第27話 なんで忘れる!?

わしが龍。

年は、わからん!

名前は、龍だ!

わしは今、封印中。

いや、違う!休憩中だ!


あの子娘を待ってるのは、もはや十五年。

いかに、腹立つ。どうしてわしのことを全部忘れた!


わしも、甘い時期があった。

遠い昔、人間どもと契約を交わした。

王族の血を引く少女が十五歳を迎えたとき――わしを呼び出せる、そんな契約だ。

今思えば、なんと愚かな!


わしが最初に目にした雪華国は、それはそれは美しかった。

白銀の雪原が果てしなく広がり、舞い落ちる雪が天と地を繋いでいた。

そして、わしを迎えるために築かれた高き祭壇。

人間どもが総出で作り上げた、その壮観たる光景は、まさに圧巻だった。


幾度となく耳にした祈りの声。

「龍よ、我らを守りたまえ!」

最初の頃は、なんとも気分がよかったものだ。

わしを崇め、手を合わせ祈る人間どもの姿――

あの頃の彼らには、まだ敬意というものがあった。


「我らの一族は、永劫にわたって龍と共に歩むことを誓う。」

迷いのないその瞳。

わしはその誓いを信じ、この地に根を下ろした。

雪蓮が咲くたび、わしはその力を分け与え、人間どもの願いを叶えた。

咲き誇る雪蓮は、純粋なる誓いの象徴だった――そう、あの頃までは。


いつしか、わしを呼び出す声は祈りではなく、欲望に染まっていった。

「龍よ、敵を討て!」

「龍よ、この地を支配する力を!」

そんな身勝手な願いばかりが届くようになった時――わしは目を閉じた。

「こんな連中に、わしを呼び起こす資格などない。」

契約は形だけのものとなり、わしの眠りは百年を超えた。


だが、その中で、ひとつの小さな声が聞こえたのだ――。

それは、わしの長い眠りの中、雪嵐に埋もれるような、か細い声だった。


「……誰だ?」わしは、半ば無意識のまま、その声を探った。

小さく、か弱く、今にも消えてしまいそうなその声は――赤子の鳴き声だった。


「ただの赤ん坊か。」最初はそう思った。

だが、その声には何か特別な響きがあった。

わしの眠りを揺さぶるほどの力など、この世にはそう多くはない。


わしは、そのとき直感した。

「こやつだ……こやつが、わしを再び目覚めさせる存在だ。」


……しかし、わしの予想は、ある意味では裏切られた。

その赤子――あの子娘は、わしの鱗に触れたその感触を、すべて忘れおったのだ。

忘れるなど、どういう了見だ!


あれから十五年――。

わしは眠り続けながらも、その子娘の声を待った。

必ず、来るはずだ。

そう信じる一方で、わしは思わず自嘲する。

いや、もう現れぬかもしれん。

……また人間に期待するなど、わしもどこか狂っているのだろう。


だが、そうだ。人間どもは、まったく手に負えぬ愚か者だ。

いつでも滅びの道を繰り返した。


わしがいなくても争いを始め、この地の命の根源、澄んだ川を毒で汚した。

わしの力の一部でもある水が、ゆっくりと死んでいくのを感じた。

雪の祭壇が崩れ、雪蓮の根が枯れる。

わしが目を閉じている間に、すべてが壊れていく音が響き続けた。


「敵国の侵略だと?いや、内乱か?」

どちらでも構わぬ。

いずれにせよ、あの者たちは己の欲望に振り回され、同じ道を辿るのだ。


胸の奥で何かが冷たく凍るような怒りを覚えた。

そして、あの時は――わしの名が、ただの伝説として語られ、誰一人として召喚の儀式を試みようとしなくなった。


だが、それも仕方がない。

あの時、彼女はまだ幼すぎた。

わしの名を叫ぶ声が途絶え、この地に静寂が訪れた。


それでも、期待と憤りが入り混じる感情が、わしの中で渦巻いている。

あの子娘の存在だけは、どうしても無視できなかった。

わしを忘れるとは、いい度胸じゃないか!


十五年だぞ!わしは十五年も待ったんだ!

わしは心の中で何度も叫び、もどかしさを抱えながら、それでも目を閉じ続ける。


来るのか?それとも、来ぬのか?

その答えを知る時が来るまで、わしはただ、この地で待つことしかできぬ。

最後の王女、あの子娘が自らわしを目覚めさせる、その時を――

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