第12話 雪城さんとのドライブ

 旅行!


 雪城さんとの出掛けるなら、温泉旅行。


 土日までなんとか駆け抜けた。伊集院とのお試し恋人生活にも慣れてきた。彼女にも彼女の人間関係があるので、常にベッタリというわけでもなかった。


 あれからもう一度、放課後を過ごした。ただでさえ近い距離感が、より縮まった感が否めない。しれっと近くにいた。ヤンデレの目つきは強まる一方だった。


 伊集院のことはいったん脇において、旅行は旅行として楽しむ。切り替えである。


「そんなにワクワクしてるんですか?」

「らしいな。身体がそういってる」


 日付が変わる前に寝床についた。起きたときには、まだ外が暗かった。年配の方がゴルフで遠くへ行くために起きそうな時間だ。


 いまのところは元気だ。そのうち、体力の限界を迎えそうで怖い。


「ご主人様は運転をしないから無茶ができるんです。お忘れなきよう」

「まじで運転してくれるのは感謝感激だよ」

「またとないロングドライブの機会ですから」

 

 せっかくの旅なのだから、新幹線でも使わないか。いちおう提案した。


 雪城さんは「車でいいですし、車がいいんです」との理由で断っていた。忘れちゃいけない。彼女は立派な走り屋だった。


「きょうの目的地は、通常だと三時間くらいかかるとの噂ですが」

「マップで調べるとそうなるね」

「私にかかれば、二時間弱です」

「飛ばしすぎでしょ」

「平常運行です」

「暴走運転の間違いだ」


 かなり強気の姿勢だった。さっさと行きますよ、と雪城さんは言った。



 俺が助手席で、雪城さんが運転席。ハンドルを握ってからの雪城さんは、多弁であり、いっそう強気だった。


「やはり車は楽しいですね。生きていることを実感します」

「そこまでのライフワークだとは思ってなかったな」

「ドライブは命です」

「スピードを出せるのが好きなの?」

「だと思います。強くなった感じがして、たまりません」


 高速道路。何台も車を追い抜いていく。飛ばしはしているが、スピードは常識の範囲内だ。


「ご主人様と二人きりでの旅行なんて、初めてですね」

「無理やり誘って悪かった」

「謝って欲しいのではありません。ただの感想です」

「雪城さんは手厳しいからなぁ」

「私ってそんなに冷たいでしょうか」

「人並み以上には、言葉のナイフを研いでる感じが否めない」

「やはりそうですか」


 ワントーン下がった声だった。


「前に指摘された通り、私には友人が多くありません」

「そのこと、引きずってたのか」

「改めて気づいただけです」


 冗談のつもり、何気ない一言だとしても、胸に残るものはある。


「傷ついたわけではないんです。謝って欲しいわけでもありません」

「引っかかるものはあったんだろう?」


 はい、と雪城さんは答えた。


「伊集院さんを見て、思ったんです。助けられたという恩があるとはいえ、ご主人様と楽しそうにしている様子が、気になりました」

「気になる、というと」

「人から求められるのはいいな、って。ご主人様におっしゃるべきではないんでしょうけど」


 それってどういうことなんだ。


 聞いてしまいたいところは山々だった。聞いてしまえば、俺は喜びを隠しきれないだろうと踏んでいた。ここで浮かれてしまうと、後々が怖かった。


 雪城さんだって、仕事モード以外の顔がある。プライベートの生活がある。人間らしい心の機微がある。


「…….いけませんね。職務に私的な感情を持ち込むなんて」

「きょうは特別だろう? いちおう休暇なんだ。たまには肩肘張らない日をつくっても、いいんじゃないかな」

「失言をスルーしていただき、ありがとうございます」

「いつものことだよ」

「……いつも?」

「あれ、こりゃ俺も言い過ぎたかな?」


 ふふふ、と笑みをこぼしていた。ふつうの高校生として、年相応の反応に思えた。


 ――かわいい。


 滅多に見せない笑顔に心を打ち抜かれる。いくらキツイ態度を見せられても、これですべてチャラだ。


「にやけてます?」

「にやけてない」

「鼻の下が伸びています」

「羽を伸ばしてるから、鼻の下も伸びるんだ」

「失笑すら買えないレベルのダジャレですね。センスはどこに忘れてきたのかと不安になります」


 ちょっと気抜くと、いつも通りの伊集院になっていた。



 目的地に着いた。雪城さんの宣言した時間と、マップの推定時間の真ん中くらいだった。朝早くに出たので、あまり道が混んでいなかったのもあるだろう。


 途中、サービスエリアで休んでいる。朝飯と休憩を兼ねてのものだ。さすがの雪城さんも、疲れはする。


 車から降りる。


 山々が高くそびえたっている。視線を正面に戻すと、観光客の大群が見受けられる。


「わりと混んでるな」

「最近はとりわけそのようです。インバウンドというのでしょうか。お父様のお仕事にも、関係がないとは言えませんね」


 お父様、というのは高月家の親父のことだろう。


 現状、父も母も家庭をあまりかえりみない。多忙なのである。


 忘れていたが、今後父との接触もあるだろう。いろいろと考えなくちゃあならない。


「朝のうちに観光を済ませて、あとは旅館でゆっくりする。それで変わらないかな」

「ご主人様がダウンしなければ」

「いまのところピンピンしてる。迷惑はかけないよ」


 ほぼ徹夜みたいな睡眠時間。エナジードリンクを流し込んで、かろうじて元気である。


 雪城さんとの、せっかくの二人旅行だ。存分に楽しみたい。


「じゃあ、いきましょうか」

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