何回目だって良いじゃない
「これで21回目よ」
君は、目の前に置かれたクリームソーダをストローでかき回しながら、ぽつりと言った。わたしは、生クリームの渦巻くウインナーコーヒーから視線を上げて
「なにが?」
と問う。君はストローを咥えて緑色の液体をじゅうと飲み込む。
「私とあなたがこうして会うことが」
「ああ、もうそんなになるか」
「まだそれだけよ。もし私達が家族なら、幼馴染なら、知り合うのがもっと早かったら、もっと多く会っていたはず。まだ21回目なの」
2と1をそれぞれの手で示す君。ふむ、よく数えていたものだ。それともわたしが気にしなさすぎ?
「こだわるなあ」
「当然よ。私達、付き合っているのだから」
そういうものなのだろうか。君の熱量が大きい気もするし、わたしの熱量が小さい気もする。どちらにせよ歩み寄るには時間がかかりそうだ。
それにしても、と、緑色のソーダの上に乗るアイスクリームを細長いスプーンで器用に食す君を見る。くるくると縦に巻かれた淡い茶色の髪にアイスがつかないかひやひやしたが、心配には及ばないようだ。髪を追って視線を頭に滑らすとそこにはフリルが彩るヘッドドレスが住まっている。装いは見事なまでに整えられたロリータ服だ……どうも甘ロリと呼ばれる類らしい……。
そんな君が、どうしてスウェットにジーンズスキニーという恰好でデートに馳せ参じるわたしなんかを好きになって、付き合おうと思ったのか、どうやら21回目らしい逢瀬でもいまいち分からない。
「君はさ、わたしのどこか好きなの」
あら、と君が顔を上げる。カシスオレンジみたいなダークな色で彩られた目元。
「その質問は何度目か分かる?」
「さあ」
「21回目よ」
「うそだ」
「ほんとう。私、きちんと数えているんですもの」
まさか会う度に聞いているんじゃないだろうな、わたしは? そうだったとして発した問いは取り戻せないし、君は
「あなたのどこが好きか、そうね……」
と律義に考えてくれているし。
「まず」
まつ毛の先にまで気を配った丁寧な瞳と目が合う。
「当の本人に向かってずけずけそういう質問をしてくるところが好き」
……それは。
「褒めてる?」
「勿論。だって好きだと言っているのよ」
分からない。どういうことなんだ、どういう思考回路なんだ?
「あなた、そういう図太くて無神経で、物怖じしないところ、あるわよね。私と最初に会った時もそうだった」
「完璧にディスられてるよね」
「まさか。まぁ確かに、いちばん最初に会った時のあなたには私、ちょっとむっとしたけれど」
したのか。
「けれど、すぐに好きになったわ。あなたのこと」
「変なの」
「そうかしら? でも、ほんとうにあなたのそういうところも好きなのよ、私」
ふうん、とカップを手に取ってひと口。クリームが上唇に容赦なくくっついてくる。それを舐めとりながら苦い液体が流れてくるのを待って、飲み込む。
「他には?」
「そうね……コーヒーがほんとうは飲めないくせに毎回格好つけたくて、でもなるだけリスクが低そうなウインナーコーヒーを砂糖ありで頼むところ」
がちゃん、と鳴った音に店中が振り返った気がした。ちなみに、わたしがカップを雑に置いた音だ。なんてこと言ってくれるんだ。
「格好つけてなんかない」
「いいえ、あなたは私の前で少しでも自分の望む自分であろうと努力していることを私は知っているわ。これを伝えるのはちなみに何回目か分かる?」
「知らないよ」
「21回目よ」
「そんなに?」
というかそんなに言われているなら覚えていないわたしはあまりに馬鹿すぎないか?
君は気にした様子も無くくすりと可憐に笑っている。
「あなたのそういう、私の言ったことをあまり覚えていないところも好きよ」
「ねえ、ほんとうに今、わたしの好きなところを列挙してるんだよね?」
「ええ、そうよ」
「そう……」
まったくわけが分からない。もしやこうやって毎度腑に落ちないから記憶に無いし、毎回君に尋ねているのだろうか。思わず沈みがちな息が漏れる。
君はやはり、嬉しそうな顔でこちらを見ている。
「ふふ、その諦めたみたいな項垂れ顔、好きよ」
「そりゃどうも……」
肩を竦めてカップを手に取り直す。決して見栄で頼んでいるわけではない……断じてそうだ……ウインナーコーヒーを飲む。
「そういうわけで、好きよ、あなたのこと」
「分かったような分からないような」
否、実のところさっぱり分かっていないというのが本音だが。
「今ので何回目か分かる? あなたに好きって言ったの」
君が些かわくわくした面持ちで身を乗り出す。鼻先から香ったみたいにナチュラルな、フローラルのフレグランス。
「……まさか、21回目?」
「ふふ」
君は意味深に笑う。いや、そこはそうだって言えよ。それともほんとうにもっと言ったのか?
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