第4話 伊集院の危機を察するクールメイド

「お手洗いに向かうまでの護衛です」

「たかだか数十メートルの道のりじゃないか」

「油断は禁物です。とくにきょうのご主人さ……正直さんとくれば」


 俺の教室のあたりまで、雪城さんはわざわざやってきた。


 護衛といっているが、これが高月正直の日常なのだろうか?


 いや、違うだろう。「ヤンハレ」の世界において、雪城さんが密着取材よろしく、べったりくっついて行動することはなかったのだ。


「本当の目的はなんだろうか」

「お気づきでしたか」


 お話があります。言って、雪城さんは方向転換をした。上の階、あまり使われない教室のあたりに向かった。


「で、話というのは?」

「伊集院さんが危険です」

「話が見えないな。詳しく教えて欲しい」


 伊集院は、クラスの黒髪ギャル系委員長である。


 現在、暦の上では五月。原作と同じなら、そろそろ伊集院は危険な目に遭う。


 俺は「ヤンハレ」をプレイしていたから知っていたけれど、なぜ雪城さんまで伊集院さんの事情を察知しているのか。まったくもって謎だ。


「ご主人様のクラスメイト、山岡が危険分子です。いずれトラブルを起こします」

「どうしてそう断定できるんだ」

「私の天才的頭脳を疑っているのですか……まぁいいでしょう」


 いささか自意識過剰に思えるが、ひとまずスルーしよう。


「山岡は、伊集院さんが誰にでもフレンドリーなばかりに、絶望的な思い違いをしています。脈アリと踏み、彼女へのアタックを試みようとしているのです」

「よくある話だね。伊集院さんからしたら、あってほしくない話だが」

「まったくです」


 山岡はそこそこ容姿が整っている。ただ、自己評価と客観的評価が乖離している。


 ありていに言えば、ナルシスト。好きな相手とは、両思いだと信じて疑わない。


 鼻につくタイプであり、その積極性から好き嫌いがはっきり別れるタイプ。むろん、俺は嫌いだ。


「危険と判断した理由は、どこにあるんだ」

「数日前、山岡が伊集院さんに告白するのを目撃しました。あっさりと山岡はフラれていましたが、どうも不服そうでした」


 記憶を遡るが、告白シーンを見た覚えはなさそうだった。


「山岡の目は血走り、拳は震えていました。一触即発かと思いましたが、その場ではかろうじて踏みとどまっていました」

「要するに、いまの山岡は爆発寸前ってわけか」

「少し観察すれば、猿でもわかります」

「毒舌だね」

「平常運行です」


 山岡は、伊集院を古びた体育倉庫に呼び寄せ、乱暴をはたらこうとしたはずだ。


 その現場に主人公が鉢合わせ、伊集院を救出する。そこから、伊集院と仲が深まっていく。


 いわゆる、「伊集院ルート」である。


「たまたま告白現場を目撃したんだっけか。にしては、いろいろ詳しいね」

「気になって、ここ数日で調査しただけです」


 さすがは高月家に仕えるメイドである。


 雪城さんは、聡明な美人さんだ。改めて思う。


 目指すは「伊集院ルート」ではなく、原作にはまったく登場しない「雪城ルート」だ。


 ゆえに、葛藤している。


 伊集院さんを直接救うべきか否か、である。


 伊集院さんの件に首を突っ込みすぎて、ルートを解放するのは避けたい。


 だからといって、知らんぷりを決め込むのもダメだ。山岡に酷い目に遭わされ、闇堕ちヤンデレになる伊集院を見たくはない。


「もちろん、ご主人様は救いますよね?」

「無視はできないが、罪の無い人間は裁けない。どうする?」

「しばらく監視するほかありません。困っている人を助ける、それが高月家のご子息が果たすべき責務です」


 主人公がハーレムを拡大できたのは、女の子のトラブルに臆することなく介入し続けたからだ。


 厄介な問題に踏み込まなければ、物語は始まらない。


「どうしますか、ご主人様?」


 原作知識を持っている俺は、無視か踏み込むかの二択だけで悩まなくていい。無視するなんて愚策は取らなくていいのだ。


「わかった。この問題は、俺に任せてくれ」

「それでこそ、高月家です。もし断ったら、一生軽蔑して縁まで切ろうかと思いましたよ」

「縁を切られちゃ困るが、軽蔑してくれるのは捨てがたかったな」

「えぇ……きもっ……」


 いけない。気色が悪いことを思うのは自由だが、口に出しちゃおしまいだ。


 好感度を下げる悪手だ。けれど、雪城さんの蔑みを帯びた目で見下ろされると、悪い気がしない。むしろ我々の界隈ではご褒美です。


「いまのは忘れてくれ」

「最低ですね。百回くらい死んで欲しいです」

「どう思われても仕方ないが、メイドがご主人様に吐き捨てるセリフかよ!?」

「失礼。いまのは忘れてください。クビにされては困るので。私とて、こんな神バイトを手放したくありません」

「じゃ、おあいこだ。キモいセリフも、失言も、俺たちは言っていない。いいね?」


 こくり、と雪城さんは頷いた。とりあえず、話をおさめた。


 雪城さんの言う通り、伊集院さんの件はのんだ。無視を決め込む度胸はなかった。


 原作知識を駆使して、山岡の暴走を未然に食い止める――それが、第三の選択肢だった。


 うまくいくかはわからない。第一、第二の選択肢ではないルートを解放しようとしているのだ。


 世界にどんな影響を与えるか、わかったものではない。けどまあ、分岐の膨大さがウリの「ヤンハレ」だ。第三の選択肢から派生するルートも、許してくれるだろう。希望的観測でしかないが。


「応援しています。ご主人様、伊集院様とは仲がおよろしいみたいですしね」

「ただのクラスメイトなんだが」

「きょうもきのうもおとといも、仲睦まじそうに話していましたし。そのときの伊集院さんは、乙女の瞳をしていましたよ。うまくいけば、ご主人様にも遅咲きの春がくるかもしれませんよ。応援しています」

「そこまで見られてたのか。なんだか恥ずかしいな」

「ただ私が目撃してしまっただけです。恥ずかしがることはありません」


 妙に嫌味たらしい口調だった。



 教室へと戻る。そして、山岡を視界にとらえる。


 余裕なさげだった。伊集院さんの方を、執念深い表情で見ている。


 そうしていると、一瞬、山岡と目があった。


 ジロジロ見たのがバレただろうか?


 背中に寒気を覚える。いったん、山岡を見るのはやめにした。

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