第24話 焔華の凰、悪鬼を裁く
「さあ、行きましょう。」
凛音は裙角を一振り、その動きは燃え盛る炎のように力強く、そして美しかった。燃える決意がその姿と重なり合い、揺るぎない覚悟が凛音の双眸に光を宿していた。 蒼岳の手引きにより、彼女は舞妓として傭兵団団長の酒宴へと足を踏み入れた。
団長の部屋は武骨ながら威圧感のある空間だった。木目が荒々しく彫られた机には、豪勢な酒壺や洗練された肴が並び、部屋の隅には護衛の兵士が控えている。団長の目は、登場した凛音の一挙手一投足を貪るように追っていた。
凛音は一礼し、柔らかな音楽の中で舞を始めた。深紅の衣が静かに揺れ動き、そのたびに牡丹の刺繍が華やかな光を放つ。彼女の動きは流れるように滑らかで、まるで一陣の風が炎を優雅に操るかのようだった。次は、足元から裾が優雅に滑り、腕が空間を切り裂くたびに、柔らかい旋律が生まれるかのような幻想的な光景が広がる。
団長はその美しさに思わず目を奪われ、「美しいな……まるで天女が舞い降りたようだ。」と大袈裟に感嘆し、手にしていた杯を置くことさえ忘れた。
凛音は微かに微笑み、穏やかな声で応じる。「それは団長様の前だからこそ、この舞が映えるのです。」
彼女は舞を続けながら、動きは大胆さを増し、腰を軽くひねり、手を高く上げる。髪に挿した鳳凰の簪が揺れ動き、燭光を受けてきらめいた。まるで簪の中の鳳凰が生き返り、その場で舞い踊っているかのようだ。
そして、凛音は緩やかに体をひねりながら、右手を髪に伸ばし、簪を抜き取った。唇でそっと挟んだその簪が燭光にきらめき、一層彼女の舞を引き立てる。
簪を咥えたまま、凛音は一歩また一歩と団長へと歩み寄る。その瞳はどこか怯えたように伏せられているが、揺れる裙角と滑らかな腰の動きが生む誘惑の波は、団長の目を釘付けにして離さない。そしてついに、凛音は団長の膝に腰を下ろした。彼女の柔らかな動きとほんのり漂う甘い香りに、団長は完全に心を奪われていた。
彼が満足げに微笑みながら凛音を見つめる中、彼女はその視線を受け流すようにしながら、わずかな体の動きで簪の珠に細工された毒を酒壺へと押し込んだ。指先の優雅な所作と絶妙な呼吸のタイミングが、その動作をまるで舞の一部のように見せかけていたため、団長は何の疑念も抱かないまま耽溺の笑みを浮かべていた。
団長は手を伸ばし、彼女の顔に触れようとする。だが、その瞬間、凛音は身体を軽くひねり、舞うように立ち上がる。
その一連の動きには不自然さがなく、むしろ絶妙な誘いと疎遠さが交錯する、美しさと危うさを同時に感じさせるものだった。彼女が簪を再び髪に差し戻すと、その姿はどこか誇り高い女神のように見えた。
団長の瞳には、欲望と陶酔がはっきりと浮かび上がて、感嘆の声を漏らしながら手を叩いた。「見事だ。本当に見事な舞だな……まるで夢を見ているようだ。」
凛音は穏やかな微笑を浮かべながら、一礼して舞を締めくくった。
舞の余韻がまだ部屋に漂う中、凛音は静かに微笑みながら歩み寄り、自ら酒杯を手に団長の隣にそっと腰を下ろした。そして、軽く体を傾けながら、甘えるように囁く。
「せっかくですので、団長様と二人きりでゆっくりお酒を楽しみたいのです。」
その声は甘美で、まるで耳元に蜜を垂らすかのような響きだった。団長は目を細め、さらに得意げな表情を浮かべる。
「二人きりで、だと?お前みたいな美しい娘にそう言われて、断る理由はないな。」
彼は手を振り、部屋の隅に控えていた兵士たちに命じた。
「おい、ここは任せておけ。下がっていいぞ。」
兵士たちは命令を受け、黙って退出した。扉が閉まると、部屋は凛音と団長だけの密室となった。室内には酒の香りと松木の燃える匂いが漂っていた。
「美しい簪だな。どこで手に入れた?」団長が簪をじっと見つめながら言う。
「これは、旅の商人が持ってきたもので、一目惚れして買ったんです。雪華国のものだと言っていました。」
「雪華国か……」団長は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。「お前、そういうものが好きなのか?」
「ええ。特に、こうした繊細な細工には惹かれます。これは本当に美しいものです。」凛音は控えめに髪に触れながら答えた。
「それか……確かに、雪華国の滅亡前に作られたものだろうな。今じゃこんな職人はほとんど残っちゃいない。」
「職人が……もういらっしゃらないのですか?」凛音は一瞬悲しげな表情を見せ、静かに問いかけた。
「ああ、大半は病気や飢えで死んださ。でも、価値あるものは死なない。こうして俺たちが残してやるんだからな。」団長は無造作に笑いながら答えた。
「こういう物が好きなら、ここにはもっといいものがあるぞ。取引相手が珍しいものをたくさん持ってきてくれるからな。」
「取引相手……?それはどのような方々なのでしょうか?」凛音は穏やかに酒壺を手に取り、団長の杯に酒を注ぎながら、控えめに首を傾げて尋ねた。
「さあな。貴族や商人、誰だって俺の手のひらで踊るんだよ。俺たちはその橋渡しをしてやるだけさ。」団長は笑いながら、酒を煽った。
「団長様は、そんな重要な役目を果たしていらっしゃるのですね。」 凛音は柔らかな笑みを浮かべながら、控えめに問いかける。その声色には自然な興味が滲んでいるようだった。
「ああ、俺たちがいなきゃ、どいつもこいつも何もできやしねえさ。慕家も、皇室の連中だってな。」団長は酒杯を手に取りながら得意げに笑う。「俺たちが動かしてるからこそ、奴らは好き勝手にやれるってもんだ。」
彼はさらに身を乗り出し、声を低めながら自慢げに続ける。
「雪華国の遺物だってそうだ。俺たちを通じて、いろんな場所へ渡ってる。薬材も宝石も、それぞれの国で大金を生むんだよ。」
「お前みたいな美しい娘には、こういう話がつまらないかもしれないがな。」
「もっと近くに来いよ。」
団長は突然手を伸ばし、凛音を強引に引き寄せた。紅裙が揺れながら、彼女は団長の膝の上に座らされる。その動きには、明らかに占有欲が滲み出ていた。
団長は彼女の顔を覗き込みながら、指先で彼女の顎を強引に持ち上げるようにして言った。
「舞妓にしては上品すぎるな。こんな田舎で見たことがねえ顔だ。まさか、舞妓の顔をした密偵ってわけじゃねえよな?」
彼の低い笑い声には、軽い調子の裏に隠された威圧と疑念が浮かんでいた。
凛音は冷静に微笑みを浮かべ、まるでその言葉に動じていないかのように振る舞った。
「ご冗談を。」彼女は優雅な仕草で団長の手をそっと握り、下ろしながら続けた。「そんな恐ろしい話よりも、団長様のお話をもっと聞かせていただけますか?」
その声は穏やかで、甘さを含んでいたが、言葉の奥には張り詰めた緊張が潜んでいた。
一方、洛白は暗い廊下を素早く進み、隠された小部屋に足を踏み入れた。部屋の奥には薬品や貴重品が並ぶ棚があり、彼はその中から解毒剤を探し出す。瓶を確認し、一瞬安堵の表情を見せたが、すぐに緊張感を取り戻す。
「これで清樹君を救える……だが、ここを無事に出なければ意味がない。」
彼は素早く視線を巡らせ、注意を引きつける方法を探す。そして、近くの厨房で燃えやすい布や油を見つけ、それを一箇所に集めた。 「悪く思うなよ。彼女のためだ。」
洛白は静かに火種を落とし、すぐに炎が勢いよく広がり始めた。
脚步声が廊下から聞こえ始め、外では断続的な叫び声が上がった。
「火事だ!早く水を!」
「誰かこっちを手伝え!」
団長は眉をひそめ、不機嫌そうに鼻を鳴らした。「何の騒ぎだ?どいつもこいつも慌てやがって。」
彼は一瞬耳を傾けたが、すぐに酒盃を手に取り、大きな笑い声を上げた。「まあいい、どうせすぐ片付くさ。」
そのまま彼は凛音の方に目を戻し、欲望に満ちた笑みを浮かべた。 「ほら、あいつらが何をやっていようが関係ねえ。今はお前と楽しむ時間だ。」
団長は凛音の隣へと体を寄せ、その顔がさらに近づいてきた。彼の視線は欲望に濡れたまま、凛音の紅い唇から鎖骨へと滑り、肩越しの滑らかな肌へと降りていく。その手は酒杯を置くと同時に大胆に伸び、凛音の細い腰へと触れた。
凛音は冷静を保ちながらも、内心では緊張を隠しきれない。彼女の微妙な表情の変化を見逃さず、団長はさらに笑みを深める。その手は腰から腿へと滑り、柔らかな衣の下をゆっくりとなぞるように上っていく。
だが、次の瞬間――
「……ん?」
団長の指先が触れたのは、しなやかな肌ではなく、冷たく硬い短剣の柄だった。その感触に気づいた彼の動きは一瞬止まり、鋭い目つきで凛音を睨む。そして手を素早く引き、体を大きく引いて立ち上がると、その目には警戒と怒りの色が浮かんでいた。
「舞妓がこんなもんを持つ必要があるとは、聞いたことがねえな。」団長は低く笑いながら、凛音をじっと見据えた。その冷笑はさっきまでの軽薄さとは打って変わり、剣のような鋭さを帯びている。
「このタイミングで外で騒ぎが起きる。そして、お前がこんなものを隠し持っている……。さて、これはどういうことだ?」
団長は怒りと警戒を浮かべたまま、素早く剣を抜き、鋭い刃を凛音に向けた。
「さて、正直に答えろ。お前、本当は何者だ?」
凛音は冷静さを保ちながらも、瞬時に状況を判断した。足元に隠していた短剣を素早く抜き取り、団長の手に向けて力いっぱい投げつけた。 短剣は団長の手を正確に貫き、鋭い痛みに彼の剣が床へと落ちた。その場に響く音に続き、団長は痛みで叫びながら手を押さえる。
凛音は一瞬の隙を見逃さず、剣を蹴り上げて自分の手に取り、団長の喉元に鋭い刃を突きつけた。冷徹な目で彼を見下ろしながら、低い声で問い詰める。
「団長様、あんたの悪事は、ただの密輸だけで済む話じゃないだろう。なぜあんな小さな子どもを毒で支配する?近くの村で起きたことも、全部あんたの仕業か?」
団長は痛みを堪えながら顔を歪め、嘲笑を浮かべた。 「へっ、あんな奴ら、所詮は金も力もねえ貧乏人だ。生きてようが死んでようが、同じことだろうが。いっそ死んじまった方が、俺も手間が省けて楽だ。」
凛音の瞳が鋭く光り、彼女の声には冷たい怒りが込められる。 「お前みたいな奴が、人の命を分ける資格なんてあると思うか?あの子はただ、生きるために必死だった。それの何が間違いだっていうんだ?……お前こそ、生きる資格なんてない。」
団長の表情に一瞬の怯えが浮かんだが、すぐにそれを押し隠して反撃に出ようとする。だが、凛音は鋭い声で続けた。
「お前が使った曼陀羅の毒……その味はどうだ?高濃度をたっぷり盛ってやったんだ。さぞかし、生きるも地獄、死ぬも地獄ってやつか?」凛音は刃を強く握りながら、冷ややかに言葉を続けた。「なら――そのまま地獄に堕ちればいい。」
団長の瞳孔が揺れ、喉の奥から掠れた声が漏れた。反撃しようと腕を振り上げたものの、凛音は素早く動いた。指先で戒指に触れ、隠された鋼線を勢いよく弾き出す。それは団長の首元に絡みつき、凛音が力強く引いた瞬間、彼の体が激しく痙攣した。鋼線は肉に深く食い込み、じわりと血が滲み出し始める。
「お前……一体何者なんだ……」団長は掠れた声で問いかける。
凛音は冷たく微笑み、低い声で答えた。
「殺し屋よ。」
団長は最後の力を振り絞り、鋼線から逃れようともがく。しかし、凛音は一瞬の隙も与えず、短剣を団長の心臓へと深く突き刺した。刃が肉を貫き、彼の目が見開かれたまま動きを止め、口元から血が溢れ出した。
「復讐のためにも、人を助けるためにも、私は喜んで殺します。」
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