第3話 クラスのギャル系ヤンデレ委員長
ご飯と支度を済ませ、雪城さんの車に乗り込んだ。
広々とした、人通りの少ない道。
だからといって。
「爆速で走るもんでもないでしょうが!」
「スピードを出した方が、走り屋の血が滾ります」
「安全運転を第一に! 違反切符でも切られちゃ嫌だろう!?」
「サツに目をつけられるほど、私は落ちぶれていません」
雪城さんは大真面目に返しているが、会話がどこか噛み合っていない。
「周りを無視した走行は、単なる暴走運転です。私は周囲に配慮の気持ちを持ちながら、荒い運転をしているのです」
「余計タチが悪いよ」
爆速で走っていたのは、道幅が広く人通りが少ない道だけだった。他の道でも、正直スピードは出ていたが、やりすぎとまではいかないレベルだった。
スピードを出す運転の甲斐もあって、高校には早く到着した。始業の時間まで、十分余裕があった。
車は職員用の駐車スペースに停めた。
果たして、そこに停めていいのだろうか?
車から降りた後、雪城さんに疑問をぶつけた。
「きちんと許可をとっています。特例です。私が高月家の雇われメイドでなければ、許されない愚行でしょう」
「高月家の名はそこまで通るんだな」
「寄付金の額がすごいんです。蔑ろにはできませんよ」
お金の力って恐ろしい。
高月家に関係する人間に下手な真似はできないってことだろう。
「ともあれ車で来れてよかった。遅刻をしたくはないからね」
「そうですね。同様に、私もご主人様の眠りを妨げたくはありません」
「……あしたはしっかり起きるさ」
転生してきて、そこまで時間が経っていない。「高月正直」がふだんいつ起きているか、おきなきゃいけないかなんて知らなかった。しばらくの間は、無知ゆえに誰かしらに迷惑をかけるだろう。
「では、いきましょう」
駐車スペースから離れ、それぞれ教室に向かう。
自分がどこのクラスかは、生徒証に印字されている。フロアマップを参考にして歩いていく。
ゲーム内で、学校の構造について触れられてはいた。現実に落とし込んだときに配置がどうなるか、そこまでは分かっていなかった。
俺の中に保持されている「高月正直」としての記憶は、今回あまり頼りにならなかった。
教室の近くになって、どこからか安心感が湧いてきた。馴染みの場所、とでも俺の身体は言いたげだった。
扉を開ける。高校のクラスが広がっている。たかだが四、五年くらい前までこういう場所にいたというのに、凄く久しぶりに思えた。
「おっは〜!」
明るい笑顔で手を振ってきた子がいた。
流れるようなさらさらとした黒髪、それに似つかわしくない派手な化粧とアクセサリー。
「
「あれ、正直くん。フルネームで呼ぶなんてどうしたの?」
まさか口にしていると思わず、まごまごしてしまう。
「そういう気分だったんだ」
「なにそれ? まじウケるんだけど〜」
なんて軽い返しなんだろう、と思わず口角が上がった。
ゲームのキャラクターが、こうして目の前に生身の人間として存在している。衝撃は大きい。
伊集院は、クラス内で「黒髪のギャル」として認識されている。親御さんに髪染めを固く禁じられているらしい。本人は髪を染めたくてたまらないようだが、律儀に約束を守っている。
誰にでも話しかける社交性が高いタイプとして見なされている。
ほとんど誰もやりたがらないクラス委員を、嫌な顔せず務めている。学年の枠を超え、他クラスとも交流を持つ、コミュ力お化けだ。
明るくさっぱりしていそうな伊集院だが。
伊集院もまた、「ヤンハレ」のヒロインの一員だ。
確か、絶対的な存在を求めてたんだったのかな。世界でひとり、君しかいない、みたいな。誰とでも一定のラインまで簡単に仲良くなれてしまう、彼女ならではの悩みだな。
主人公に窮地を救ってもらったのをきっかけに、どんどん胸の内に秘めたヤンデレ性を発揮していく……って話だった。
彼女にフラグを立てないようにするには、窮地に陥っている伊集院を見捨てなきゃいけない。冷酷な真似はしたくない。が、ヤンデレ地獄と関わり合いにはなりたくない。
正体を隠して助け船を出すとか、いろいろ考えなきゃいけなさそうだ。
さしあたり伊集院とは、険悪にもならず、どっぷり仲良しにもならなずにいよう。適切な距離感というやつである。伊集院の場合、距離感という壁を簡単にぶち破りにくるだろうから、難しいのだけれど。
ケタケタと笑った伊集院と、何度かコミュニケーションを交わすと、
「じゃ、また話そ?」
といって女子グループでの会話に戻っていった。
あの輪の中には、他にもヒロインが潜んでいた。いまの段階から他のメンバーについて考えると気が滅入るのでやめておく。
だって俺は、ヒロイン攻略を差し置いて、裏ルートに突入するつもりなのだから。雪城さんという、あまりに険しい壁に挑む気満々なのだから。
決心したはいいが、自分の席を探し当てられない。ぼやける記憶を探り、どうにか席を見つける。
朝のホームルームに耳を傾ける。頭の中では、きょうを無事に乗り切りたいなとか別のことを考えていた。
高月正直は高校二年生。現在の季節は五月。
そろそろ体育祭といった大きな学校行事が迫ってくる時期とあって、クラスの空気はどこか浮き足立っている。
体育祭の前にはテストがあるようで、おそらくこれが、俺の転生後最初のイベントなんじゃないのかな。
もはや高校の勉強の内容は、忘却の彼方にあった。既習範囲がほとんどでも、思い出すには時間がかかる。単元未習の高校生とさして変わらない。
転生先が高校生じゃなくて小学生だったら、テストで無双できるよな、なんて余計な考えをしていると、ホームルームは終わっていた。
トイレ休憩でもしようかと席を立ち、廊下に出た瞬間、待っていましたかというように雪城さんがいた。
「やはり来ましたね」
なんで待っているんだろうか、と俺は訝しんだ。
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