第54話 実力の勝負
号角の音が低く長く響き、兵士たちは整然と列を成し、凛音は馬の上から背後の隊列に目を走らせる。人数は多くないが、一人一人が林将軍に精選された精鋭である。
蓮は凛音の左側で馬を進め、気怠げに手綱を引きながらも、その言葉にはどこか真剣さが滲んでいた。
「では、行きましょうか。」
凛音は小さく頷くと、手を挙げて声を張り上げた。 「はい、全員、行軍開始!」
隊列が進み始めると、足音が規則的に響き、次第に緊張感は和らぎ、どこか穏やかな空気が漂い始めた。凛音は前を見つめながら、ふと隣の二人に声をかけた。
「なんだか不思議だね。前に旅に出た時も、洛白が一緒だったね。 」
李禹と清樹は顔を見合わせ、どう答えたらいいのか迷っている様子だったが、その時、蓮が口を挟んだ。
「洛白ってどんな人なんですか?」
「そうね……医術がすごい人かな。顔は知らないけど、怪我をした時にはいつもそばにいてくれて、すごくいい人だよ。謎が多いけど、いい匂いがする人――そんな感じかな。」
「凛凛がそんなに他人を褒めるなんて、珍しいですね。」
ああ、また自分で自分に嫉妬してる気がする。まあ、話題を変えようか。
「ところで、今回の辺境村の件について、凛凛はどう思う?」
「そういえば、蓮がもう傭兵団の残党を片付けたはずなのに、どうしてまだ治安が悪いのかな。」
「うーん、残党も確かに問題だけど、もっと大きな原因は駐屯兵団が十分に働いていないことだと思うな。」
その時、馬を走らせながら近づいてきたのは蒼岳だった。凛音に一礼すると、急報を伝える。 「流賊の動きがますます活発になってきています。村を襲う被害も確認されていて、先日安置した難民たちもその被害を受けたとの報告があります。」
「……難民まで。」
「つまり、状況は想像以上に深刻ということですね。」
少しの間、凛音と蓮は視線を交わす。すぐに凛音が決断を下した。
「ならば、ここは二手に分かれましょう。蓮と李禹は軍を率いて難民たちの様子を確認してください。私は清樹を連れて駐屯兵団へ向かいます。」
「わかった。凛凛、無理はしないようにね。それと、せめて精鋭の一人は連れていってください。」
「わかりました。あなたたちも気をつけて。」
凛音はそう短く答えると、手綱を引き締めて駐屯兵団へ向けて馬を疾駆させた。
凛音は駐屯兵団の野営地に到着すると、立ち込める煙と雑然とした光景に、思わず眉をひそめた。兵士たちは列を乱し、だらけた姿勢で談笑しながら武器の手入れすら怠っている様子だった。
「全員、整列!」凛音が鋭い声を響かせたが、兵士たちは動こうとしない。中でも一人、年配の男が前に出て、めんどくさそうに肩をすくめて言った。
「俺たちがなんであんたみたいな小娘の命令を聞かなきゃならないんだ?」
その瞬間、凛音の隣にいた柳懐風が声を張り上げた。
「無礼者!こちらは林将軍の娘であり、皇帝陛下の勅命を受け、この地の行軍を監督するために来られた!」
しかし、兵士たちは一様に薄笑いを浮かべ、懐風の言葉に耳を貸そうとはしない。その目には、凛音への侮蔑がありありと映っていた。『女の分際で命令を下すとは、笑わせる』――そう言わんばかりの態度だった。
凛音は静かに深呼吸すると、一歩前に出て口を開いた。
「……無駄な言葉は要りません。実力で示します。」
その場の空気が一瞬凍りついた。
「命令に従えない者は、前に出ろ。この私が相手になる。私が勝てば――以後の指揮には従ってもらう。負ければ、潔くこの場を去ろう。」
兵士たちの間にざわめきが広がる。彼らは見下すような笑みを浮かべ、面白がるようにこちらを見ていた。
「じゃあ、どうやって勝負するんだ?」と、ある兵士が問いかけた。
「どんな勝負でも構いません。ただし、速戦速決でいきましょう。」
「随分と大口を叩くじゃないか。だったら、剣術と射術で勝負しようぜ。」
「いいですよ。一対一じゃなくても構いません。挑みたい者は全員まとめてかかってきてください。」
凛音はそう言いながら、林将軍の腕帯を外して目隠し代わりに目に巻き付け、大きな声で叫んだ。 「さあ、来い!」
清樹は柳懐風に向かって、ごく小さな声で囁いた。
「さっき殿下が彼女に無理するなって言ってましたよね……」
最初の勝負は剣術だった。
まず5人の兵士が剣を手に取り、一斉に凛音へ向かって斬りかかる。凛音は音を頼りに巧みにかわしながら、大きな声で叫んだ。
「攻撃に連携が全くないわね。こんなに弱い剣で、何をするつもり?」
その言葉を聞いた瞬間、これまで興味がなさそうだった一人の兵士が宝剣を手に取り、凛音へと駆け寄った。その剣捌きは非常に素早く、斬り下ろす一撃には堂々たる風格があり、一目で彼がこの中で最も剣術に長けている人物だと分かった。
凛音は自らの宝剣を手にしたが、鞘から抜かずにそのまま相手の一撃を受け止めた。そして、勢いで剣を上へと大きく弾き返す。しかし、相手も負けてはいない。即座に身を翻し、凛音の背後に回り込むと再び攻撃の構えを取った。
その瞬間、凛音は静かに剣を抜き放つと、剣の柄でその男の胸を力強く打ち据えた。一瞬のうちに、正確かつ鋭い一撃が決まった。もしそれが剣の刃だったなら、彼は間違いなく命を落としていたことだろう。
それを目の当たりにした他の剣士たちは、足を止め、動けなくなってしまった。
次の勝負は射術だった。
清樹が凛音のもとに弓と矢を持ってきた。
その時、兵士の一人が声を上げた。
「全員で矢を放ったら、矢で蜂の巣になるんじゃねえのか?」
凛音は笑みを浮かべながら答えた。
「あなたたちごときに、私を射抜ける本領があるとは思えないけど?」
だが、このような無謀な兵士は少数派だった。先ほどの剣術の勝負を目の当たりにした後では、立ち上がる者は3人だけだった。
剣術と違い、射術は凛音にとってまるで呼吸のように自然なものだった。
幼い頃からその才能を見抜いた林将軍により、何度も鍛えられてきたのだ。
努力に勝る天才はなしが、努力する天才ほど恐ろしいものもない。
凛音は毎朝剣を振り、暇さえあれば弓を引き続け、技を磨いていた。
3人の射手が同時に矢を放つ。
「3本の矢、か。」
凛音は音だけで矢の方向と射手の位置を瞬時に判断し、空中で回転しながら三本の矢を蹴り落とした。そして、同時に三本の矢を射返し、正確に相手の弓を射抜いた。
兵士たちの間から誰とも知れぬ口笛が響いた。
地面に着地した凛音は目隠しにしていた腕帯を外しながら言った。
「さあ、次は何を比べる?」
兵士たちはざわざわと小声で話し始め、先ほどまでの嘲笑する態度はすっかり消えていた。
その時、柳懐風が一歩前に進み出て、鋭い声で言い放った。
「バカども、まだ分からないのか。『業精于勤、荒于嬉(業は勤むるに精しくて、嬉しむるに荒み)』という言葉を知らないのか?凛音様の勤勉さと努力は、貴様らの及ぶところではない!」
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