命日
明日が永遠に来なくなってしまった今日をもう何日ぶん過ごしたことか知らない。同じ朝、同じ昼、同じ夜。気が狂いそうになるような、真の安定した日常を手に入れたような、不思議な心地に最近の僕は支配されていた。
「この台詞も何度目だろうね」
君がメタっぽく、物憂げに息をついた。
「さあね」
「数えてないの?」
「途中でやめた」
同じく今日を永遠に過ごしている君が、ちぇ、と頬杖をつく。むにと掌に食い込む頬の肉が柔らかそうで、指でちょっとつついてみた。君はこっちを見て
「もお」
とちょっと笑う。このやりとりも何度目か分からない。新鮮味はだいぶ失われたやりとりだ。
「どうやったら明日が来るんだろうね」
「もう永遠に来ないんじゃないかな」
「なんで?」
「序文で地の文がそう言ってるから」
「メタいこと言わないでよ」
君が退屈そうに脚をぶらぶらさせる。ショートパンツから生えている長い脚。
「今日の夕飯は」
「うちはハンバーグ。そっちは野菜炒めだっけ」
「そう。もう食べ飽きたな」
「私も」
「代わりに君の家に帰っちゃだめかな」
「できるならそうしたいよ」
今日に閉じ込められてると知っているのはたぶん僕と君だけだ。少なくとも僕の周りの人間はそのことに気がついた様子なく、毎日粛々と今日を同じように過ごしている。
「これでさ、私の命日が今日なんですーとかだったら、あなたは悲劇のひとになれたのにね」
「そうじゃなくてほんとに良かったよ」
「ね、私も何回も死ぬのは嫌だよ」
橙の太陽が沈んでいく。暗がりを取り戻す世界、今日はあと数時間で終わり、また同じ今日が始まる。
「ねぇ、今日を変わり映えさせようよ」
君がうきうきした声で僕の方を向く。きらきらした瞳は夕焼けを帯びて美しかった。
「変わり映えって?」
「たとえば!」
君はすっくと立ち上がって、僕に向かって手を差し出す。
「私と付き合ってください」
びっくりして君の顔を見ると、オレンジに染まってよく見えなかったが、唇をぎゅうと結んでいることだけは分かった。君が緊張している時によくやる癖だ。
「君って僕のこと好きだったっけ」
「そんなことはいいでしょ! どうなの」
君の声が少し震えている気がしたが、気のせいだということにしておこう。君の手を取ると、はっと息を呑む音が聞こえる。
「いいよ」
細い手をぎゅうと握る。
「そういうのも、良いね」
だよね、と君は安心したような表情を浮かべた。僕は同じように立ち上がって、君と改めて目を合わせる。
「言わせちゃってごめんね」
「なんで謝るの」
「僕もずっと君がすきだったから」
もうすぐ終わる今日は、どうしようもない熱で初めて彩られようとしている。
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