第11話 雪城さんをデート(仮)に誘う

 ヤンデレという種は、誰しもが抱えているものなのかもしれない――。


 隣で滔々と語っている伊集院を見ると、そう思わざるを得ない。


 伊集院の中にもくすぶっているものがあったのだろう。はたから見れば、人間関係は良好であって、他者に深く依存しているようには見えない。


 そんな彼女であっても、心の中で「ヤンデレ」を飼い慣らしていた。


 山岡に襲われかけたのがきっかけで、ヤンデレを檻から解放してしまったのだ。


 いまの伊集院は、ヤンデレに支配されている。このまま彼女の人格を食い尽くせば、取り返しのつかないところまでいってしまう。


 伊集院のヤンデレ化を食い止めなくちゃならない。彼女のため――いいや、多分俺のためだ。


 俺は善人でもなければ、お人好しでもない。望むルートのためにも、伊集院の歯車を狂わせないようにしたかった。




 帰り道は憂鬱なものではなかった。ただ伊集院の話を聞くことに終始していたからである。


 億劫と感じることはなかった。伊集院の語りがうまいのだ。


 きょうのできごとをなぞっているに過ぎないのだが、緩急のついたリズムが心地いい。伊集院が陽キャラである所以を改めて思い知った。


「また会おうね、今度は二人で。きょう買った服を着てさ」


 伊集院は俺を見た。瞳は闇に支配されていた。




「お疲れ様です」


 雪城さんが出迎える。


「なかなかヘビーだったよ」

「納得です。だいぶ仕上がっていますね、あの子は」

「恐ろしいよ、まったく」


 夕食の準備が整っていた。食べながら話すことにした。


「一時的にあの状態なのか、元々ああいう性質たちなのか。検証してみる価値はあるでしょう」

「いったん保留だ。突き放す真似はごめんだけどね」

「期待させるんですね」

「我ながら、ひどいやり口だと思うよ」


 大変なことになりましたね、と伊集院さん。


 不発弾を抱えながら、地雷原を全力疾走しているようなものだ。


 この先にも別のヒロインが現れる。またしても対処を間違えたら、事態はより深刻なものになる。


 考えると、疲れてきてしまう。ヤンデレからは逃れられないのか? 


 まっすぐ最短ルートで、雪城さんとの幸せな生活を送りたいだけなのに。


 このまま行動をしなければ、雪城さんは遠のく一方。まずい状況だ。


 新たなルートにつながる一歩を、踏み出す必要がある。


「ちょっと気晴らしとか、したいな」

「そうすればいいと思います。うじうじ考えていても、話を複雑にするだけですから」

「あぁ。だから、雪城さん」


 はい、と抑揚のない答えが返ってくる。


「俺と一緒に出掛けてほしい。ちょっと遠くに」


 沈黙。返答を待つ。息が詰まる思いだった。


「私とですか? もしかして、お一人で外出するのが怖いのですか。まだ子供らしさを残していたんですね」

「違う。雪城さんと一緒に出掛けたいんだ」

「……やはり腑に落ちません」


 言われても仕方ない。


「あれだ。雪城さんにも羽を伸ばしてもらいたいんだ。メイドとはいっても、同じ学生なんだ。ずっと家に縛るのも申し訳ないと思ってさ」


 純粋に出掛けたいだけなんだがね。いろいろと妥当そうな理由を付け加えていく。


「それなら、私ひとりで外出します。自由気ままにする方が、その論法だと適切かと」

「ぐぬぬ」


 言われてしまえばその通りだった。俺と一緒に出掛けると、仕事という感じが抜けない。


 他の理由を立てよう。


「あれだ。伊集院とお試しカップルになったもんだから、デートの予行演習をしたくてな」

「なるほど。ご主人様にはサポートしてくれる女友達もいませんもんね」

「かくいう雪城さんだって、友人は多くないだろう」


 失言と思いつつも、俺は言い切ってしまった。ずっと言われたい放題というのもいただけなかったのだ。


「そ、それは私がすすんで孤立を選んでいるだけです。別に友人が作れないわけではありません。勘違いしてもらっては困ります。選択的ぼっちなだけです」


 珍しく早口だった。図星を突かれたと言わんばかりだった。


 伊集院の性格であるとか、『ヤンハレ』原作内における友人関係の描写が皆無なことを鑑みての発言。


 見事ビンゴだった。


「きつい発言をするってことは、こういうことなんだ」

「……参りました」

「分かってくれたらいいんだ。このまま平常運行でいて欲しい」

「改善しろ、ではないのですね」

「率直な意見を出せるのは、雪城さんの良さでもあるからね」

「やはり意味不明です」


 困惑する雪城。


「いずれわかるさ」


 改めて俺は問い直した。


 一緒に出掛けてくれないか、と。


「いいでしょう」

「よっしゃあっ!」

「いったい、なにを企んでいるのかはわかりませんが……」


 まずは大きな一歩である。経緯はどうであれ、まずはフラグを立てにいく姿勢こそ大切なのだ。


「プチ旅行みたいにしたいと考えている」

「どのあたりですか?」

「近くの温泉街かな。リラックスしたい」

「大賛成です」

「じゃ、決まりだ」

「ふつうに行きますよ。仕事ですから」

「……仕事、だもんな」


 小さなため息が出てしまった。


 まだ、雪城さんとの関係はビジネスの域を出ない。まだまだ壁がある。


 ここを超えたら、俺はどれだけの感動をものにできるだろうか、と俺は考えを巡らせていた。


「いつにします?」

「土日だな。平日に休んだら、伊集院に不審感を与えるからな」

「よく考えると、これって浮気ですね」

「そんなつもりじゃない。れっきとした予行練習だ」

「私は、都合のいい練習相手だと」

「卑屈にならないでくれ。練習相手ってのは方便だ。俺は単に、雪城さんと出掛けたいだけなんだ」


 俺のことをじっと見つめてくる。なにを考えているのか、読み取ろうとしているのか。


「……どうも嘘ではなさそうです。私は長い付き合いなので、そう判断できますけど」

「けど?」

「相手の誤解を招く行動は、リスキーです。覚えておいた方がいいでしょう」

「肝に銘じるよ」


 いささか不審がられてしまったけど。


 雪城さんルートに突入するための、第一歩を踏み出せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る