利害もさもさ

「これ、あんまり美味しくないね」

 白いクリームのパスタを重たそうに皿の中で踊らせて、あなたが言った。麺を控えめに絡めたフォークを暇そうに持て余している。

 もう何回目かのデートで、初めて共にする夕食だった。あなたは、パスタを三分の二くらい食べたところで、急にそんなことを言ったから驚いた。ずっと思いながら食べていたなんて、辛抱強い。

「そう?」

 わたしは同じパスタを口にする前に返して、むしゃりと食べた。別に美味しい。

「なんか、もさもさする」

「もさもさ」

 間抜けに復唱。そう言われれば確かに少し、もさもさ、するかもしれない。麺の食感があんまり良くないというか、なんというか。

 あなたは溜息混じりに、クリームの絡んだ豆だけをフォークで器用に刺して食べる。

「良いお店だって聞いてたんだけどなぁ」

 わたしはそれを見ながらもぐもぐパスタを食べ進める。

「わたしはすき」

「そう?」

「うん」

「きみはなんでも肯定するきらいがあるよね」

「そうかな」

「そうだよ」

 不意に沈黙。あなたがフォークを置いた。

「もう食べない?」

「うん、もういいや」

「なら貰っていい?」

 皿を頂戴、と言わんばかりに手を差し出す。あなたはそれを理解して、皿を渡しながら

「きみは意外とよく食べる」

 と言った。わたしは仕返しのつもりで

「あなたは意外とグルメ」

 なんて言いながら、自分の皿の隣にあなたのだった皿を置いた。とりあえず自分の分から食べる。あなたはもうほとんど無いアイスコーヒーの氷をざくざく鳴らしながら、そこに座っている。

「退屈じゃない?」

 聞くと、あなたが顔を上げた。

「どうして?」

「食べるものがなくなったから」

「きみの食べている姿を見てるよ」

「つまらないよ、そんなの」

「つまらなくないよ」

 ふぅん、とパスタをひと口。別に美味しいけどなぁ、なんて思いながら、ただひたすらに、ちょっとだけもさもさするパスタを食べ続ける。

「なにを考えている?」

 あなたが言うので顔を上げた。あなたは、頬杖の中に口元を隠していて、あなたの方こそなにを考えているんだろうという感じだった。

「パスタ、美味しいなって」

「そう……」

 あなたは返事の後にゆっくり目を伏せる。また開いて、あえて明るい声を出しましたという感じで言った。

「やっぱり、私にきみはもったいないな」

 わたしは、ストローに口をつけようとしたのをやめて、

「どういうこと?」

 と聞く。

「いや、私はついなんにでも文句を言いがちなのに、きみはそれをあんまり柔らかに擁護するから……きみに負担を強いているような気がして」

「そんなことないよ」

 ほんとうにそう思っているから、そう言った。でもあなたは、納得いっていないようにまつ毛をゆるりと下に向けている。

「優しいきみに、心の狭い私は、もったいないと思ったんだ」

 もったいないってなに、と言い損ねて、少しだけ黙る。あなたがあんまり真剣に表情を暗くしているから、言葉に悩む。

「きみは」

 あなたの目線だけがゆるりとこちらに向く。

「……このまま私と付き合っていて、自分に利があると思う?」

 あなたの据わった視線にちょっとだけびっくりして、でも、わたしの答えは別になにも変わらない。

「わたし、別に利害とかのためにあなたと付き合ってるんじゃないよ」

「じゃあどうして?」

「あなたがすきだから」

 店の喧騒が遠く聞こえる。あなたはなにも言わない。わたしはもう一度告げる。

「あなたがすきだから、あなたと付き合ってるの」

「……きみは」

 気恥ずかしそうにあなたは、声を曇らせた。

「ほんとうに、素直だ」

 はぁ、と溜息をつくあなた。わたしはフォークを置き損ねた手を皿のそばに適当に位置させて、あなたの次の言葉を待っている。

「悪かったよ。もうこんなこと言わない」

「ほんとう?」

「ほんとう」

 良かった、と思いつつ、わたしはパスタを食べることを再開する。あなたはアイスコーヒーを飲み切ったらしい。

「もさもさしない?」

「しないよ」

「やっぱり、きみは優しいな」

「そんなことないよ」

「パスタ、無理しないようにね」

「だから、違うったら」

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