第21話 推しを目の前に判断が鈍る雪城さん
早見の家はマンションだ。
オートロックを解除してもらう。
中に入った。
ゲームをプレイしていたときのことを思い出す。配置はあまり変わっていない。女の子の部屋、といった感じだ。
アニメや漫画をとりわけ愛好していた。後知恵ではあるが、Vtuberが二次元のキャラクターに詳しいという偏見と一致する。
そういえば、一度も入っていなかった部屋があったのを思い出す。
「ここで配信してるから、あまり見せられない、です」
雪城さんは何度もその部屋に視線をやっていた。実際には口にしないのだけれど、入りたいといいたげである。抑えきれていない。
このシチュエーションは、雪城さんからすれば望外のものだろう。憧れの人の家にお邪魔しているのだから。
Vtuberというのが事態を複雑にしている気がしてならないが。
「とりあえず、かけてください」
促されるままに、腰掛けた。座り心地は満点だ。高月家の屋敷のものを上回るレベルだ。
「さきほどもいったんですけど、私は闇照はれみです。間違いないです。いまさら隠しても隠しきれないと思うので」
闇照はれみ。登録者数十万人越えの人気Vtuber。
「俺たちが情報を漏らす、とかは考えないのか」
「そんなことしたら、私が二人を殺します」
原作での蛮行を思い出すと、冗談には聞こえない。
「もちろん、秘密は保持するさ」
「安心しました。とはいえ、さすがの私も口約束だけでは不安です。口止め料くらいは払います」
言って、彼女は開かずの部屋――配信室からなにかをとりにいった。
「これで、勘弁してください」
手にしていたのは、万札の束だった。
「いやいや、ちょっと待ってくれ。いきなり現金を渡されても困るぜ」
「では、このみすぼらしい身体で満足してくれますか?」
「自分の身体を軽々しく差し出すもんじゃない。冗談でもやめてくれ」
「す、すみません」
早見は肩を縮こませる。下を俯いてしまう。
「申し訳ありません。ご主人様は、このような口しか聞けない人間ですから」
「ブーメランになってるからね、雪城さん」
「私は常に人に優しい言葉遣いを目指しています」
「常に毒舌キャラなんですが!?」
そんなやりとりを見て、早見はくすりと笑っていた。
「仲良いんですね」
「どうでしょうか。長らく主従関係にあるので、会話もこなれたものになるでしょうし」
「そういえば、二人はどのような関係なんですか?」
早見も開示したのだ。俺たちも隠し立てするんじゃ、アンフェアだ。
「俺が高月ってボンボンの家の子息。それでもって、我が家で現役JKのメイドを雇っているってわけだ」
「現役JKなんておじさんくさいこと言わないでください。気色悪いです」
「おじさんですまなかったよ」
言葉選びが悪かった。思い返すとふつうにキモい。
それはさておき。
早見は目を輝かせていた。
「この現実世界に、まさか女子高生メイドが実存しているなんて……! 信じられないことです。しゃ、写真とか見せてもらえますか」
「もちろんです。はれみちゃんのご命令とあらば」
雪城さんはスマホに保存されている写真を見せた。家でメイドの格好をしているときの自撮りだ。こうしてみると、とんでもない破壊力だと思う。
「ほ、本物!? 私は夢を見ているんでしょうか。こんな出会いがあってもいいんでしょうか」
「はれみちゃん、それは私のセリフです。このまま夜通し語り合いたい気分です」
完全にオタクムーブをかましている雪城さんだ。
ここまでぐいぐいしているのをみると、俺もまだまだと思い知らされる。
俺も、求められたいものだ! なんたる現実!
「ありがたい出会いは雪城さんの方で。問題は、正直さんです」
「俺か」
「どうして本名を知っていたんですか。いろいろと警戒したくなります」
「知り合いの知り合いだと言ったじゃないか」
「嘘ですよ、はれみちゃん。ご主人様が嘘をつくときのパターンは頭に入っています」
ふだんは最強の味方である雪城さんも。
「推し」を目の前にすれば、一時的に敵になってしまう。
「警戒するのは結構だ。どこかで名前を知ったんだ」
まさか、本当のことを言うわけにもいくまい。
俺は君がヒロインのゲームをプレイしたことがあるんだ、なんて。
信じてもらえないだろう。言うべきではない。
「たまたま偶然ってやつだ」
「とにかくあなたが不審者というのは良くわかりました」
「最悪だ」
「仕方ないんです。それが現実ですから」
それからいろいろ話して、お互いの事情はだいたい把握してしまった。
早見が学生とVtuberの二本柱で活動していること。
いろいろなファンがいて大変だということ。
学校ではあまり目立たないように振る舞っており、ぼっちに近い状況あること。
「私の事情を知ってもらえる人間はそうそういません。Vtuberであるなんて、こういう事情がない限り、口が裂けても言えません。だから」
早見は続ける。
「お二人と、またこうしていろいろお話ししたいです。つまり、つまり私は二人に友達にってほしいんです」
おもちゃを欲しがる子供のように、早見の目は透き通っていた。
本心からの言葉に聞こえた。
「もちろんです。むしろ、私めが友達として認められるなど感極まるところですし。もちろんご主人様も、OKですよね」
ここでノーと言えるほど、俺は薄情ではなかった。雪城さんが求めることを否定なんてできない。
「あぁ。早見、これからよろしくな」
「不審者さん、よろしくお願いします」
「俺には高月正直って大事な名前があるんだよ」
「失礼しました。不審者の高月さん」
「不審者は不要だ!」
まったく、失礼なやつである。
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