第3話 希心

(あんなこと言ったけど、何もできないんだよな……私)


 もがいてみる。でもなかなかなのに、次も会えるように。なんて……

そりゃ、彼が死のうとしてたのを止めたんだから。責任はあるよね。


 ぽちゃん──

流し台に溜まった皿に雫があたる。

 あ、きちんと閉め忘れたかも…… 古いしまぁ、いいか。

 ぽちゃん、ぽちゃんと一定のリズムを刻む。

私が働いている時は、心臓の鼓動がリミックスを打っていた。

だけど今はいっさいリミックスなんて打たない。

緊張からの解放なのか、心がどっかにいったからなのか──


 (はぁ…)

ため息が出た。

 彼とは連絡は取り合っている。

でも次いつ会うってあの時約束しなかったので、お互いぎこちない。お互い誘うことになれてない。


 だから、生存確認が主だ。

「おはようございます。今日は体調どうですか?無理せずいきましょうね。」

丸ばっかり、これもマルハラと言われるのだろうか。

感情がよく分からなくなった私には便利なんだけどな。


 床に散乱したゴミをかき分け、洗面台へ向かう。

異性なんて家に上がったこともないけど、玲くんがみたらびっくりするんだろうな。


 歯を磨いている私が鏡に映る。今日も変わらない。いつも通り。

本当は歯を磨くことすら、面倒くさい。したくない。


 この家は無駄に広い。

祖母が亡くなり、空き家だったのを私の職場から近いからという理由で住み始めた。

介護のために、あちこち住宅改修はしたけど年相応の家って感じ。

 まぁ……仕事を辞めさせられたから、この家にいる理由がなくなちゃったんだけどね。


 仕事を失ってからは、ずいぶんと寂しく感じた。陽気に包まれた平日の昼間なのに、この家だけ暗いまま。


 良い加減、彼に会わないと……


 ふと携帯をみる。

電話なんてならない。メッセージの通知は彼からの生存確認か、親くらい。あとは広告。

心が折れてからは、友人が近寄らなくなった。

 (今思えば、喜怒哀楽が抜け落ちていた中身のない人。あの頃の表情酷かったものね)



 さてと、彼にメッセージを送るか……

その時だった。バイブレーションの音が響く。

彼からだった。


「希心さん…!そろそろ会いません…か……?ごめんなさい!気持ち悪いですよね」

「大丈夫よ。そろそろ2週間になるし、私も連絡しようと思っていたところ」

「良かった……」


 彼なりに勇気振り絞って、頑張ってくれたのが分かる。電話ごしで息が上がっているから。


「約束したのは私だから大丈夫よ。ここは会社じゃない。だから裏切りなんかしない」

「ありがとうございます……」

 

彼は泣いていた。

だけど彼が頑張ってくれたおかげで、私はまた繋がり合える。

(次は私の番ね……)


こうして、怜と希心はまた会うことになった。

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