誰かの発したひと声が、発着甲板全体をどよめかせる。スペース悪役令嬢は軽く右手を掲げてそれに応えた。

 やがてスペース悪役令嬢の歩みは漆黒の愛機、SF-15E “ストライク・イーヴィル” 宇宙戦闘機の元に届いた。完璧に整備された機体に掛けられた優雅なタラップを登る間にも、漆黒のゴスパンクドレスは身体にフィットしたゴスパンクパイロットスーツへと、ドレス自身のコードを書き換える。

 誰もが羨望の念を禁じ得ない放漫で豊満な肢体を惜しげなく誇示して、機体上に立ったスペース悪役令嬢は、掲げた右手を固く握り拳を突き上げ、居並ぶ部下たちに大音声で宣った。

「勝って帰る!」

 応!応!!応!!!と雷鳴のような熱狂が響き渡る。甲板が踏み鳴らされるあまりの勢いに、スペース悪役令嬢艦の巨大な船体ですら震えた。

 そこに居合わせた誰ひとりとして、スペース悪役令嬢の勝利を疑う者は無かった。

 そしてスペース悪役令嬢が、果たして何物と戦い如何に勝利せんと企図しているのかは、そこに集う誰ひとりとして知ることも無かったのである。

 だがしかし、知らずとも信じることは出来よう。スペース悪役部下一同は、信じて彼女らの領袖を送り出すのだった。



 さて、ところは変わってここは天の川銀河系太陽系第三惑星地球です。この惑星にはいまだ統一政体も無く、そこに生息する人類はてんでばらばらの組織集団に分かれて、おもしろおかしくくるしくつらく生活しておりました。

 その中にあって、大国というほど大きくはなく、さりとて小国というほどには小さくもなく、なんだかいい感じのサイズ感な国がありました。

 そのいい感じのサイズ感な国の、都会というほど都会ではなく、さりとて田舎というほど田舎でもない、なんだかいい感じの郊外感が広がる土地に、ひとつの科学館が建っておりました。

 その科学館は、とりたてて新しくもなくうらびれるほど古くもなく、なんとも言えない微妙な時代性を帯び、なんとも言えない微妙な標本や模型などを展示して、地元の人々、特に地域の子供たちに、科学知識を啓蒙する役割を果たしておりました。

 そんな全体的になんとも言えないムードが立ち込めている科学館の一角には、こじんまりしたドームと小さな投影機(そう、それは本当に小さな投影機なのでした)を備えた、ささやかなプラネタリウムが併設されていたのです。

 プラネタリウムの入口近辺には、開演時間を待つ人たちが三々五々に集っていました。いかにも郊外住みの親子連れ、特に母親に連れられた子供が多く見られました。

 その人たちのなかにひとり、とりわけ目立つ姿の長身の女性が居りました。科学館やプラネタリウムには一寸似つかわしくないゴスパンクなロングドレスに身を包んだ、それは勿論スペース悪役令嬢なのでありました。

 しかし地球の一般市民たちは、まさか目の前の派手な服装の女性が全宇宙にその悪名を轟かす無敵艦隊を率いる存在だとは気がつきません。なにしろそんな人がこの宇宙におわすことすら誰ひとり知らないのですから。

 かてて加えて、スペース悪役令嬢が地球に降り立つにあたって完璧な変装を施していたからでもあります。伊達眼鏡ひとつかけるだけでも人は大きく変わります。変わるものなのです。

 そんなわけで地球の一般市民たちは、ゴスパンクなドレス姿で地味なフレームの眼鏡をかけた長身の美女を前に、ただこそこそ盗み見するように失礼な目線を投げては、ひそひそと陰口をたたくのでした。

「あーゆーのむかし下妻のあたりで」「ありゃ相当金掛けてるね」「その割に化粧は地味ね」「暑苦しいわねー」

 スペース悪役令嬢のするどい耳は、当然そんな言葉を聞き逃しません。もしもこの場所が戦場であれば、たちまち死の華が満開に裂き乱れたことでありましょう。

 しかしここは平和な科学館の、平和なプラネタリウムです。スペース悪役令嬢は愚かな地球人の浅はかな言葉など気にもかけないのでした。なにしろ今日は、とてもとても大切な用事が待っているのですから。

 そのとき、遠巻きに眺める愚民の群れの中から、スペース悪役令嬢の元にてちてちとかけ寄る姿がありました。

 それはまだ小さな女の子でした。

 スペース悪役令嬢がおや、と目をやるとその女の子は、小さな両手を固く握り、生まれたての仔鹿のようにふるふると身体を振るわせて言いました。

「おねえさん、かっこいいです!」

 スペース悪役令嬢は膝を折り背を屈めて、女の子と同じ高さの目線になってにっこり微笑みました。

「あらまあありがとう、あなたとってもいい子ね」

 観世音菩薩のような笑顔を向けるそのひとが、全宇宙にその名を轟かす悪の権化であることなど、幼子にわかろうはずもありません。まだまだ話足りないようでしたが、たちまち母親らしき者に叱りつけられ連れて行かれてしまいました。

 やけにみすぼらしい衣服に、満足な手入れもされていない髪。前歯が欠けていたのはともかくとして、目の周りのあれは痣だったろうか?それに、母子にしてはあの二人どうもあまり似ていなかったなフムン。

 などとスペース悪役令嬢は思案しましたが、すぐに気持ちは別の方を向きました。プラネタリウムの入場受付が始まったからです。

 小さな科学館の小さなプラネタリウムのこととて、チケットの確認を行うのも投影機を操作する解説員が手ずから行っておりました。

 年の頃は20代の後半ほどでありましょうか、全身から有りもしないマイナスイオンを放射するような爽やかな好青年が、列に並んだお子さんの分もその親御さんの分もひとりで確認しているのです。

 そうやってもぎりをしていた解説員の好青年は、列の中にとても目立つ女性を見つけました。それは彼にも見覚えのある姿でした。

「おや、あなたは先日もいらしていたお客様ですね。リピートいただきありがとうございます」

 解説員の好青年から爽やかな笑顔に特有のビームが発射され、スペース悪役令嬢のこころをズキュンと貫きました。

「ええ!わたくし最前はとても感服いたしましたから、是非もう一度脚を運んでみたくなったのです。覚えておいでくださいましたの?」

「その素敵なお洋服は、なかなか忘れられるものではありませんよ」解説員の好青年は更にビームの追い打ちをかけ、スペース悪役令嬢の体温と心拍が上昇します。

「ああでも」と、その爽やかな笑顔がやや曇りました。

「今日は小さなお子さん向けの投影会なのです。大人の方にご満足できるかどうか……」

「星々の美しさを愛でることに、大人も子供もありませんわ。存分に楽しませていただきますことよ」

 スペース悪役令嬢の白磁の頬が赤らみ声が震えるのも、好青年爽やか笑顔ビームの副作用でありましょうか。眼鏡の奥の瞳には、既に投影前から星々が輝く有様でした。


 投影会に座席指定はなかったので、スペース悪役令嬢は解説ブースのすぐそばの席に陣取りました。あまり視界はよくなかったのですが、普段から宇宙で星々を眺めているスペース悪役令嬢にとってはなんら気になることではありません。

 やがて照明が落とされ、投影会が始まりました。爽やか好青年に特有のイケボが、場内に浸み渡っていきます。

「……それではみなさん、今日は黄道12宮星座のひとつ、『かに座』についてのお話です。みなさんの中に、かに座生まれの方はいらっしゃいますか?」

 座席の中からまばらに手が上がります。でも、スペース悪役令嬢にはさっぱり分からない話題でした。そもそも地面から夜空を見上げて、目についた星を適当に引いた線でつなげて「星座」に見立てるなどという行為は、実際に星々の海を行き来するスペース悪役令嬢にとって、およそ理解の及ぶところではありません。

 でも、それでもよいのです。ロマンチックなドームの中にイケメンのイケボが流れれば、それで十分スペース悪役令嬢はご満悦なのでした。好青年の解説は続きます。

「実は僕も、かに座の生まれなんです。でもねえ、昔はどうもかに座生まれって、格好悪かったものですよ。なにしろその、カニですからね」

 場内の、特に親御さんたちから笑い声がもれます。スペース悪役令嬢には何が面白いのやらさっぱりわかりません。でも、それでもよいのです。それでも耳は幸せで、全然問題ないのです。

 それから解説員の好青年は、ギリシア神話からかに座の元になったお話を語り始めました。沼の中でお友達のヒュドラと楽しく暮らしていた一匹のカニが、いかにして乱暴者のヘラクレスとヒュドラとの戦いに雄々しくも加勢したかを語りました。

 気高くも美しく散ったカニの生涯は、ずいぶんと大げさにフカシた脚色が成されたものでした。まるで小さな頃にかに座生まれを散々イジられた子供が、大人になってその意趣返しをしているようでした。

 もしもこの場にギリシア神話の専門家が居合わせたら、きっと甲羅を真っ赤にして抗議したことでしょう。でも投影会にそんなひとはひとりもいなかったので、誰もがかに座の神話に心動かされました。

 スペース悪役令嬢も、愛用のハンケチをびしょびしょに濡らして感極まっておりました。ギリシア神話のギの字も知らなくても、泣ける話というのはただそれだけで泣けるものなのです。

 その後もかに座と様々なカニのお話が繰り広げられた楽しい投影会も終わりを迎え、観客たちはプラネタリウムを後にします。「カニかっけー」「ママ、きょうはカニ食べたい」「そうねカニカマならあるわね」「おれボルキャンサー(※1)!」「ぼくはキング・カニカン(※2)やるー」「じゃあ、わたしカニベース(※3)ね」などと、賑やかな声が弾けました。

 爽やかな笑顔で観客たちを見送った解説員の好青年が、うっかり取り残された子でもいないだろうかとプラネタリウムのなかに戻ったら、果たしてそこには漆黒のスペースゴスパンクドレスを纏った長身の女性がひとり、小さな投影機の前に佇んでいたのです。


 お客様。と解説員の好青年が声をかけると、その女性は振り返りました。爽やかな解説員の好青年は、本気を出すために伊達眼鏡を外して裸眼となるという、人倫に悖る悪行を成し遂げたスペース悪役令嬢に対峙しました。その姿はまるで、咲き誇る悪徳の華のようでした。

「こんな素朴な機械でただ半球状の天井に光を照らすだけでも、貴方は素晴らしい物語をお話することができるのですね。わたくしたいへん感動したのですよ」

 スペース悪役令嬢は自分の発した言葉に恥じらうような笑顔を浮かべて、爽やかなイケメンでイケボな解説員の好青年に告げるのです。

「えっと、楽しんでもらえたようで大変ありがたいのですが」爽やかなイケメンでイケボな解説員の好青年は、その爽やかな笑顔にどうも困ったなあという気持ちを乗せて言いました。

「すでに終演時間ですから、どうぞお帰りください、お気をつけて」

「いいえ、帰りませんわ」スペース悪役令嬢は、一歩も二歩も、三歩も四歩もずいずいぐいぐいと解説員の好青年の喉元に食いつくような勢いで迫ります。

「わたくし、貴方に大事なお話がございましてよ」漆黒のドレスと紅潮した表情の中、スペース悪役令嬢の裸眼の瞳は超新星が爆発するかのように輝くのでした。

「大事なお話って、なんですそれ?」解説員の好青年は爽やかな笑顔なかにもあーこりゃ厄介さんかなやべーなーもーと言いたげな表情を浮かべました。表情筋のコミュ力は偉大です。

 しかし相互コミュニケーションの基本となるコンテキストというものをスペース悪役令嬢はまったく持ち合わせていなかったので、解説員の好青年が発したサインはすべて受け流されてしまいました。

「先日わたくしがほんの気まぐれで訪れたこの星のこの建物で、この小さな機械と素朴な天幕で星々の解説をするあなたの姿を拝見した時から」

 スペース悪役令嬢はこぶしをきゅっと握りしめ、思いの丈を切々と語りました。

「わたくしのこころはあなたに釘付け。ああ、この人こそわたくしがその人生をかけて星の海をさすらい求めていたお方、わが生涯の伴侶たるべき殿方。まさしくわたくしの愛の全てを捧げるべき運命の存在と気がついたのです」

 一字一句、心の底から絞り出すように告げられる恋心。どんな男性も虜になること請け合いの行為に、しかし解説員の好青年はこの人なに言ってんだろうなという顔を浮かべるばかりです。

「……いまなら、わたくしのバックシート、WSO(ウェポンシステムオペレーター)が空いておりましてよ」スペース悪役令嬢は攻め手を変えて、超高速のまばたきとウインクで限界まではにかみながら、上目遣いでそっと囁きます。

「だぶりゅーえすおー?」

 それは何の隠語だろうと、解説員の好青年はいぶかしがりました。普通地球の人間は、会話の文脈内に宇宙戦闘機の話題を持ち込んだりはしません。

「ええ、ですから」スペース悪役令嬢は今度こそ豪胆に、真剣に、直接のアタックを敢行しました。

<p><strong><span style="font-size: 400%; color: #f5b2b2;">「わたくしと結婚しなさい!!」</span></strong></p>

 音波を視覚で捉えることが出来るタイプの人類ならば、スペース悪役令嬢のこの4倍増しな大音声の告白が、恥を忍んで絞り出したピンクの声色で染まっていたことに気がついたでしょう。しかし普通、地球人にそんな能力は備わっていません。

「はい?」解説員の好青年はアスキーアートで描いたような、ポカーンとした顔になりました。記号化はコミュニケーションをシンプルにするものです。

 あーあーそーゆーことね完全に理解した、というぐらいの間が過ぎて、解説員の好青年は元の爽やかな笑顔に戻りました。

「ああ、ごめんなさい。僕、これなもので」といって左手の薬指をスペース悪役令嬢に示すのです。そこにはプラチナの指輪が輝いておりました。

「ええ、その指輪は先日もお嵌めになっていましたわね。控え目なデザインでも美しいもので、よくお似合いと思います。けれど、それがなにか?」指輪を見せられたスペース悪役令嬢は、頭の上にデカいクエスチョンマークが浮かんだように、さも不思議そうな様子です。

 解説員の好青年はあちゃーこれ本当にわかっていなんだなあやれやれといった顔で、重ねてスペース悪役令嬢に告げました。

「ですから、僕は既婚者なんです。家に帰れば妻と娘がおりますので、あなたと結婚することは出来ないんですよ」

 そう言って、困ったような、でも相手を過度に辱めることのないような、爽やかな笑顔を向けるのでした。悪い人では無さそうでした。地球人にも、良い人はいます。



 スペース悪役令嬢は、宇宙の悪役令嬢である。地球人の婚姻文化など、まったく知る由もなかった。

 スペース悪役令嬢の愛は敗れた。


 またしても。


「やれ」「はい」

 その日、天の川銀河太陽系第三惑星地球は、その星が有するすべての生命とすべての文明とともに、一夜にして滅んだ。その最期は特撮映画のカポック爆破のようにあっけなく粉々に砕け散るものだったと、後世には伝わる。

 全宇宙は、スペース悪役令嬢の行為に恐怖した。


 またしても。


「まーたダメだったわよ、ケッ」

 スペース悪役令嬢はだらしなく着崩れたルームウェア姿のままベッドに寝っ転がり、他の誰にも見せたことのないやさぐれ顔でスペース最先任侍女に毒づいた。ここはスペース悪役令嬢艦の最奥部、スペース悪役令嬢の私室である。

「お嬢様の旅はまだ終わりそうもありませんね、それはそれでよいものです」グズグズになった鼻紙の山を片付けながらも、スペース最先任侍女は嬉しそうであった。

「そうそう、有望そうな子をひとり連れてきたから、どこか適当な配置に付けて仕込んで頂戴ね」「かしこまりました」

 スペース悪役令嬢は、宇宙の悪役令嬢である。滅びゆく惑星からひとりの不幸で孤独な少女を拐かすなど、造作もないことであった。


 愛機のバックシートも、都合よく空いていたので。


 そして、スペース悪役令嬢が自らの愛の全てを捧げる運命の存在を求めるその旅は、


<p><strong><span style="font-size: 400%;"> つ づ く </span></strong></p>


<脚注>

※1「仮面ライダー龍騎」に登場するカニ型ミラーモンスター。雑魚。

※2「プラレス3四郎」に登場するカニ型プラレスラー。雑魚。

※3「キン肉マン」に登場するカニ型超人。雑魚の横綱。

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