第19話 ヤンデレvtuber推しの雪城さん
雪城さんの風邪が治るのに、二日はかかった。その間は俺が雪城さんの代わりを務めることになった。
代理でいろいろとやるのは、割合に大変だった。一日目の段階である程度は察していたのだけれど。
「お待たせしました。完全復活です」
今朝の雪城さんは、彼女の宣言通り元気満点といったところだ。平熱に戻っていた。
家事は雪城さんの受け持ちに戻った。起きていたときには、朝食がしっかり出来上がっていた。いったい、雪城さんは何時に起きているんだろうか。
俺が代役を務めた時でも、そこそこ早起きする必要があった。それでも、いろいろな手順をカットしていた。やはりさすが雪城さんといったところだ。
二人での旅行から始まり、非日常が終わらなかった感じがあったが。
ようやく日常に戻って来れたような感覚がある。
それは、現実と向き合わなければならないタイミングが来た、ということでもあった。
「別ルートが開かなきゃいいんだがな……」
「なにかおっしゃいましたか」
「いいや、独り言だよ」
ひとまず、ここまでのところ伊集院ルートしか開放していない。
『ヤンハレ』は単独ヒロインのゲームではない。他にも女の子が存在する。
うまいこと、接触する機会をなくしていかなければならない。
それができれば苦労はしない、という話なのだろうけれど。
「伊集院と、うまくやっていけるかなぁ」
「弱気ですね。ひとまず良好な友人関係を築く。そこに注力すればいいだけに思えますが」
「簡単にいけばいいんだが」
「そうもいかない場合は、私も介入しますよ」
「余計、話がややこしくなりそうだぜ」
普段通りの生活に加え、俺は雪城さんとの接触回数を増やす必要がある。
そのためにも、まずは。
「雪城さん。元気になった祝いに、どこか出かけようか」
「理由づけが適当の極みですが……まぁいいでしょう」
「放課後って暇だもんな。直帰ばかりじゃつまらなくてね」
「そうですね……」
雪城さんは顎に手を当てて考えていた。
「これは私の趣味なのですが……いや、私などの要望を押し付けるわけにもいきませんか」
「ためらうことはない。教えてくれ」
それでも、雪城さんは口ごもっていた。そこまで言いずらいことなのだろうか。
「vtuberのコラボグッズを、購入したいのです」
「ブ、ブイチューバー?」
「ご主人様は、そういった趣味に理解のない方でしたか……」
「違うんだ。いや、めっちゃいいと思う。新しいなってだけだ」
俺も前世の頃はよく好んで見ていた。だから、そういうのが無理とか、そういうのではない。
単に、クールな雪城さんから想像できない趣味だったのだ。ギャップというやつだ。
もはや、雪城さんのギャップは数え切れないくらいあるのだけれど。
とりわけ、結びつかなかったというものだ。
「嫌じゃないのであれば、ご同行をお願いしたいです。一人で行くのは、なんとなく勇気が入るので」
「そういうものだろうか」
「高月家のメイドの趣味として、認められるのかと考えてしまうのです」
「あぁ。なんとなく、古風な趣味を嗜むべしってイメージあるもんな」
「ご主人様のお墨付きがあれば、いける気がするというものです」
「せっかくだ。いこう」
ありがとうございます、と雪城さん。
さっそく、俺たちは放課後に向かうことにした。
店は歩きでは遠く、駅からも遠い場所。ゆえに、またしても雪城さんの運転だ。
雪城さんが好きなvtuberはどんなキャラなのか。
助手席から聞いてみると、まさかのヤンデレ系と来た。
……おい。やっぱりヤンデレからは逃れられないのか。
「リアルっぽさがたまらないんです。もちろん、私はリアルのヤンデレというのにはいろいろ考えるところがありますが」
というのが、雪城さんの意見であった。
推しているキャラクターについて、店に向かう道中教えてもらった。
名前は
リアルな陰鬱な感じとビジュアルの良さ、そしてトークスキルとが上手いこと噛み合って、たまらないのだという。
実際の人物と考えるとなかなかきついのだろうけど、vtuberであることによって、一歩引いたところで楽しめるのだという。
vtuberの「沼」にどっぷりハマっていたわけではないけれど、なんとなく共感できた。
名前を動画配信サイトで検索にかける。いくつかの配信の切り抜きを見ていく。初めて見たのだけれど、案外悪くない。
初めて見て、聞いた。そのはずだ。
なのだけれど、俺の中では初めてとは思えなかった。なぜだろう?
わからない。
疑問が胸に突っかかりながら、コラボグッズを扱っている店を目指していく。
店の中はアニメーションや配信者のグッズで溢れかえっていた。思っていたよりも女性客が多く、俺のなかで抱いていた印象が崩れ去った。
「ここですかね」
少々早い足取りで、雪城さんは歩いて行った。
売り場には、闇照はれみと他のvtuberとのコラボグッズから並んでいた。
「期間限定だったんです。いまいかなければ一生手に入らないところでした」
「大袈裟だよ。中古でも出回るかもしれない」
「それは私の哲学に反するんです。再販でもなく、発売のタイミングで推しの新品を買う。大事なことです」
オタク特有の早口が発揮されていた。
「……失礼しました。つい、熱くなってしまいました」
「いや、いいんだ。好きなものに熱くなるのは、誰しもそういうもんだよ」
「そうですね。ただ、これ以降は冷静さを保てるよう努力します」
いつもの冷静な雪城さんが戻ってくる。
どれにしようか、全部買ってしまおうか。悩んでいる雪城さんの相談に乗っていく。
そんななか、俺は誰かの視線を感じた。第六感というやつだろうか。前は雪城さんだったよな。
今回は、その雪城さんが隣にいるわけで。
すると、誰なんだ? いったい何の目的で?
気のせいかと思うことで、俺はスルーした。そうしておくのがいいと判断した。
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