第16話 雪城さんとの夕飯、そして腹ごなし

「鍋はいいですね。魚もそうです」


 料理に舌鼓を打つ我々。それなりに高級な旅館とあって、和食が格別にうまかった。


 伊集院の件については、いったん雪城さんは保留としてくれた。ここで落ち込んだムードになるのは嫌だ、とのこと。


 俺が伊集院とのデート予行で、というできあいの理由を込めての旅行だった。伊集院には最悪のカタチでバレてしまったので、デートの予行という意味はなくなった。


 これでよかったのだろうか。拗らせて独占したがるような真似に出なかったから、まだマシだったと思いたい。


「こういう料理も家で食べてみたいな」

「そのときには特別料金を請求します。メイドのバイトの範疇を超えますから。いわゆる和食特別オプションです」

「オプションとか言わないでくれよ?」


 雪城さんらしからぬ冗談だった。


 目の前で、上品そうな態度で食べている雪城さん。浴衣姿が様になっている。


 伊集院に「浮気旅行じゃん」と言われたことを思い出す。これじゃまるで温泉旅行デートじゃないか、と思ってしまう。


 いけない。本当にそうなら喜びの舞を踊りたいところなのだけれど、違う。


 俺の中でデートと思い込むのは自由だが、現実には向き合わなきゃいけない。夢の世界に逃げるだけではダメなのだ。


「簡単に作れるものではないんです。ご主人様も料理をすればわかります。おそらく、私が作り続けますから、わかる日は訪れないかもしれませんが」

「俺もときどき作るよ」

「私の仕事を奪いすぎないくらいで頼みます」


 ちなみに雪城さんのメシはうまい。前世は少しだけ料理をしていた。味付け濃いめの男飯ばかりだったので、腕は振るわない。


 繊細な味付けをこなせる雪城さんには、到底及ばない。雪城さんから食事作りの仕事を奪えるような日は、いったいいつ来るんだろうか。


「ありていに言ってしまえば、仕事は少ない方がいいんものです。体感の時給がアップしますからね」

「ぶっちゃけすぎでは? もしかして雪城さん、酔ってます?」

「シラフです。高校生の未成年飲酒なんて、高月家の名前を汚す真似はしません」

「旅の間、歯に衣着せぬ物言いが目立つからさ」

「常に品行方正でいられるほど、大人じゃないんです」


 雪城さんは鍋に箸を向けた。一口、また一口と食べている。わずかに頬を緩ませていた。



 だいぶ食べてしまった。明らかに食べすぎなのは承知していたのだけれど、旅の高揚感にあてられてしまったのだ。


 腹ごなしをしよう、という話になった。


 休憩スペースの近くで卓球をしたり、外に散歩しにいったりした。


 手加減無用、と俺が言ったばかりに、雪城さんの高速スマッシュがバンバン決まった。静かに実力を発揮するタイプだった。運動神経は悪くないらしい。


「精神と身体が強くなければ、メイドは務まりませんから」


 とのことだった。ありゃ経験者の動きだったと思う。 


 温泉卓球でガチってどうするよと思ったさ。そうは言っても、イキイキとしていた雪城さんの姿を見ることが叶ったので、まぁいいとしよう。


 温泉卓球の後、夜の散歩に出た。


「静かですね」

「そのうえ涼しい。空気もうまい。最高だ」


 横で歩く雪城さん。街灯もあまりないので、はっきりとは表情が見えない。


 ゆったりと歩く中、口火を切ったのは雪城さんだった。


「伊集院さんの件は、残念でしたね」

「切り込むんだ、その話題」

「落ち込ませるような話はしません。さらっと触れたいだけです」

「俺の実力不足というのかな。対応が下手すぎた。まるでなにもわかっちゃいなかったし、わかろうともしていなかった」

「仕方ありません。実力以上のものは出ませんから」


 フォローしてくれているとは思う。だけど、雪城さんから言われると、いささか責められている気分になってしまう。


「人間関係は難しいよ。なにをするにつけても、次々と選択に迫られる。うまく選び抜けないと、致命的なズレが生まれてしまう」


 ゲームをイメージしての発言だ。たった一つの選択ミスが、後々で大きな亀裂になっていく。それがこの世界の大元、『ヤンハレ』の実態だ。


「完璧な人間関係なんてものは存在しませんよ」

「そうだよな」

「私だって完璧ではありません。伊集院さんだってそうでしょう」


 違いなかった。わざわざ悪い方向に進んでいく必要はないけれど、過度に気をつけすぎて縮こまっちゃ逆効果というものだ。


 夜のひんやりとした空気。雪城さんの言葉がじんと染み渡っていく。


「そろそろ戻りますか。この格好じゃ、体が冷えそうですし」

「身体はあったまってきたんだけどなぁ」

「錯覚ですよ。冷えていることに変わりありません。風邪を引くようなバカな真似はごめんでしょう」

「違いないね」


 中に戻る。


 娯楽という娯楽もない。旅先でスマホを弄りまくるなんて風情のない真似はしたくない。


「寝るか」


 最低限の支度を済ませ、そう決意した。


「布団、敷きましょう」


 ふだんは各々の個室で睡眠をとっている。今回は別だ。和室。部屋はひとつ。


「並んで寝るなんて、まるでこい……小学生の子供みたいです」

「いまなんて言いかけたんだ?」


 聞くまでもないのだけれど、雪城さんをからかいたかった。


「噛んでしまっただけです。気にしないでください」

「そうはぐらかされると気になるな」

「なるほど。言い間違えた内容をよほど意識しているんですね。ただ噛んだだけなのに」


 反撃の姿勢を見せてきた。やはり、雪城さんは強い。


「余計なからかいはやめましょう。とりあえず、布団は離しましょう。ご主人様がなにを考えているかわかりませんので」

「そんな露骨に嫌がらないでくれよ」

「嫌がっているのではありません。あくまで自分を守るための行動に過ぎません」


 別の言葉に言い換えられるほうが傷つくというのが、雪城さんにはわかってもらえなさそうだ。さりげない心遣いのほうがくることだってあるんだよな。

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