シャム双生児は互いの顔の夢を見るか?
生首の双子を拾った。
というより、家の前に置いてあった。段ボールの中に子猫よろしくひとの頭がふたつ入っていた時は驚いたが、すぐに瞳が見上げてきた。そして「ネェおにいさん」と片方が話し出したので、これは生き物だと妙に素早く得心してしまった。
双子のうちの片方は、続けてだいたいこんなことを言った。
「あたくしたち、これまではひとりみたいなひとりじゃないみたいな、とっても摩訶不思議な姉妹という存在だったのだけれど、今となっては完全にばらばらになってしまって、これまた摩訶不思議な感じなのよ」
姉妹というが、どちらが姉で妹なのかはまだわからなかった。彼女たちは見ず知らずのぼくにまったく恐れをなさない。どういう縁かはわからないが家の前にいることは確かだし、しばらくこのまま家に匿っておこうと思う。万が一死なれても困る。
とりあえず段ボールを持って家の中に入って、廊下に一旦置いた。手洗いうがいを励行しては、さて、と彼女たちをじっと見つめる。
双子のうちの片方は、続けてだいたいこんなことを言った。
「あたくしたち、かつても身体がひとつで頭がふたつっていうかたちで、見せ物みたいに扱われてきたけど、身体を失ってこうやって頭だけになっても、また見せ物みたいに扱われて、嫌になっちゃう」
そんなつもりで見ていたんじゃないが、と思ったしそう言ったら「あたくしだってそんなつもりじゃないわ」と言われたので、気恥ずかしくなった。とりあえず、頭だけとはいえふたり分の重さを腕の中に抱えて……これがなかなか堪えた……居間に向かった。
家の中のどこにいてもらおうか迷って、とりあえず居間にある棚の上に並んでもらうことにした。棚と触れた瞬間「アッ冷たいわ」と片方が叫ぶものだから、適当にタオルを敷いて、その上にいてもらうようにした。まるで祭壇に供えられた敵の首みたいだな、と不謹慎なことを思った。
双子のうちの片方は、続けてだいたいこんなことを言った。
「あたくしたち、自分じゃうまく動けないから、良いように動かしていただきたくて、きっとその時に姉妹のどちらを右に配置して左に配置するか、いつも決めておくと良くてよ」
そうは言われても、ぼくにはどちらが姉でどちらが妹なのか、やはりまったく見当がつかなかった。金色で短めに揃えられた髪も、黒い色でぱっちりした瞳も、真っ赤に塗られた唇も、まるで同じに見えた。ぼくが置いた右左のどちらが姉でどちらが妹なのだろう。
さて、匿うことにしたはいいもののいったいどう世話するべきなのか、彼女たちはどこから来たのか、どこへ行くべきなのか、などなどいろいろなことを考えた。彼女たちをふと見ると、ぎょろぎょろ目玉を動かしてお互いの姿を見ているらしかった。
双子のうちの片方は、続けてだいたいこんなことを言った。
「あたくし、ずっと妹が左にいたから、反対側にいられると変な感じよ」
もう片方も、続けてこんなことを言った。
「あたくし、ずっと姉が右にいたから、反対側にいられるとおかしな感じよ」
それなら初めからそう言ってくれ。ぼくはふたりの位置を反対側に変えた。つまりぼくから向かって左側にいるのが姉で、右側にいるのが妹なのだな、と記憶した。彼女たちの言う通り、これからもそうしてやっていこうと思った。
馴染みの通りに位置させて、ぼくはやっとひと息つけた。ひとの頭というのはどうしてこんなに重いのか。
それにしても、彼女たちはまだぎょろぎょろと相手の顔を見ようと目玉を動かしていて、まるでそこだけ別の生き物みたいだった。
双子のうちの片方は、続けてだいたいこんなことを言った。
「あたくし、妹の顔をきちんと見たの初めてだけれど、意外とあたくしに似ているのね」
もう片方も、続けてこんなことを言った。
「あたくし、姉の顔をきちんと見たの初めてだけれど、ほんとうにあたくしに似てるのね」
シャム双生児のことは写真でしか見たことがないが、お互いの顔をまじまじ見つめることは難しいのかもしれないなと思った。ぼくは気を利かせるつもりでふたりを向かい合わせにしてやった。するとふたりともが「面白くないわ」と文句を垂れるものだから、元に戻した。
ぼくは予想外の働きをしたからか、急に空腹を感じた。なにか冷蔵庫にないかなと漁ったが、今の気分にマッチするものはなにもなかった。とりあえずお茶をコップに注いで一杯飲むと、ふと彼女たちと目があった。
双子のうちの片方は、続けてだいたいこんなことを言った。
「あたくしたち、これでもきちんと食事をするし、とてもしたいのだけれど、どういう仕組みかとかそういうことを聞かないでほしいの。そんなこと、あたくしたちにだってよくわからなくてよ。けれど、その場で吐き戻したり粗相したりしないとお約束するから、どうかまずお水を飲ませてちょうだいな」
確かにどういう仕組みなのか気にならないことはないが、それなら触れてやるべきでないと思った。僕は新しいコップをふたつ出してはお茶を注ぎ、彼女たちの前に立って、どちらから先に飲ませるべきか迷った。すると妹の方が「姉に先に飲ませてあげて」と素早く言ったから、従った。
ひとに飲み物を飲ませるというのは意外と難しくて、唇の端からお茶が垂れて下のタオルに染みてしまった。彼女たちはそんなこと気にもしないように「ごちそうさま」と気高く言った。
双子のうちの片方は、続けてだいたいこんなことを言った。
「あたくしたち、ところでどうしてこんなところにいるのか知らん? まるで記憶がなくて、それもあたくしたちはあの箱の中に詰められていたからなにも見えなかったのよ。箱を開けられたときには既にここにいたの。ネェ、どういうことなのか、ご存知?」
ぼくは正直に知らないと言った。彼女たちは少しも残念そうにしないで「そう、残念ね」と溜息みたいな息を吐いた。まるでそんなことほんとうはどうでもいいと思っているみたいだった。ぼくにとってはどうでも良くないけど、真相を突き止めるのはまるで難しいとも思った。
今後はどうすればいいのだろう。なにか悪さこそしないだろうが、ぼくにとってどう作用するのかがまるでわからない。とりあえず食事をしてもらうことと……そもそもどのくらいの量を食べるのか……、風呂のようななにか、清潔に保つための措置も必要だろうか。濡れタオルで顔を拭くくらいしか思いつかないが。
双子のうちの片方は、続けてだいたいこんなことを言った。
「あたくしたち、なにかできることはあるか知らん? とは言っても、この摩訶不思議な姿をお見せすることと、おしゃべりくらいしか出来ることはないのよ。あたくしたちから搾取するなんてことはしないと思うけれど、それは無理だって考えてちょうだいね。あたくしたち、頭しかないんですもの」
オホホホホと生首の双子は声を揃えて笑うので、まるでひとりの声みたいだった。彼女たちの声はそれほどによく似ていた。搾取してやろうなんて考えたこともなかったが、もしや彼女たちを使ってなにか悪どいことをする輩がいるのかもしれなかった。そう思うと嫌な気分になった。
普段の生活に彼女たちが加わったことは、思いの外無問題だった。あまり気にならなかったし、彼女たちも気にならないよう振る舞っているらしかった……と言っても黙っているからなのだが……。時折彼女たちのどちらかあるいは両方が「ネェネェ」と話しかけてくるたび、あぁそういえばいたんだっけなぁと存在を思い出すに至る程度だった。
双子のうちの片方は、続けてだいたいこんなことを言った。
「あたくしたち、最初のうちはこの姿になってしまった目新しさで目が爛々としていたのだけれど、今となっては慣れてきてしまったわ。なにが言いたいかというと、とっても退屈なの。ネェ、なにか面白いことはないか知らん?」
小首を傾げたそうに姉も妹もしていたがそれは叶わなかった。少し考えたが、彼女たちにとってなにが面白いのかは皆目見当もつかなかったので、考えてみると言った。すると彼女たちは満足そうに「あたくしたちも考えてみるわ」と笑った。
ピンポン、と藪から棒に鳴ったチャイムは我が家のものだった。はぁいと届かない返事をしながらドアを開けるとそこには見知らぬ男がいた。どうも、とかぶっている帽子を上げ下げして、穏やかそうな紳士だった。
その男は、にこやかにだいたいこんなことを言った。
「実はうちのモノが間違えてここに届いたと聞きまして、参上した次第です。いやぁ、すみません、驚いたでしょうあんなモノ……すぐに回収します、どうかお返しくださいませ」
男の言い様にぼくは少しむっとした。「モノ」というのがあの双子の姉妹だとわかったからだ。彼女たちも生きているのだから「モノ」というのはおかしいではないか。さてはこの男が彼女たちからなにかを搾取するような人間なのだな、と腹の中で勝手に憤った。ぼくはしかし平然と、お待ちください、と言い残し、とりあえずドアを閉めた。
部屋に戻ると、姉妹がきょろきょろ目を捩らせて、欠伸をして、退屈そうにしていたが、ぼくの姿を見てちょっとだけ嬉しそうにした。ぼくは、こんな男がこんなことを言ってきみたちを迎えに来たんだよ、と素直に説明した。姉妹は露骨に表情を曇らせた。
双子のうちの片方は、続けてだいたいこんなことを言った。
「ネェ、あたくしたちをここから落として頂戴。もう見せ物にされるのなんてごめんよ。ここで傷物になって、ショウに出られないと判断される方がマシだわ。お願いよ、お願い」
もう片方もそれに賛成した。しかしそう言われても、まさかふたりを故意に棚の上から落とすなんてこと、ぼくには到底できそうになかった。明らかに困惑していると、姉妹はお願いお願いと声を揃えた。それが奇妙で、ぼくはつい立ち尽くしてしまった。
がちゃりと遠くで音がするので、ぼくはそちらに意識を向けた。すると部屋に、玄関で待っているはずの先ほどの男が現れて、ぼくを見ては努めてにっこり笑った。
その男は、だいたいこんなことを言った。
「さぁ、それを返してください。それはわたくし共のモノでございます。そのモノがないと、わたくしたちは困るのであります。わかっていただけるでしょう」
やっぱり腹の立つ物言いだなと思った。ぼくは双子の姉妹を見た。姉妹はやっぱりお願いよお願いなのよとしきりにぼくに話しかけている。ぼくはどうしたらいいかわからなくなったけど、男はそうでないらしく、急に怒り出したようにぼくの方へずんずん向かってきた。ぼくはワァと慌てて、男を突き飛ばした。
男はばたーんと派手な音を立てて倒れて、それきり動かなくなった。ぼくはさぁと血の引く気配がした。しかし姉妹は棚の上できゃっきゃと楽しげな声をあげていた。なにを喜んでいるんだろうと思ったのでそれとなく尋ねてみた。
双子のうちの片方は、だいたいこんなことを言った。
「だってその男は、あたくしたちを見せ物に金を稼ぐ下衆野郎なのよ。死んでくれて嬉しいの。あたくしたちができない殺人を成し遂げてくれたことに喜んでいるのよ。ありがとう、ありがとう」
やはりこの男は死んでいるのか。ぼくはしかし、双子の言葉を聞いて妙に冷静になった。だってそんな男、死んで当然じゃあないか。もっとも、ぼくに裁く権利があったのかどうか、死を執行する権利があったのかどうか、わからないが。
ぼくは急に自分の手が汚らしい気がして、男の死体をぴょんと跳び越えては手を洗った。そしてまた上をひょいと跳ねて双子の姉妹の前に戻った。双子の姉妹はこれまでの時間の中でいちばんにこにことしていた。
双子のうちの片方は、だいたいこんなことを言った。
「ほんとうにありがとう。これであたくしたちも晴れて自由の身、と言いたいところだけれど、そもそも身がないのよ、オホホ。冗談はさておき、これからどうするか、あたくしたちの答えは出ているのよ。あたくしたちが住んでいた国に帰るの。そこにはあたくしたちのような生首だけが暮らしているのよ。むしろ、そうやって身体なんて余計なものがある方が不思議がられるってものよ。あたくしたちみたいに後天的に生首になった者も受け入れてくれる寛大なところなの。ネェおにいさん、あたくしたちをそこまで連れて行ってくれないか知らん?」
ぼくはそんな国のことは知らなかったが、できることなら彼女たちの役に立ちたいと思ったから、善処すると答えた。姉妹の両方が嬉しそうに笑い「ありがとう、ありがとう」と口々に言った。
そうして、ぼくの旅は始まることとなった。
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