第10話 雪城さん同席でやや修羅場

「正直様の護衛です。不純異性交遊にでも発展すれば、私の立場も危うくなりますから」


 さらりと雪城さんは言ってのけた。


「待て待て。聞きたいのは、どうして俺と伊集院の居場所を把握したのかって話だ」

「尾行以外に方法がありますか? 適切な距離を取って、観察していただけです」

「護衛というより監視では? ストーカーも真っ青だぜ!?」


 涼しい顔をしているが、やっていることは滅茶苦茶だ。


 後ろに度々感じていたオーラは、雪城さんのものだと判明した。知らない人でよかったね、とはならない。


「お久しぶり、零夏れいかさん。まさか、こういうかたちで会うことになるなんて、思ってもみなかったなぁ」

「こちらもです。ご主人様に執心される方が現れるなんて、天地がひっくり返るような一大事ですから」

「高月くんに惚れちゃ、おかしいのかな? 私は至って本気なのに」

「本気。言うだけなら安い言葉です」


 手厳しいー、と伊集院は軽く受け流す。


 雪城さん節はここでも健在だった。冷たいというか毒舌というか。


「いけない、本題から逸れてる」


 雪城さんの乱入により、空気がガラッと変わってしまった。


「高月くんは、私とお試し交際っていうのも、反対の立場なんだっけ?」

「まだ、決めきれない」

「じゃあ、いつなら?」

「そうだな……」


 できれば答えは先送りにしたい。伊集院に期待を持たせるような真似はごめんだ。


「イエスと答えるべきでしょう。私は、ご主人様の恋路を歓迎しますから」

「いえーいっ、外堀から埋められてくね」


 待て待て。


 ウインク。雪城さんからの合図。いいフォローをしただろう、と言わんばかりである。


 このままでは、雪城さんルートはどこへやら、ということになる。


 伊集院ルートになりかねない状況だ。この場において雪城さんは伊集院側だ。そう見える。


「お試しだからな」

「どのくらい?」

「一週間くらい」

「短っ!? 夏期講習並みだよ」

「もっと長くか」

「せいぜい二週間。ね、いいでしょう?」


 有無を言わせぬ態度。屈することができない。


 流されるがままに、お試し恋人を承諾してしまった。


 俺が頷くのを見て、伊集院のテンションは明らかに上がった。


 お手洗いに行く、といって伊集院は離席する。雪城さんと二人きりになる。


「どういうことなんだ」


 改めて尋ねる。


「さっきも言った通り、監視というか尾行をしたまでです。いまのあの子は脆そうに見えたので、不安になりまして」

「伊集院のこと、心配してたのか」

「はい。ご主人様以上には」


 いつも思うけど、一言余計なんだよな。


「そもそも、伊集院を二人で支えようと言ったのはどなたでしたっけ?」

「俺だな」

「いわば、ご主人様が蒔いた種なんです。ここまでついてきたのは、目的達成のための手段です」


 大真面目に雪城は語る。ひとまず納得した。


「それは置いておく。問題は、なぜ俺と伊集院とくっつけるよう画策したかだ」

「お似合いのカップルだと思ったので。ふたりで歩いている姿が、バージンロードをいく夫婦の姿とダブったんです。デジャビュというんでしょうかね?」


 理由はわからないが、伊集院ルートの結婚エンドが見えてしまったのだろう。


 このエンドだと、他のヒロインは全員あの世行きである。屍の上で、伊集院だけが微笑む。恐ろしいルートだ。


 雪城さんには幸せな道が見えているのだろうが、俺に見えているのは、血まみれのレッドカーペットだ。


「直感で、いいだろうと踏み、後押ししようと思ったのです。まずかったでしょうか?」


 確かめるようだった。


 まずいというか、なんというか。

「いまの俺では、伊集院一辺倒とはなれない」

「もしかして、好きな人が、他にいるんでしょうか」


 そうです、あなたが好きなんです。簡単に言えるはずがない。


「答えなくてかまいません。言わずとも分かります」

「あまり隠し事はできなさそうだね」

「何年、一緒にいると思っているんですか」

「そうだな」


 ふっと鼻で笑うように言った。


 やっぱり、いまの俺の気持ちには勘づいていないんだ。


「お待たせ〜」


 伊集院が戻ってきた。


「楽しそうに話してたみたいね」

「そうかな?」

「だって、目が輝いてる。さっきよりもずっと」

「んなわけない」

「目は誤魔化せないから」


 雪城さんを前に、露骨に浮かれてしまったのだろう。


 まずい。ふたたび空気を悪くさせてしまう――、


「これは、惚れさせる甲斐がありそうね」


 そうはならなかった。むしろ、伊集院は燃えていた。


「高月くん、そういうことね、なら私、負けないから」


 雪城さんはぽかんとしている。他のことには鋭いのに、いまだけは鈍い。


「帰ろう、高月くん。ちょっと零夏さんには外してもらってさ」

「私がいては迷惑ですか?」

「ふたりきりになりたいから。私は零夏さんはいい人だと思うし、助けられた恩もある。だけど、ぴったり監視されるのは、きょうこの後だけでもストップしてもらいたいの」


 一周ためらったのち、分かりましたと雪城さんは答えた。


 伊集院は強い、自分の手にしたい物を前にしたら、手段は選ばない。一時の恥や外聞を無視して突き進んでいく。


 下手をすると、俺は危ういなと強い危機感が芽生えてくる。どこかで距離を置くのが誠実なあり方だ。

 これは完全に、伊集院のペースだ。


「私は別ルートで帰ります。お二人で、ご自由にお帰りください」


 では、と雪城さんは足早にさっていく。一度、視線が俺とあった。


 俺の気持ちを吐露したことで、少し戸惑わせてしまった。晴れやかな気持ちで送り出せなくなったのだろう。


「じゃあ帰ろうか、私たちだけで」


 二人きり。


 実感したのか、伊集院の顔つきが変わる。


 とりわけその瞳は、なにかに取り憑かれたかのようであった。


 月並みな表現をすれば、ハイライトを失った目というのだろうか。黒い闇がいつまでも続いているようだった。

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