致死量

 あんずを齧るその仕草に、どうしようもなく見惚れてしまった。瑞々しい果実をがぶりと頬張る君を、僕はただ見つめていた。ひとがものを食べる姿をあまりまじまじ見るものではないと分かっていながら、君から僕は目を離すことができなかった。

「たのしい?」

 君は視線を僕にやる。

「なにが?」

「私を見てるの」

 楽しいよ、と返そうとして、なんだか違うなと思ったので、うん……、なんて適当に返事を濁す。君はふぅんと曖昧な相槌を打って、またあんずに齧り付いた。

「あたし、あんずってすきなの」

 君が濡れた唇をぺろりと舐めながら言う。健康的な色の舌が見えてどきりとした。

「美味しいよね」

「うん。昔から食べてたのもあるけど、あたしはあんずが果物の中で一番すき」

 ひとつ食べ尽くしてしまったらしい君はふたつめのあんずに手を付ける。果実を握る手はところどころ濡れているが君はそんなこと気にしていないらしかった。

「あたし、死ぬならあんずを食べて死にたいな」

「あんずを食べて死ぬの?」

「そう。あんずって食べすぎると死ぬんだよ」

 そりゃどの食べ物でもそうだろう、と思ったが、飲み込む。

「特にタネが危ないんだって。なんだっけ、アミグダリン、とかいう物質がどうこうって話だったと思うんだけど」

「詳しいね」

「うん、すきだからね」

 すきなことと詳しいことは別だと思う。僕が君のことをよく知らないように。

「その、あみなんとか、で死んじゃうの?」

「アミグダリンが確かねぇ、青酸だったかな、発生させちゃうらしいよ。それで具合悪くなっちゃうの。弟が昔一回すっごい吐いてたことがあった」

「それは、たいへんだ」

 でしょう、と君は果実の中に指を突っ込んでタネを丁寧に取り出す。

「生のあんずをたくさん食べたり、タネを食べるのは危ないって、よくおばあちゃんが言ってた。でもあたしも弟もあんずが大好きだからこっそりたくさん食べてたんだけど」

「具合悪くなったことないの?」

「あたしは無いよ、きっとあんずと相性がいいんだよ」

 あたしの名前もあんずって読めるしさ、と君は悪戯っぽくにししと笑う。きらきら白く光る歯が太陽光をちらっと反射させた。

「あたしはあんずを何個食べたら死ねるかなぁ」

 君はあんずを顔の上に掲げて、呟いた。果汁が焦ったく落ちて、君の頬を一滴濡らす。君はそれを指で拭って、ぺろりと舐めて見せた。

「どう思う?」

「どうだろう」

 君に死なないでほしい、とここで言うのはちょっと話がずれる気がしたので、あえて言わなかった。

「死ぬまで食べ続けるしかないかぁ」

 君はまたあんずを齧る。慣れた手付きだった。

「あーあ、早く死にたいなぁ」

 君の声が、あんずのように甘く濡れている。

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