第5話 山岡を尾行する俺と雪城さん
山岡の監視。転生初日から、大きな使命を課されてしまった。
ここでの生活に慣れる。そして、周囲が期待する「高月正直」の人物像に俺をチューニングしていく。
それだけじゃ、俺は許してもらえないようだ。
さきほど山岡と目があったとき、文字通り冷や汗をかいてしまった。妙な疑いをかけられ、因縁をつけられでもしたら最悪である。関わり合いになりたくない。
一限開始まで、まだ時間があった。
席につく。深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
そんな俺の事情を気にかける様子もなく、とんとんと机を叩く男がいた。
友人キャラの島崎だ。
「ずるいぜ正直!? さっき廊下にいた子、美人すぎやしなかったかぁ!?」
「挨拶もなしに唐突だな」
「前置きしてる場合じゃないだろう? 新聞でたとえるなら号外レベルだ、テレビでたとえるなら、突然割り込んでくるニュース速報レベルだぜ」
「大袈裟だな」
島崎は恋愛関係の話に目がない。よくいる元気な高校生だ。
だる絡みが多いな、とプレイ当初は思ったものだ。次第に慣れていき、微笑ましいと思うようになったものだが。
どろどろとしたヤンデレたちとのストーリーにおいて、島崎は清涼剤だった。真っ直ぐで憎めないところがいいのだ。
ちなみに、島崎はどのルートでもフラグを立てることはない。南無。
「うらやましいよなぁ。あんなお姉さんがそばに居たら、俺の人生はそれだけでいい……」
「だいぶ拗らせてるな。いったん現実を見たほうがいい」
「かくいう正直だって、性癖のひとつやふたつはあるだろう?」
「そりゃ……」
俺だって島崎と同じだ。
そばに雪城さんがいてくれて、くだらないことで笑顔を見せてくれて、ともに助け合えたら、それ以上は望まない。
「にやにやが止まらないってか?」
「いや、なんでもない」
「目は口ほどに物を言うんだぜ? 高月も男ってことだな」
くだらない会話を交わしていると、後ろから嫌なオーラを感じた。
それとなく振り返ると、山岡が立とうとする様子が見えた。身体は、伊集院の席を向いていた。
なにかアクションを起こそうとしているのか。意識を山岡の方に集中させる。
「どうした正直?」
山岡は立ち上がろうとする。
そこで、予鈴がなった。立とうとするのをやめ、山岡は座った。なにも起こらなかった。
「まぁいいか。席戻るわ」
島崎は俺の席から離れていった。
山岡は、アクションを起こすきっかけを探している。時間があるタイミングを探っている。
次は、おそらく昼休みか放課後のタイミングだろう。
ルート通りなら、体育倉庫が事件の舞台となる。
山岡が伊集院を呼ぶのが確定した段階で、俺は事件を未然に防ぎにいく。
体育倉庫の鍵をこちらが先に掴めばいいのだ。俺が先回りして、山岡が鍵を借りられない状況をつくればいい。
フラグが立たなければ、ルートは解放されないのだ。
「だがな……」
そう簡単にいくとも思えない。山岡が犯行を別の場所、日程に変える恐れはある。
さまざまなイレギュラーを想定しておく必要がある。どんな状況になっても、ベターな選択ができるように。
雪城さんが言う通り、さしあたり山岡と雪城の動向を見守るほかなさそうだ。
久々に受ける高校の授業は、案外退屈しなかった。ある程度枠の定まった勉強というのも、悪くはない。昔は大嫌いだった科目も、眠くならずに聞けた。
この身体の方が、頭の出来がいいというのもあるかもしれないな。
授業の合間に、山岡が動くことはなかった。数少ない友人と、雑談をしているだけだった。
動きがあったのは、昼休みになってからだ。
周りが昼食を食べ終えた頃合いになって、伊集院が外に出た。それを見計らって、山岡も外に出る。
もしかしたら、伊集院さんを
思って、俺も静かに立ち上がる。
伊集院のあとを尾行する山岡、そんな彼を尾行する俺。特殊な構図である。
察されないよう、あくまで自然体でいるよう心がけた。尾行がバレると厄介だ。山岡に怪しまれたくはない。
前後を気にしながら歩く。
すると、後ろに混じった人物がいた。
「雪城さん……?」
ひとりごとが漏れる。
なぜそこにいるのか。俺がなにも伝えていないのに。
まぁいい、事情は後でいくらでも聞ける。尾行をつつがなく終わらせるのが先だ。
伊集院は下の階を目指している。図書室を目指してるんじゃないかと、俺は踏んでいる。
時折、昼休みに図書室で過ごす。それが、伊集院の習慣だったからだ。
そろりそろりと歩いていく。山岡は、図書室の方へと吸われていった。俺の推測は正しかったようだ。
ふたりに気づかれないよう、扉を開ける。
図書室にいる学生はまばらだ。あまり派手に動くと、バレてしまいかねない。あくまで本を探すフリをして、聞き耳を立てる。
「お疲れ様です」
不意に、雪城さんが耳元で囁いた。びくんと跳ね上がりたい気分だった。
大きな声を出せない状況とはいえ、あの雪城さんに囁かれ、冷静さを保てるわけがない。
「つけてたのか」
「動くのは昼休みだろうと踏んでましたから
「さすがは天才だ」
「努力の賜物です。稀代の秀才とお呼びください」
「謙遜してるんだか怪しいもんだ」
いけない。雪城さんとのトークに興じている場合ではない。
耳を澄ませる。視線を慎重に向ける。
「伊集院さん」
山岡が話しかけた。怪訝そうに「何の用?」と答える伊集院をよそに、山岡は続ける。
「放課後、真剣に話がしたい」
「これ以上話すことはないかな。山岡くん、私、振ったよね?」
「その話だ」
「ここじゃダメなの?」
「あれを誰かに見られちゃ、困るだろう?」
「それは……」
山岡はなにか弱みを握っているのか。そんな情報、俺は掴んでない。
「なら、放課後の体育倉庫前。そこに集合だ。分かってるかな? 誰にも言うんじゃないぞ」
「……うん」
伊集院の声色からは、不服そうな気持ちが隠しきれていなかった。
それだけ伝えると、山岡は立ち去った。
俺と雪城さんはうつむき、存在を隠そうと努力した。
数分後、伊集院さんも図書室を後にした。おぼつかない足取りだった。
「事件の匂いがします」
「違いない。よし、まずは先んじて体育倉庫の鍵を……」
「姑息な真似はよしてください。執念深い山岡のことです。いざとなったら場所を変えるでしょう。仕留めるなら、真正面から乗り込むしかないでしょう?」
有無を言わせない態度だった。
結局のところ、原作ルートを外れるのは難しいのか。
「山岡を泳がせ、少しでも危なくなったら助ける。そうするか」
「それでこそ高月家のご子息です」
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