第22話 姉として
「やっほー☆ 退魔師ミーチューバーの
画面いっぱいに、目の周りの星のタトゥーをして、青色の髪をサイドポニーにした可愛らしい女性が映った。格好は扇情的で露出が多く、胸は猫型にくり抜かれて谷間が露出していた。
改造パーカーとホットパンツ、サイハイブーツという攻めた格好。それはバーチャルの受肉体ではなく、リアルアバター。目は、バツ印の白い黒目という奇妙なものだった。そういったデザインコンタクトでなければ、十中八九、妖怪だ。
『カイちゃんキター!』
『待ってました!! 2000¥』
『ゲリラ配信だ! すげえ! 職場だけど音出してえ!』
『推せるときに推すのがオタクだ!! 10000¥』
「赤スパチャありがとナスビさん! でね、今日はなんとレンレンと一緒に化け物対峙するよー! はーい特別ゲストのレンレンこと
画面に映ったのは、仏頂面の大男。狼だろうか。ぱっと見狐に見えたのは、セミショートの髪も獣の耳も七本の尻尾も、金色だったからだ。
緑色の和の甲冑を着込んでおり、手には六角形の金砕棒を握っている。
「そのつまらんおもちゃを俺に向けるな。叩き潰すぞ」
「吾輩の術式上仕方ないんだって。ボルテージがアガればアガるほど、私の〈
「お前みたいなのが俺と同じ等級なのが信じられん。いいからその携帯を俺から退けろ。壊すぞ」
低い声で蓮は言って、前を見た。
そこはどこかの山中である。
画角内に映った魍魎を見て、コメント欄がにわかにどよめいた。
『数やばくね?』
『過去一のピンチだろ……』
『大丈夫か!?』
「大丈夫! 今村で後輩ちゃんががんばってっからさ、先輩として踏ん張りたいじゃん? じゃあみんな、盛り上げよろしく!」
直後起こったことは、言葉にできないものだった。
画面に暴風のように暴れ回るカイが映し出されるや否や、パンチやキックが命中する都度画面には1combo、2comboと表示され、ゲームのUIのようなゲージが溜まっていく。
これがゲームなら十字キーを押し込むと発動するタイプのスキル欄にある雷マークが点滅したかと思えば、カイが帯電。速度が上がり、combo数が加速度的に跳ね上がる。
そして今度は↑から十字キー→のアイコンが光り、属性エフェクトが炎に変化。雷のクールタイムを埋めるように、炎を両手に纏ったカイが踊るようにして立ち回り、魍魎を祓っていく。
視聴者の大半は知る由もないが、その多くの魍魎が一等級、あるいはその上の上等級である。
と、巨大な蜘蛛のような魍魎が現れた。
『うおでっか……』
『見たらわかる強い奴やん』
『がんばえカイちゃーん! 1000¥』
「ゲージ溜まったし、いっとくか!」
カイが構えをとった。それは胸の前で掌で何かを圧縮するような動作である。
「〈ハイ・
ちなみにだが、蜘蛛の等級は準特等級。
カイの〈ハイ・神砲〉は、その準特等級魍魎を、一撃で消し炭に変えた。
準特等級退魔師・獣神カイの術式〈
己のイメージを、周りの応援を条件に現実に重ねがけし、実現化するものである。いわば現実の因果を捻じ曲げるような、凄まじい妖術なのだ。因果律の操作、現実改変と言い換えてもいい術式である。
画角の奥で戦っている蓮もまた、雷獣が持つ電磁妖力の特性のみで準特等級を二体祓い、群がる一等級を金砕棒でぶん殴り、吹っ飛ばすというありえざる戦いをしている。
この両者は魅雲村で双璧をなす退魔師であり、ヤオロズの上澄みが原因で活性化した溟月市の魍魎夜行を、わずか二名で平定すべく遣わされた戦闘員でもあった。
魍魎の総数は事前予想で二〇〇体。それを、わずか二人――戦力差は百倍である。
同時にそれは、配信を通して村人の注意を惹き、村の山中で起きている――起きかねない最悪の事態への恐怖を煽らないという目的があるのだった。
(頼むぞ後輩ちゃん~。ヤオロズ憑きはしっかり祓ってくれ~)
カイは胸の内でそう思いながら、迫る軍勢に向け拳を構えるのだった。
×
渾式神・瞑坐祢が水流を生み出した。それはすぐに水の槍となり、万里恵に迫る。
万里恵はあくまで人の姿で戦っていた。猫耳と四つの尻尾をセンサー代わりに、妖気と音と風を読み、回避。合計四つの槍の隙間に身を捻って潜り、それこそ猫特有の液体のようなしなやかさで槍を抜けると万里恵は両手に握った脇差・地龍と天龍を握りしめ、切り掛かる。
瞑坐祢の外見はおおよそ人に似通っている。だが、腹部に口があるのだ。そこから絶えず詠唱を行い、術の精度を底上げしている。
妖術とは、いかに効果を落とさず引き算するかが技量の有無を分ける。
印相、詠唱、楽、舞、祭典、唄、あるいは貢物。
それらの無駄な手続きを省いて、効果の高い術を打つこと。それが、妖術の真髄だ。
その一つである詠唱を、あえて行なっている。そうすることで術の精度が一段上がり、彼は焜に術式を付与しながら己も高い制度の術を併用するという芸当を可能にしていた。
(等級換算で言えば一等級退魔師くらいかな。単独でなんとかなるけど秒殺は無理。……椿姫なら、勝つから心配いらないか)
万里恵の椿姫に対する信頼は、全幅のそれ。頭の上のピンポン玉を銃で撃つから動くなと言われたら、平気でそれを信じるくらいには信頼している。
椿姫は勝つ。それは希望的観測ではない。事実だ。そしてその最低条件は、自分が瞑坐祢を食い止め斃すこと。
廃堂の屋根の上に立ち、万里恵は瞑坐祢が撃ち出した水の槍を剣で逸らし、突っ込む。次々撃ってくる槍を躱し、いなし、結界で弾いて肉薄。
踏み込みと同時にコマのように回転、縦回転を行う万里恵は瞑坐祢の左肩を深く切り裂く。にとどまらず、回転し続け胸板をスライスしてガードのため跳ね上げた左腕を両断、飛び退いた瞑坐祢の脇腹を刺突で切り裂く。
廃堂の中に逃げ込んだ瞑坐祢は、そこで、
(〈庭場〉!?)
〈庭場〉啓開。次の瞬間、万里恵は海の真上に投げ出される。
が、妖怪は水の上を歩く術くらい持っているのだ。結界術の応用で足に水面を弾く斥力を生み出し、万里恵はかろうじて海面に立つ。
「空間が分断された以上、あの狐には術式共有できないんじゃない? そんなに私が怖い?」
瞑坐祢は詠唱以外喋らない。張り合いがない、と思いながら万里恵は走り出す。
すると海面がうねり、水の龍が浮かんだ。
(術式共有分のリソースを自分の術に割り振ったわね。精度が段違い……なら)
万里恵は妖力を吸い込み、大脳新皮質、前頭葉に刻み込まれている術式に流す。
人間や妖怪、知能の高い魍魎などや渾式神――高等生物にしか妖術が宿らない理由がこれだ。脳が発達していく過程で、生物は術というより高位の能力を獲得したのである。
「〈
彼女に殺到した水の龍が、吹き荒れた暴風で切り裂かれ、水の粒となって消え去った。
海面が、暴風で荒れ始める。
万里恵の術式は風。カマイタチにも似た術であり、その真髄は規模の大きさにある。
「いやあ、忍者なのに派手な術だから嫌いなんだよね。兄貴からもお前の技は大味だって説教されちゃってねえ。兄貴の方が倍は派手なのに。……〈
風の塊が、瞑坐祢に迫った。海面が陥没、瞑坐祢は水の防壁を展開して防ごうとするが、風の塊が爆発した。海が爆裂して水柱が上がり、瞑坐祢が自らの〈庭場〉に絡め取られて沈む。
「でも椿姫とは相性いいんだよね。あいつの小さい狐火を火種に、私の風で大きくしたりね。……〈
追撃。風の濁流が、海中に潜り込んだ。海が大きくうねり、渦巻きが発生する。万里恵は風を足場にして空中に立つ。
その異様は、風神と呼ぶに相応しい。
「でも、剣術以外の戦いなら、私主君の椿姫よりずっと強いんだよね。喧嘩も、術も。〈
ギュゥッと大渦がすぼまり、そして次の瞬間、一際巨大な水柱が上がる。
その瞬間〈庭場〉が解け、万里恵は廃堂に戻された。
目の前にはズタズタに切り裂かれ、溟獄へ連れ戻さんとする鎖に絡め取られた瞑坐祢がいる。
圧勝――万里恵は、式神をほぼ一方的に嬲り、勝利したのだった。
×
「金も、家柄も、家族にも友人にも恵まれたっ、お前にぃいいいいいいいいっ!!」
焜が血の涙を流しながら食らいついてくる。椿姫は硬化しつつそれを受け止め、逆にうなじに食らいついてひっぺがして薙ぎ倒し、石畳に叩きつける。
六本の尾の先に狐火が灯り、椿姫は身を翻して回避。境内の自販機やトイレに激突したそれが爆炎をあげ、煙を燻らせる。
「はぁ……っ、はぁ……」
「あんた、もう目が見えてないんでしょ」
「うるっ、さい……私は――私はぁっ!」
虚しい。
椿姫はだんだんそう思い始めていた。
こうまで誰かを恨めるものなのだろうか。ましてや、ろくに会話したこともない相手を。
恐らくは逆恨みなのだろう。椿姫は、自分がしてきたことに自覚的で記憶している方だ。間違ってもこんな女と関わり合いになったことはない。
であれば何かの因縁か、やっかみ。それがここまで肥大した理由には見当もつかないが――はっきり言って、迷惑だ。
私にだって、苦しいことの一つ二つはある。
名家に生まれたことを誇っている。でも同時に、プレッシャーだ。なんど逃げ出そうとしたかわからない。
でも、弟ができた。妹ができた。逃げる理由がなくなって、立ち向かう理由ができた。
私は、姉だ。
竜胆と菘が誇れる、ただ唯一無二の
飛びかかってくる焜の喉笛を喰らい、その硬化した毛皮を噛み砕いた。
バキバキ、と音がして、頚椎を砕き、大動脈を噛み裂く。
真っ赤な血が溢れ、焜の全身から力が抜けた。
「あ――ぐ……ァ――……わた、しは……ポ、ン……」
焜が大地に沈み、その全身から赤黒い瘴気が溢れだし、霧散していった。
椿姫は口の中の血の味を吐き出し、人の姿になって刀を拾う。
「知るかよ、お前の恨み言なんざ」
口汚く吐き捨て、椿姫は血振りをして納刀。
口元の血を袖で拭い、廃堂から出てきた万里恵を見た。どうやらあちらも終わったらしい。
「無事、椿姫」
「なんとかね。……遺体は退魔局に引き渡すとして、燈真が心配だわ」
「さっき、凄い妖気を感じたけど……あれって、あの感じは燈真君だよね?」
「多分。……そういえば、その妖気が薄い……?」
最悪のケースが過ぎる。
妖気の喪失。つまりそれは、死。
「いくわよ!」
椿姫は疲れを無視し、駆け出した。
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