第20話 推しのvtuberとヒロイン
グッズを選ぶのに、雪城さんはそれなりに時間をかけていた。
黙ってじっくり見ている。真剣な眼差しだった。
俺にできるのは、そんな姿を横目で見るだけだ。
静かに佇んでいる雪城さんは、いっそう美しい。
こんな人と一緒に出かけられることのありがたさを噛み締めるばかりである。
雪城さんルートへの完全突入はまだ遠い未来のように感じられるけれど。
「あらかた決まりました」
結局、今回のコラボグッズの多くを選ぶ結果になった。
「爆買いだね」
「欲しいものに全力で投資するタイプですから。しっかり稼がせてもらっていますし」
「いつもお世話になってます」
「大したことではありません」
「いやいや、二日間やってみたけど、かなり大変だったぜ。尊敬でしかないよ」
「ありがとうございます」
言って、雪城さんはレジに向かおうとした。
Vtuberグッズのコーナーを抜けようと歩いていく。雪城さんが先陣を切っていった。
その途中、足取りが止まった。なにかにぶつかった。
「すみません、前方不注意でした。申し訳ありません」
すかさず雪城さんは謝る。その姿は見えるが、肝心の謝るべき相手が見当たらない。
「だ、大丈夫です。これはすべて私がいけないんですっ。なにもあなた様が謝ることではなく」
「どちらも悪かった。そう言うことにしましょう。ではご主人様、行きましょうか」
くるっと後ろを振り返り、雪城さんは促した。
雪城さんがずれたことで、ぶつかった相手の姿がようやく見えた。
見えなかったのは、相手の背が低かったためである。
おどおどとした態度と、陰気な表情。
しかしながら、よく見ると整った顔つきをしている。小さい背と不釣り合いな巨乳。クラスの男子から、密かに人気を集めるタイプってやつかな。
俺はこの子を知っていた。
なぜ彼女がこの店に……?
ここで出会うイベントなど、なかったはずなのに。
突発的なフラグなど防ぎようがなかった。俺はまたしても、会ってしまったのだ。
「はやみ……」
無意識のうちに、彼女の名前を口にしていた。独り言。
「えっ、なんで私の名前を? 誰ですかあなた」
独り言が聞き取られてしまったらしい。とんでもない地獄耳だ。
警戒されてしまった。よくない流れだ。
「君の知り合いの知り合いというか」
「ナンパですか? だとしたらなぜ私の名前を? もしかしてストーカー?」
「俺は別に怪しいものじゃないんだ」
「怪しい人は決まってそう言います」
面倒なことになってきた。言い訳をこしらえるたびに、詰めの甘さを指摘されてしまう。
「どうしたんですか、ご主人様」
俺がやってこないことに、痺れを切らしたのだろう。
雪城さんが戻ってきた。
「ご、ご主人様? お兄さん、もしかしてレンタル彼女とデート中でしたか。え、デート中にストーカーとか、いろいろ終わってないですか」
「誤解だ。だよな、雪城」
「私は本物のメイドです。お金ありきで動いているのは事実ですが」
「やっぱりそういう設定だったんですね。気持ち悪……」
ただでさえ陰気な早見。
彼女に蔑みの目線を向けられると、完全に拒絶された感じがして気分が良くない。
早見ルートに突入しない流れになっているのなら、いいのだけれど。
世界はそう優しくない。
恋愛小説だと、最悪の出会いから最高のカップルに至るっていう王道パターンがある。テンプレに
「あれ、いや、ちょっと待ってください」
雪城さんが怪訝そうな表情を浮かべていた。
それを見て、早見は不安げである。
ゲーム内では、雪城さんと早見の関係性が明かされることはなかった。ゲームの新工場、不要だろう。
早見との正規ルートでの出会いを思い出す。
外出先で恥ずかしい姿を曝け出していた早見と鉢合わせてしまう。見なかったことにしてほしいと頼まれるも、なぜか学校で縁が生まれてしまう。たしか、行事の係だったかな。
今回はそこを外れている。だから、この先の展開が読めない。
雪城さんは、いったいなにに引っ掛かりを覚えたのか。
「闇を秘めた声、語りのテンポ、体の動き……いや、もしかして、もしかするのではないでしょうか」
「な、なんですか! 私はただの女子高生でなにかを疑われるような立場ではありませんよ!」
「やはり、あなたは」
――
俺たちだけに聞こえる声で、雪城さんはその名を口にした。
一気に早見の顔から色が消えた。
文字通り、膝から崩れ落ちた。わなわなと震えている。
「な、な、なぜそう思うんです? 私は
「隠しても無駄というものです。舐めてもらっては困ります。はれちゃんの全動画、配信を網羅し、ファンクラブにも所属している私を」
そこまでのガチファンだったのかよ。まったく『ヤンハレ』の中ではVtuberに傾倒していそうな素振りもなかったぜ。
あと早見。君が裏でVtuberをやってるなんて、初耳だったよ。ゲーム内で主人公といい感じになっていたとき、活動を完全に休止していたのかな?
いろいろとつっこみを入れたいところは山々だった。
荒唐無稽な話だが、これは現実だ。俺が前世の記憶を保持したまま、エロゲの世界に入り込んだのと同じように。
「あなたは、はれちゃんですよね」
早見はしばらく無反応を貫いていた。
途中で折れて、小さくこくりと頷いた。
「ひとまず、ここで話すのもなんです。私の家でお話ししましょう」
話があらぬ方向へと向かっていく。
まさか、いろんなイベントをすっ飛ばして、早見の家に向かうことになるなんて。
早見麗美は、人気Vtuberの中の人である――。
そういった話を公共の場でするのはためらわれる。人に聞かれる心配のない、家でするというのは合理的な判断だった。
雪城さんが「闇照はれみ」グッズを購入。
それから、早見に連れられるがまま、彼女の自宅を目指すことになった。
「私の家は、ここからそこそこ近いんです。車で行けば数十分。た、大した距離ではないと思います」
タクシーで来たという早見だったが、今回は雪城さんの車で送迎してもらうことにした。
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