第17話 旅行翌日、浮かれて大丈夫?
ふたりきりの旅行、同室、なにか起こるんじゃないかと期待していた。
そんな俺はバカだった。
雪城さんはすぐに寝てしまった。寝ていて無防備な雪城さんになにかしようとは思わない。そこまで倫理観は欠けていない。
近づかないで、という発言の真意がわかったのは、朝になってからだ。
珍しくぱっちりと起きれた。隣の雪城さんは、だらしない寝相をしていた。ふだんのイメージとは真逆の光景が広がっていた。
俺はそれを見なかったフリをした。朝食のときに「なにか変なものを見ませんでしたか」とド直球に聞かれた際には知らぬ存ぜぬを決め込んだ。
恥ずかしがる雪城さんを見たかったものの、一日中引きずられたり、その後の関係性を考えたりしてやめておいた。いま思えば失敗だったかもしれない。
二日目の旅は午前中で大半が終わる。チェックアウトまでの手続きもある。巡れる場所も限られていた。近くでふたたびお土産の散策をするくらいだった。
帰りも雪城さんのハイスピードドライブ。前日より混んでいたので、全力発揮とまではいかなかったようだけれども。
かくして、無事(?)、雪城さんとの二人旅を終えることができた。
荷解きをしたのは夕方だったのだけれど、もはや二人ともクタクタだった。すでに眠気に包まれている。
「楽しむことはできましたが、ここまで体力を持っていかれるとは。不覚でした」
「俺もだよ。まともに身体を動かしてないと、ダメだ」
山岡急襲の際に、機転をきかせて派手な動きができた。
だけども、別に体力がバリバリあるってわけでもなさそうだった。あのときはあくまで火事場の馬鹿力みたいなもんだった。
旅行で話していたのもあって、本日の家事は俺も請け負った。
広い屋敷。なにをするにしても、大きさに圧倒される。そして、移動距離の長さに絶望する。
「これではメイド失格です」
と言っていたが、俺よりも明らかに疲れていそうに見えたんだ。仕方ないだろう?
雪城さんは、ふだんから感情の起伏が表に出にくい。そんな彼女でも、どっと疲れている様子はありありと伝わってくるものだった。
どれだけ口先で「元気だ」と主張したとしても。
料理は諦めて出前をとった。雪城さんほどではないけれど、体力は消耗していたから。
二日目の夜は、比較的省エネで乗り切った。明日がある、というのが大きな理由だった。
「完全回復です。今朝は送ります」
翌日。
雪城さんと会って、第一声がそれだった。
「大丈夫か? あんなにくたくたっぽかったのに」
「もう問題ありません。一晩寝れば超絶元気になります」
やや声が掠れていた。本当か、と疑いたくなった。だけど、雪城さんがそう主張している以上、折れて体調不良を認めるとは思えない。本当にまずそうなら止める。
「車に目覚めたのかな」
学校に車でいくのは、初っ端の日から数えるくらいだ。乗るのは昨日以来、学校まで車なのは久々。そういう感じだ。
「呼び起こされたんです。ドライバーとしての血が」
「高速道路じゃないんだし、飛ばしすぎないでくれよ?」
「当然です。私を誰とお思いですか」
任せてくれ、と言わんばかりである。
実際、走ってから数分の雪城さんはいささか暴走気味の様相を呈していた。さすがの俺も制止に入らざるを得なかった。
ストップをかけてからというもの、雪城さんはしぶしぶ普通のスピードで走っていった。
「おはよっ、高月くん」
「よっ、伊集院」
どこかで見たことがある光景。日常の繰り返し。側から見れば、同じだ。
だけど、内心は入れ替わっている。
お試しカップルみたいなものが、雪城さんとの旅行バレで消失。
ある種の失恋を経験したはずなのだけれど、折れていないようにすら見える伊集院。強い。
二番目のポジションに甘んじる、といっていた。けど、諦めるつもりはない、と。
そういった背景があると、余計なことを意識してしまいそうになる。ぐっと堪え、いつものように振る舞うよう心掛ける。
「どうだった、土日は」
周りに事情を察されないよう、具体的なことについては言及していない。
だけど、確実に俺を刺しにいっている。なんて言おうと気まずい感じになる。それを勘定に入れた上で、話しかけている気がしてならない。
「楽しめた。それだけだ」
「よかった。これからも楽しめるといいね」
口先ではそう返すのだ。わかっている。
朝はこのくらいの簡単な会話をするだけだ。伊集院とのやりとりは、基本的にメッセージ上となる。出向く場所が多くて忙しい、伊集院ゆえのものだろう。置かれた状況がどうであれ、接点をなくさないように画策しているようだ。
ちなみに、きのうもメッセージがきた。旅の感想は、その際に聞かれている。ヤンデレ風のメッセージは結局変わらないままだ。俺の許容範囲におさまっているので、改善をわざわざ促しはしない。
さっきの会話は答えの再確認でしかないのだけれど、伊集院も意味を含ませてやっていることだろう。まったく気が抜けない人物である。
展開されるのは、これまでの数週間と同様、変わり映えしない日々の連続。
とはいっても、イレギュラーはゼロじゃなかった。
放課後、雪城さんの車で家まで送ってもらった。そのときは、やけに無言だなとしか思わなかった。
異変の正体にいまさらながら気づいたのは、家に戻ってからだ。
雪城さんはぐったりとしていた。
「大丈夫、雪城さん!?」
いままでは涼しい顔をしていたのだけれど。
現在、物理的に顔がほてっている。そしてなにより、息苦しそうだ。
失礼。言って、おでこに手をやった。燃えるような熱気だ。
「もしかして、風邪ですかね」
こくり、と雪城さんは頷く。
「まったく、立てたフラグを回収するみたいで嫌です」
朝よりも枯れた声で、雪城さんは答えた。
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