第8話 デートに行きたい伊集院
「伊集院になにを吹き込んだんだ」
我が家、夕飯の時間。
カレーを食べる手を止めて、俺は雪城さんに問いただした。
「人聞きが悪いですね。伊集院さんのことを思って、正直さんを頼るよう言ったまでです」
「雪城さんが俺を買ってくれたのは心底うれしいよ。頼れる人って評価してくれたのは感激だ」
「おめでたい人ですね。まったく頼り甲斐がないとは言いませんが、あそこで口にしたのは、お世辞みたいなものです」
きっぱり言って、雪城さんは続けた。
「ご主人様は、間に受けるほどおめでたい頭をされていたのですね」
「手厳し過ぎない?」
「今回の伊集院さん救出の件については、私も評価しています。それだけです」
相変わらずの雪城さんだった。まあいいさ。本心がどうであれ、俺を伊集院と話すときに褒めてくれたんだから。
「……話を戻そう。きょう伊集院と会ったんだが、ヤンデレの片鱗を見せつつある。初めての特別な存在だ、とか口走っていたんだ」
「気にしすぎでは? 一時的な吊り橋効果にかかっているだけでしょう。すぐに冷めます。ご主人様に失望して」
いちいち棘がある。でも、俺はそんな雪城さんが好きなんだ。つくづく救えない人間だ。
「このままだと、伊集院ルートに……」
その先を言う前に堪えた。
いや、伊集院がヤンデレ堕ちするっていうのは、あくまで『ヤンハレ』をやっていたから言える話だ。
前提知識がなければ、ルートだのなんだの話をしても仕方がない。
「要するに、伊集院が過度に俺に寄りかかるかもしれない。それが気になるんだ」
「いいじゃないですか。そのときはそのときです。お似合いだと思います。恋仲になったら、私は祝福しますよ」
そう言われてしまうと、俺は二の句がつげない。
俺は、雪城さんのことが好きなんだ。喉元まで出かかっている。
しかしいま、雪城さんに好きだと伝えても、本気とは思ってもらえない。軽くあしらわれるのが目に見えている。
俺が目指しているのは、原作のルートを捻じ曲げて、存在しないはずの雪城さんルートを切り開く未来だ。
想定されているルートを外れるのも、そう容易くはない。
「言い方を変えよう。伊集院はしばらく腫れ物扱いされかねん。そうなると伊集院の中で、俺が特別な存在のひとつになり。最悪、依存の対象となってしまいかねない。過度な依存は、する側もされる側にも、悪影響がある」
雪城さんは頷いた。
「同感ですね。ご主人様が自意識過剰な点は気になりますが」
「百も承知だよ。それはともかく、雪城さんと一緒に、伊集院を支えていきたい。あの件に携わった当事者として」
当事者意識を喚起してみると、雪代さんは意外にも効いたらしい。
「ご主人様がそうおっしゃるなら、私も引き受けましょう」
「助かるよ」
食事を再開する。
伊集院を支えていきたい気持ちはある。
同時に。
ヤンデレ堕ちが悪化して、手に負えなくなるのは避けたい。少なくとも、クラスメイトとして、適切な距離を取りたい。
矛盾した気持ちではあるけれど、両方とも、俺の中では成立している感情だった。
この感じだと、ルートのフラグを潰すのは難しそうだ。もっとうまい立ち回りがあるかもしれないけれど。
フラグが立ったときに、ひとりで抱えるのではなく、雪城さんとともに処理する。それが、ひとつのやり方じゃないか、と俺は考える。
「具体的には、私がどうサポートすれば?」
「伊集院の友達になってほしい。ちょっと、いまの難しいかもしれないが」
「善処します」
伊集院は雪城さんへの嫉妬を口にしていた。そこに本人をぶつけるってのは挑戦的かもしれない。
でも、俺はそこに活路を見出している。依存先を増やすことが、ヤンデレの悪化を防げるんじゃないか、と。
雪城さんルートを目指しているのだから、『ヤンハレ』のメインヒロインたちとは、良き友人という関係性にとどめる必要がある。ここは外せないのだ。
翌日。
もう、転生から一週間以上も経つ。『高月正直』として生きることに慣れてきた。前世の自分は薄らぎつつある。
高校生活にも馴染んできた。いい傾向だ。
雪城さんとともにいる生活はたまらなく幸せだった。あとは、こちらに振り向いてくれたら完璧だ。
「おっはよー!」
朝の教室。出迎えたのは、伊集院の明るい挨拶だった。
友人とも、きのうよりかは、ふつうに話していた。コミュ力が高く、相手のことをいい意味で気にせずにグイグイいけるタイプ。さすがだ。
もちろん心のどこかで、友人との微妙な距離感に戸惑っているかもしれないが。
またしても昼休み、カウンセリング室に呼ばれた。
「きょうの放課後、空いてる?」
「俺はフリーだよ」
「ふふふ、よかった」
なにを企んでいるかは、おおかた予想がついた。
「私とさ、デートしない?」
ストレートな誘い方だ。伊集院らしい。
「いや、俺は」
「ダメ? 私ってそんなに魅力ないかな?」
「デートって、俺たち恋人同士でもないだろう」
「恋人が相手じゃなきゃ、デートはしちゃダメなの? むしろ、そうなる前にすることもあるでしょ?」
もっともなご意見である。
ここで断ったらどうだろう?
伊集院は、自己嫌悪に陥るかもしれない。ヤンデレを呼び起こす、逆効果になりかねない。
「でかけようか、一緒に」
「デートね?」
そこは折り曲げたくない伊集院だった。
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