また明日
「また来たんだ」
先輩は夕陽をバックにして笑う。わたしは、教室に一歩、また一歩と慎重に足を踏み入れながら、先輩に近づいた。黒板には明日の時間割が書かれているけど、先輩はどの授業も受けやしない。
「いい加減にしてくださいよ、先輩」
「なにが?」
「今日、わたしのところに来たでしょう」
「なんのことかなぁ」
「現代文の授業中、わたしの肩をつついたの、先輩ですよね」
ばれたかぁ、と先輩はお茶目らしく小首を傾げる。その拍子、逆光になった長い黒髪がさらりと揺れた。
「ああいうのやめてくださいって言いましたよね」
「だって、暇だったんだもん。それに、私のことわかってくれるのってきみしかいないから、つい」
先輩のそういう台詞にわたしはめっぽう弱い。そんな物言いされたら、許したくなるじゃないか。そもそも大して怒ってなどいないのだけれど。
「ねぇ、きみが次の春に卒業したら、私はどうなると思う?」
先輩は髪先をくるくると指で巻きながら、世間話みたいに聞いてくる。その質問が結構深刻なそれだってことをわかるのも、きっとわたしだけだ。
「またひとりぼっちになるんじゃないですか」
「ひどいなぁ。そこは、卒業しても会いに来ます、って言ってほしかったのに」
「知りませんそんなこと」
つんと鼻の奥が寂しくなるのを堪えようと俯く。わたしだって、先輩と会いたくないわけじゃない。会えなくなるのが悲しいに決まっている。でも、そうもいかないのだ。卒業生はそもそも校舎に入れないし、先輩とはこの校舎でしか会えない。先輩はいつまでも先輩のままここにいる。
「じゃあ、せめて卒業するまでは、毎日会いに来てね」
先輩は美しく笑う。その微笑みは、もう死んだひとだなんて到底信じられないものだった。でもよく見ると、夕焼けの色が全身に透けていた。わたしは頷く。
「ありがと」
そう言うと先輩の姿はすっと消えた。地縛霊といえどずっと姿を現しているのはつらいのだと以前言っていた。それにしても、すきだったひとがこうも簡単に姿をくらますのは堪えるものがあるな、と、わたしはさっきまで先輩がいた場所を見つめる。
「……また明日、先輩」
それだけ言い残して、教室を静かに去った。
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