その言葉が魔法

「どんな魔法を使ったの。」

 君との交換日記の一番新しいページにはそれだけが書いてあった。

交換日記といっても、B5サイズのノートを1ページずつ使って順繰りになにかを書いているだけのものだ。それこそ日記。今日あったこととか、ご飯のメニューとか。あと、たまに質問とか。そんな他愛無いことばかり私と君は書き合っている。

 始めようと言い出したのは君だった。なんでも、読んだ漫画にあった、交換日記をしているカップルの描写に憧れてのことらしい。なにかに影響されやすいのは君らしいところだし、紙上でやりとりすることなんてこれまで君との間にはなかったので、了承した。なんだかんだでかれこれ半年近く続いていると記憶している。

 最初のうちはなにを書いていいのかわからなかったけどお互いにはしゃいでいたので、上から下までびっしり今日の出来事を書いてみたり、決して上手くはない絵を描いてみたり、柄にもなくレタリング文字で無駄に名前を呼んでみたり、いろいろやった。私も君も丁寧だった。

 段々新鮮さが失われてくると、今度は淡々とした文字列が並ぶようになった。「今日の夕飯はハンバーグ。うまい。」とか「明日は雨らしい。やだ。」とか。そんなやりとりはスマートフォン上でした方が早いのだが、私も君も律儀に交換日記を使った。

 今日の交換日記、つまり昨日の君は私に「どんな魔法を使ったの。」と書いた。はて、なんのことやら。私は自室でノートに向き合いながら首を傾げる。

よく見ると、ノートの下の方に小さくこう書いてあった。

「今日はあなたのことをやけに思い出してしまう。あなたから「おやすみ 良い夢見てね」とLINEがきてからずっと。どうして。」

 確かに私は昨晩、寝る前に君に「おやすみ」とは送った。しかしそれがきっかけで君をもしや悶々とさせたとは知らなかったし、まさかそのことが魔法だとでも言うのか。

「さあね。」

 私は悪戯心で次のページにそう書く。そして

「よく効いたようでなにより。」

 と付け加えた。これで今日の分は終わり。

 次の日君にノートをなに食わぬ顔で渡して、君も平然と受け取った。スマートフォン上では交換日記とは別にやりとりをしたし、私は一連のことをさして考えもせず眠りについた。

 翌日、君からノートを受け取る。帰宅してから開いてみると、そこにはこうあった。

「あれからあなたのことがまったく頭から離れない。ずっとあなたのことを考えている。どうしてもあなたのことを考えてしまう。これがあなたの魔法によるものなら、今すぐなんとかしてほしい。あなたのことを考えて死んでしまいそうだ。」

 そんな大袈裟な、と、三行の空白の後の文章に目をやった。

「あなたは、私がどれほどにあなたを好きか知らない。」

 どき、と胸の奥が高鳴る。なにも、君に好かれていることを知らないわけではないし、そもそも私だって負けないくらい君が好きなつもりだ。それなのに、私が想像し切れないほどの好意が君から私に向けられているというのだろうか。

「知らないつもりはないけれど。」

 それは、私と君が付き合い始めた時から知っていたつもりだ。

「でも、そうだと思うなら、教えてよ。」

 ノートを閉じる。

 そして翌日の夜、とうとう君からノートの内容について言及される。

「どういうつもりなの」

「どういうって?」

「勘弁してよ」

 文面からして君はかなり参っているらしい。そんなつもりじゃないのだけど。

「くるしいの」

 君から続けてメッセージがくる。

「あなたのことばっかり考えてるのが私だけなのが、くるしい」

 ふむ、と顎のあたりに触れる。そうだな、少なくとも私にはその苦しみがないあたり、向けている感情は釣り合いがとれていないのかもしれない。

「苦しいの?」

「あなたをすきなことがくるしいよ」

 もしかして君は泣いているのだろうか。なんとなくそんな気がした。試しに電話をかけてみると、鼻を啜る君が出る。

「なんで電話かけるの」

 不満そうな声だ。

「泣いてるだろうと思って」

「性格さいあく」

「それはどうも」

「褒めてないし」

 どうも君は必死に嗚咽を我慢しているらしい。

 私の言葉を魔法と言った君は、なんてロマンチックで素敵なひとなんだろうと思う。そう言ってあげれば君は少し楽になるだろうか。その苦しみから解放されるだろうか。私には分からない。

「あのさぁ」

 だから、一番効きそうな魔法を今から、君にかけてみる。上手く効くことを願って。

「好きだよ、君のこと」

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