第13話 高月家の人間として……

 温泉街を歩く。


 雪城さんは早々にお土産を物色していた。無邪気な子供の目だった。常にクール一辺倒というわけでもないのだ。


 羽を伸ばす旅行なのだけれど、雪城さんが望む場所は美術館やらなにやら。


「修学旅行みたいだね」

「学びを忘れたら、世界が狭い範囲で終わってしまいます。ゆえにこそ、こういった場序は欠かさないのです」

「意識が高くていいね」

「メイドとしての心構えです」


 前世の俺なら、俗物的なエンターテイメントを楽しんだだろう。


 こうして雪城さんの好みに合わせて巡っていると、案外この手の旅も面白いと気づかされる。


 自分の世界が閉じていた。雪城さんの言う通りだ。食わず嫌いはよくない。


「こういった芸術を嗜む心が、高月家の人間として必要だと思うのです」

「高月家かくあるべし、っていうのはあるのか」

「人並みには。お父様が大事にされるところですから。これもある種の帝王学のようなものですよ」

「納得かもな」


 いまは単なる高校生として生活しているけれど。


 果たして俺は、高月家の人間として振る舞えるだろうか。


 中身は単なる一般人なんだ。これまで「高月正直」が培ってきた礼儀作法は、うっすらとした記憶の彼方にある。無意識に身についているものもあるんだろうけれど。


 美術館での鑑賞。


 久しぶりのことだ。


 芸術的素養というものを持ち合わせていないから、雪城さんほどの熱量は発揮できなかった。


 それよりも、真剣な目つきで作品と睨めっこをしている雪城さんの方がいっそう気になっていた。


「きちんと作品を見てください。私の顔なんて、ここじゃなくても見られますから」


 いつでも見られるから。そういう問題じゃない、いまの雪城さんが見たいんだ――なんて口走った暁には。


 冷徹な視線に貫かれそうなので控えておく。さすがに弁えている。



 お土産巡りと芸術鑑賞をしていたら、案外いい時間になった。ご当地の名物をいただく。


「けっこう食べるね」

「朝からドライブで気力も体力も使っているんです。消費した分のカロリーは取らないといけません」


 ふだん、食卓をともにしているときより、圧倒的に多い。食べ切れるか、なんて不安はのみこんでおいた。


「ご主人様こそ、がっつり食べないといけませんよ」

「あんまり身体が受け付けないんだよな」

「いまの体型では、高月家の大黒柱は安心して任せられません。柱というより細い枝です」

「失礼な!?」

「無礼も承知です。しっかりとした肉体でなければ、一族を支えかねます。強い人間が求められるのです」


 いまもなお、高月家にはそういう思想が流れているんだな、と感じた。


「今回の旅行は、家について言及が多いね」


 ふと、俺の中で浮かんできた感想を口にする。


「私だって、このタイミングで、こういった時代錯誤な話をするのもどうかと思っていますが」

「理由があるのか?」

「お父様から伝言がいろいろと」

「親父がねぇ」


 あまり家庭をかえりみない、高月家の両親。


 仕事が忙しい、なんて言っているが。


 高校生の息子を、親の干渉なく過ごせるようにあえて忙しくしている。『ヤンハレ』のプレイヤーのなかでは、そういった説が囁かれていた。


 あえて高校生男子を、広い屋敷にメイド(現役JK)だけつけて住まわせる。明らかにおかしい。


 いったいなにを考えているんだ、と思う。


 もしや、と考えたことはある。


 ヒロインと出会うことがなければ、高月家の両親は雪城さんとくっつけるつもりだったんじゃないか。それが本来のルートだったんじゃないか、と。


 ヤンデレ地雷なヒロインと出逢ったのが運の尽き。想定ルートから外れてしまったのではないか。


 ……なんて、都合のいい妄想だとは思っている。けれど、「高月正直」がなぜわざわざ親から隔離されているのか。


 本来は雪城さんルート説。パッと浮かんだアイデアは、そこそこ筋が通っているように思えた。


「今回の旅で、高月家かくあるべしを叩き込めとのお達しです」

「お気楽旅じゃなくなってたのか」

「自分が現在置かれている立場を、忘れちゃいけないんです。それさえ守れば、リラックスできる旅に変わりありません」

「やっぱり修学旅行じみてきたね」

「ご主人様が望むと望むまいと、ですがね」


 言って、雪城さんは白米を口に運ぶ。無料のおかわりを何回かしていた。胃袋のキャパが実はでかいようだった。


 じっくりと食事を堪能して、店を出た。


「大満足です。前々から行きたい店でしたし」

「そうだったのか」

「ご主人様と一緒に来られて、とてもよかったです」


 一瞬、俺のなかで時が止まる。


 それって、どういう意味なんだ。見つめる。真意はなんだと目で問いかけるように。


「なにか勘違いをされているようです。他意はありません」

「俺だって別に深読みしてないぜ」

「嘘がバレバレです。そんなことで意識するなんて、まるで私のことが好きみたいじゃないですか」


 あぁ、大好きです。ストレートに伝えるほどの胆力は持ち合わせていない。


「もし仮にだ。俺が雪城さんのことを好きだ、付き合いたい。そう言ったら、どうする」


 雪城さんは黙った。


「私と付き合いたい? ご主人様は死にたいんですか……ばか……」


 しばらく考えて、雪城さんは告げた。


 淡々とした、刺々しい口調は、いつもより和らいでいる。


 ばか、という消え入るような声には、優しさがあった。


「メイド、執事である私を口説くなんて言語道断というものでしょう。冗談だとしても。しっかり頭を冷やすべきです。旅で浮かれているんでしょう」


 俺に背を向けての発言だった。


 雪城さんは歩き出した。


「今回みたいな冗談は、この度の間控えてくださいね」

「ごめん」

「わかってもらえればいいんです。私は正直様を軽蔑することは多々あっても、心から嫌っているわけではありません」

「軽蔑することは多々あるのかよ!? 失言ではなく?」


 否定はしない。残念ながらあるようだった。

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