第5話 凛律、再び
「凛凛、凛凛、いい物を持ってきたよ!」
凛音が書房で本を読んでいると、遠くから明るく大きな声が響いてきた。振り向く間もなく、蓮が嬉しそうな顔で、まるで宝物でも見せるかのように、急ぎ足で凛音のそばへとやってきた。今日は、柔らかな淡黄色の衣をまとい、その温雅な雰囲気が一層引き立っている。
「凛凛、これは金木犀の飴だよ。すごく美味しいんだ!口の中で金木犀の香りがふわっと広がって、まるで花が踊っているみたいなんだよ。秋にぴったりの飴だろ?凛凛が絶対好きだと思って、持ってきたんだ。」
凛音が答える間もなく、蓮は飴を取り出して、彼女の口元に差し出す。「はい、あーん」
しかし凛音は飴に目もくれず、蓮に率直に尋ねた。
「昨日、どうしてあそこにいたの?」
蓮は軽く肩をすくめ、「凛凛が宴席から抜け出して行くのが見えたからさ。なんだか機嫌が悪そうで、ちょっと気になってついて行ったんだよ。そしたら、あの子を見てすぐに分かった、凛音が怒る理由がさ。」と答えた。
「でも、私は人を殺したんだよ。」凛音は冷静に言った。
「そんなこと、どうでもいいさ。奴が悪いんだろう?自業自得だよ。」
「……蓮。」
「凛音が誰かを殺そうとしても、俺はいつも凛音のそばにいる。」
蓮は急に真剣な表情になり、穏やかな声でそう告げた。
「お嬢様、お茶を持ってきました。」
翠羽は、桃色の可愛らしい服を身にまとい、恭しく凛音にお茶を差し出した。
「ああ、君が凛音の侍女になったんだね。」蓮がにっこりと微笑んで声をかけた。
「はい、殿下のおかげです。ありがとうございます。」
「なんだか礼儀正しい子ですね。凛音はいつも一人だから、頼むよ。」
そう言うと、蓮はすぐに凛音に視線を戻し、まるで彼女の気を引きたいかのように、さっきの飴をもう一度手に取って凛音の口元に差し出した。さらに甘えるように、「ね、凛凛、食べてよ」と微笑んだ。
凛音は、前の言葉を思い出しながら、蓮がそんな風に甘えてくるのを見て、少し顔を赤らめて言った。
「自分で食べます。」
「
水墨の模様が施された白地の長衫を身に纏った
「お兄様!」
凛音も驚きと嬉しさで立ち上がり、彼の方に歩み寄る。
凛律は嬉しそうに彼女を抱き上げると、くるりと一回転してから笑顔で言った。「音ちゃん、ずいぶん綺麗になったね。」
「お兄様、もう早く降ろしてください…」
「いやだよ。可愛い妹と再会するのは2年ぶりだろう?もっともっと『お兄ちゃん』って呼んでくれ!」
そのやり取りを見ていた蓮が、半ば呆れたように口を挟んだ。
「凛律、いい加減凛凛を降ろしてやれよ。」
「あ、蓮殿下もいらっしゃいましたか。」凛律が蓮の方に顔を向けたものの、すぐまた凛音に視線を戻した。
「今頃気づいたのか?」
「すみません、目には全部我が音ちゃんしか映らなくてね。」
そう言いながら、凛律はようやく凛音を地面に優しく降ろした。まだその目には、妹を見つめる柔らかな優しさがあふれている。
「凛音、元気にしてたか?何か困ったことはなかった?」凛律が凛音の肩に手を置いて尋ねると、蓮が間髪を入れずに言った。
「凛凛のそばには、私がいるんだから、凛律に心配されるまでもないさ。」
凛律は一瞬真面目な顔で蓮を見た後、すぐに柔らかく微笑んだ。
「それは心強いよ。でも音ちゃんは、私にとっても大事な妹だからね。」
「お兄様、どうしてそんなに早く戻ってきたのですか?」
「実はな、昨日の慕正義が亡くなったからだ。祝宴の席で人が亡くなるとは予想外だったから、急ぎ戻るよう命じられたんだ。あいつの部屋は荒らされ、他国との怪しい文書がいくつか見つかったらしい。例の少女への虐待も、お父様から既に聞いている。今、その子はお前の侍女としてそばにいるんだろう?」
「はい、翠羽といいます。」凛音が小さく頷くと、凛律はわずかに眉をひそめた。
「この状況を考えると、背後に何か大きな陰謀があるかもしれないな。慕正義が関わっていた者たち、必ず洗い出すつもりだ。」
他国の書簡……まさか雪華国のものも含まれているのか。これは私に関することなのだろうか……
凛音は一瞬だけ視線を鋭くし、淡々と頷いた。 「お兄様、くれぐれも気をつけてください。」 凛音が心配そうに言うと、凛律は微笑みながら彼女の肩に手を置いた。「大丈夫だ、音ちゃん。お前の笑顔は私にとって守るべき宝だからな。調査には私も全力を尽くすよ。慕正義の突然の死、残された通信がすべてを語っているとは限らない。何かが、水面下で動いている気がする。」
その言葉が静かに空気に重みを落とし、三人はしばしの静寂の中で、何か大きな事態が迫る予感を抱いていた。
その様子を見た蓮が、凛音を気遣って話題を変えるように口を開いた。「それより、明日は武術大会だろう?凛律、今年も出場するんだよな?」
国中の目が集まるこの武術大会は、九月の満月の二日後に行われ、国の平穏と繁栄を祝う恒例行事だ。官宦や軍の者たちが技を競い合い、民衆も楽しむこの場で、若手の有望な者が見出されることも少なくない。皇帝も姿を現し、国の威厳を示す重要な機会とされている。
「もちろんだよ。たまには蓮殿下の真剣に戦うところを見てもらいたいものだな。」凛律が挑むように言うと、蓮は微笑みながら肩をすくめ、「なら、せいぜい頑張ってくれよ。」と返した。
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