第14話 千雪の刃

「李禹、昨夜、誰か来ましたか?」

「いいえ、誰も来ませんでした。私はずっと凛雲様のそばで見守っておりました。」

「そうですか、ありがとうございます。」

気のせいかもしれないけれど、何となく蓮がそばにいてくれたような気がする。

でも、私もあんなふうに酷いことを言ってしまったから、もう二度と会えないかもしれない。


「若旦那、目が覚めましたか?」

凛音が立ち上がるや否や、商隊の男がこちらに駆け寄ってきた。朝から妙に視線がこちらに集中していたが、わざわざ声をかけてくるのは今回が初めてだった。

「はい、どうかしましたか?朝がずいぶん早いようですが。」

男はにこやかに笑いながら答えた。「いや、前方には分かれ道がありましてね。少し先の橋を渡る予定です。そろそろ移動を開始しようかと思いまして。」

凛音はすぐに違和感を覚えた。言葉の奥に、何か企む気配が混じっているような、隠しきれない緊張感が伝わってくる。彼女は冷静さを保ちながら、「私たちも準備して向かいますね」とだけ答えたが、内心には鋭い警戒が走った。


李禹もまた、商隊の異様な雰囲気を注意深く観察し、軽く頷いた。「凛雲様、少し不自然ですね。人数が増えているように見えますし、全員がこちらを意識しているようです。後方にも見張りが立てられているようで…」


しばらくして、一行は山の間を抜ける峡谷に差し掛かった。前方には古びた木製の橋が架かっており、両端の岩陰や草むらから、何やら人影が見え隠れしている。


凛音は周囲に表情を悟られないよう、冷静な顔を保ちつつ、視線で隠れた動きを追った。すると、橋の向こうからも数人の人影が現れ、じっとこちらを見据えている様子だった。その視線に気づき、凛音は一瞬で状況を悟った。

「李禹、気を抜かないで。どうやら歓迎の場ではないみたいね。」

「承知しました、凛雲様。いつでも戦えるよう、準備を整えておきます。」李禹は低く頷き、すぐに周囲を確認し始めた。


橋の手前で商隊の頭領が立ち止まり、凛音たちをじっと睨みつけ、不敵な笑みを浮かべた。「さあ、ここから先は簡単には通れねえぜ。」

その言葉と同時に、橋の下から弓兵たちが一斉に姿を現し、狙いを定めてこちらに弓を構えた。さらに背後からも商隊員たちがじりじりと距離を詰め、退路を塞ぐように取り囲み始める。


凛音は冷ややかな目で状況を見定め、静かに李禹に合図を送った。「李禹、橋の支柱に隙がある。準備を。」李禹は微かに頷き、息を潜めながら待機した。

凛音が足元の小石を拾い上げ、橋の中央に投げると、橋板に当たる音が響いた瞬間、橋下に潜んでいた弓兵たちが一斉に矢を放った。


凛音と李禹はその隙を突いて身を低くし、矢をかわしながら支柱へと疾走した。弓兵たちは焦って狙いを定め直すが、二人の素早い動きに翻弄され、次の矢も悉く外れた。橋のたもとに迫った瞬間、数人の商隊員が前に立ちふさがるが、李禹は間髪を入れず刀を抜き、鋭い動きで敵を制圧していった。


一方、凛音は滑るように頭領の懐に飛び込み、彼の短剣を一瞬で引き抜いた。頭領が呆然とした表情を見せる間もなく、凛音はその短剣を仲間たちへ向けて振りかざし、鋭い一閃を放つ。金属のぶつかる甲高い音が響き、閃光が走る。敵の武器が次々と弾かれ、数人がよろめきながら後退した。


「な、なんだ、この野郎!」商隊員の一人が怯えた声をあげるが、凛音は冷ややかに目を細め、「この程度で私を止めるつもり?」と皮肉を返し、素早く頭領の前に立ちはだかった。


李禹は凛音の動きに呼応し、周囲の敵に素早く向き直ると、的確に間合いを詰めて次々と斬り伏せていく。彼の刃が光を反射し、鋭い斬撃で相手の防御を打ち崩していった。橋の上で刀光が激しく交差し、凛音の冷徹な視線が頭領を捉えた。


敵の一人が斬りかかってくるのを、凛音は流れるようにかわし、逆に懐へ入り込むと、短剣の刃を頭領の喉元に押し当てた。冷たく光る刃が首に触れると、頭領の視線が怯えたように揺らぐ。


「ここで終わりにしましょう。手を引かないなら、この命、容赦はしないわよ。」凛音の冷ややかな言葉が響くと、商隊員たちは息を飲み、顔を引きつらせながら動けずにいた。


「ずいぶん手の込んだことをしているわね。どうやら、ただの商人ではないようだな?」

李禹がすかさず加えた。「凛雲様、もしかして…最近噂されている山賊一味では?」


頭領は一瞬怯えたものの、不敵な笑みを浮かべ、わずかに震える声で返した。「…ふん、そうさ、俺たちは山賊だ。だがな、お前らも甘く見るんじゃねぇ。俺もかつては正規の兵士だったんだ。」

彼は誇らしげに短剣を持ち上げ、さらに言葉を続けた。「この短剣…“雪鳳閣”で手に入れた、ちょっとした戦利品さ。」


「雪鳳閣…?」凛音の表情が一瞬でこわばり、押さえきれない震えが彼女を襲った。頭領の言葉は、彼女の中に深く刻まれた記憶と痛みを再び呼び覚ました。


雪鳳閣は、かつて若き千雪が住んでいた寝宮だ。

そう、この短剣は、彼女が生まれたときに父上が贈ってくれた特別なものだった。その頃、彼女はまだ幼く、刀を扱うこともできず、この剣はずっと寝宮の壁に飾られていたものだ。剣は皇家の品とは一線を画し、氷晶のような澄んだ水色の鞘を持ち、鋼鉄で作られた剣には銀と金で雪の紋様が彫られている。それは「千雪」の名にふさわしく、彼女のためだけに作られた、唯一のものだ。


「あなたのような者が、この剣に触れる資格はないわ。」凛音は鋭く睨みつけ、短剣の刃をさらに強く喉元へ押し当てた。その眼差しには、王族の威厳が宿り、冷酷な圧迫感が頭領を貫いていく。

「ここで、あなたの罪を終わらせてあげる。」

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