セパレート・チョコレートケーキ

霧江サネヒサ

セパレート・チョコレートケーキ

 彼氏が二股をかけていたことが発覚した。

 あたしは今、浮気相手の女とふたりきりで向かい合っている。

 たまに、デートの時に寄る喫茶店。うるさくない程度にクラシック音楽が流れていて、コーヒーとケーキが美味しいお店。


「あの、呼び出して、ごめん」

「いえ、大丈夫です」


 あたしも彼氏も彼女も、同じ大学の二年生だった。そんな近場で浮気すんなよ。いや、そういうもんなのかな。

 あたしが呼び出した彼女。朝野えみりは、あたしとは全く違うタイプの女子に見える。

 いわゆる地雷系? いや、この言葉はあんまり使いたくないな。ダークガーリーな服装の娘。

 黒色のリボンで結んだツインテールを綺麗に巻いてる。

 目は、ぱっちりとしていて、あたしの切れ長の目とは、全然違う。

 シルバーのハートのピアスを両耳につけて、紫色のネイルをしている。

 あたしは、ピアス穴を空けてないし、爪は、短めに切り揃えているだけだ。

 共通点といえば、彼氏が同一人物ってとこくらいかな。最悪かよ。


「あ、ごめん。改めて自己紹介するね。あたし、結城聡子。まあ、その、よろしくね、朝野さん」

「はい。あ、えみりって呼んでください」

「分かった。あたしも、聡子でいいから」

「はい」


 一通り挨拶をしてから、あたしはブラックコーヒーを飲んだ。

 えみりは、アイスココアを飲んでる。

 お互い、緊張しているらしい。


「えみりは、いつから付き合ってるの?」

「今年の4月8日からです」

「そうなんだ」


 そんなに細かく覚えてんだ。

 あたしは、執着心みたいなものを感じた。

 今日は8月10日だから、4ヶ月くらい付き合ってるワケか。


「聡子さんは……?」

「あたしも、今年の4月」

「そうなんですね」


 ほとんど同時に、ふたりの女に手を出してたのか、アイツ。


「それで、聡子さんは、どうしたいんですか?」


 ふわふわのマシュマロみたいな声で、鋭い質問をするな。


「いや、まだ好きだけど。フツーに」

「私も好きですよ」


 譲れない闘いが始まっている。


「でもさ、アイツは最悪じゃん。えみりが可哀想だよ」

「そうかもしれませんね。でも、そういうどうしようもないところも好きなんです」

「…………」


 重症だ。あたしが言えることじゃないか。


「ほら、アイツ、寂しがりでしょ? だから、浮気したのかなって」

「はい。寂しくて浮気したんだと思います」


 助けてくれ~! お互いを浮気相手だと思ってるよ!

 ダークガーリーなえみりは、一筋縄ではいかない女らしい。


「なんて言うか、アイツは、ろくでもないけど、いいとこもあって。あたしのこと、美人って言ってくれたし。あたし、いつも性格がキツそうって言われてて。でもアイツは、そんなことないよって言ってたんだ」

「ふふ。聡子さんは、キリッとした美人さんですよぉ」

「そ、そう? ありがと…………」


 なんだ? 懐柔するつもりか?


「えみりは、可愛いよね。髪もアクセもネイルも服も、凄く似合ってて」

「本当ですか? ありがとうございます」

「うん…………」


 素直に感謝されると、やりにくいなぁ。


「あたしは、可愛げないし。あたしたち、全然違うよね。なんで、あたしたちなんだろう?」

「そう、ですか? 私は、聡子さんも可愛いと思いますけどぉ」

「えっ!?」

「だって、彼を奪られたくなくて、私を呼び出したんですよねぇ?」

「それは…………」


 つい、視線が泳ぐ。

 そりゃ、そうだよ。あたしには、アイツしかいないんだから。アイツ以外は、あたしのこと“好き”とか言わないし。


「聡子さん」

「な、なに?」

「私は、彼を殺そうと思ってます」

「は…………?」


 殺す? 彼氏を?


「包丁で、グサッとやります」


 手段まで開示しなくていいわ。

 なんだコイツ? 危険人物じゃん。


「やめなよ。人生、棒に振るよ?」

「でも私、彼と約束してたんです。裏切ったら殺すって」

「それは別に、裏切ったら大人しく殺されますってことじゃないと思うけど……」

「そうでしょうね。彼は、裏切ってもバレないと思ってただけだと思います」

「……うん」


 何故、二股がバレたかというと、風邪を引いたというアイツの部屋に合鍵で入ったら、中にえみりがいたのである。

 あたしたちは、どういうことなのか説明を求めた。そしたら。

「ごめーん。でも、ふたりとも大切な彼女だからさぁ」とかなんとか言い出して。


「ゆるせねぇ…………」

「聡子さん?」

「ごめん、声に出てた」

「あは。聡子さんも、ゆるせないですよねぇ?」

「いや、あたしは……」


 えみりは、死んだ魚みたいな目をして笑ってる。


「一緒に、やりましょうよ」

「なにを?」

「報復を」

「怖いこと言わないでよ」


 かつんかつん、と紫色の爪がテーブルを突いた。


「殺人する上で難しいことは、いくつかありますけど、最も難しいことは、死体を隠すことだと思うんです」


 かつん。かつんかつん。


「だから、聡子さんに協力してもらえたらなって」

「あたしは、犯罪者になるなんて、まっぴらだよ」

「バレなければ、犯罪者じゃありません。それに、裏切り者を罰するだけですから。きっと、神様は赦してくれますよ」


 えみり、宗教とかやってんのかな?


「アイツを殺すなら、あたしを殺してからにしなさいよ」

「え? 嫌ですけどぉ」


 えみりは、なんだか引いてるように見える。

 引いてるのは、あたしの方だよ。もう、ずーっと引いてるよ。


「そういえば、ケーキ頼んでないじゃん。頼もうよ」


 あたしは、殺人計画から話を逸らしたくて、そんなことを言った。


「オススメはなんですか?」

「チョコレートケーキかなぁ」

「それにします」

「あたしも。すいません」


 店員に、チョコレートケーキをふたつ頼む。


「あれ? でもさ、えみりはアイツのことをまだ好きなんだよね?」

「はい。だから、ゆるせないんですよ」

「あー、そう……」


 怖い女。なーんか、爆弾みたい。

 不意に、スマートフォンが震える。


「ごめん。ちょっと電話」

「はい」


 うわぁ。相手は、嵐の中心にいる男だった。

 あたしは席を立って、店の軒先へ行く。


「もしもし?」

『聡子、埋め合わせしたいからさ、どっか行こうよ。俺には、聡子しかいないんだよ』

「それ、えみりにも言ってない?」

『はぁ?! なんでお前の口から、えみりが出てくるんだよ?』


 図星らしい。


「あーごめん。今、デート中だから切るわ」

『は?! デートって誰とだよ?』

「ばいばーい」


 あたしは、通話を切った。

 席に戻ると、チョコレートケーキがふたつ置いてあって、えみりは一口食べたみたい。


「どう? 美味しい?」

「すっごく美味しいです」

「でしょー?」


 あたしは、自分の手柄みたいに笑った。


「いただきます」


 一口。フォークでチョコレートケーキを食べる。濃くて甘いチョコレートが絶品だ。


「今日、私、誕生日なんですよね……」

「え?!」


 えみりの誕生日?! アイツは何してんの?!


「……ごめん、そんな大切な日に」

「いえ、いいんです。私は、いつも忘れられるから」

「よくないよ! すいません! この子、誕生日なんで、プレートお願いします!」

「へ……?」


 呆気に取られているえみりを横目に、あたしは店員に誕生日サービスの注文をする。

 数分後、ホワイトチョコレートのプレートにチョコレートソースで「えみりさん ハッピーバースデー」と書かれたものが、えみりのケーキに乗せられた。


「えみり、誕生日おめでとう!」

「……ありがとう、ございます」


 えみりは、スマホで誕生日ケーキになったそれを撮る。


「えへへ。いい思い出が出来ました。誕生日祝いのサービスなんてあるんですね」

「うん。そうなんだよ。あたしも、サプライズで祝われた時は驚いた」


 二股彼氏にな。つーか、段々、奴のことが嫌になってきた。


「えみり、あんな男のことは忘れようよ」

「どうしたんですか? 急に」

「あんたの誕生日を祝わない男なんて、カスだよ」

「でも…………」

「どうせ、俺には、えみりしかいない~とかほざいてんでしょ」

「……はい」

「それ、あたしにも言ってるからね」


 えみりは、傷付いたような表情を見せる。

 現在時刻は、午後三時。

 うん、決めた。


「えみり、ケーキ食べ終わったら、ふたりで遊びに行こう。どこでも付き合うから」

「はい……!」


 びっくりした。今日イチ可愛い笑顔だ。

 あたしは、あたしを裏切ったことよりも、えみりを傷付けたことの方にムカついてきている。


◆◆◆


 あたしとえみりは、ファンシーショップにやって来た。

 可愛いキャラクターグッズが敷き詰められた店は、あたしには馴染みがない。


「可愛い~」

「うん。可愛いね」


 猫のマスコットを手にしたえみりが、可愛い。

 なんか、人間って、可愛いもの身に付けて、可愛いもの買い集めてもいいんだな。

 あたしは、自分には似合わないって色んなことを諦めてばかりだ。

 モード系でキメてるのも、店員のオススメに従っただけだし。ほんとは、もっと別の可能性があるんじゃないのか?


「聡子さん?」

「ん?」

「どうかしました?」

「いや、なんか、あたしの世界って狭かったなって思って。可愛いものを持つのも悪くないのかもしれないなーって」

「えっ。ぜひ、持ちましょう! このマスコットキーホルダーとかどうですか?」

「わ、可愛い」


 ふわふわの白いウサギのボールチェーン付きマスコットだ。


「買っちゃおうかな」

「ふふ。お揃いになりますね」

「そうだね」


 あたしたちは、顔を見合せて笑う。

 なんだか不思議。少し前までは、えみりのことを敵みたいに思ってたはずなのに。


「そういや、えみりはなんで敬語なの?」

「癖、ですね。嫌ですか?」

「嫌じゃないけど。敬語じゃない方が嬉しいかな」

「そっか。分かった、そうする」


 対応が早いな。


「聡子さん、見て」

「美味しそう」


 えみりは、小さなフェイクスイーツを興味深そうに見ている。


「ドーナツもパフェもパンケーキも可愛い~」

「うんうん」

「あ、でも、今日はこれにしようかな」


 えみりが手に取ったのは、小さなチョコレートケーキだった。


「聡子さんが祝ってくれた記念!」

「あはは」


 そんなに喜ばれると、少し照れくさい。

 その後。あたしとえみりは、コスメを見に行くことにした。

 えみりは、淡い紫色のアイシャドウを試している。

 すると、あたしのところに店員が来た。


「お客様、なにかお探しですか?」

「あ、いえ、あたしは付き添いで」

「聡子さんは、パステルピンクが似合うよぉ」


 いつの間にか、えみりがすぐ側にいる。


「そうかなぁ?」

「お客様は、肌が白いですから、お似合いだと思いますよ」


 えみりと店員によって、あたしは、あれよあれよとパステルピンクのアイシャドウをつけられた。


「やっぱり似合うよ、聡子さん」

「ありがと」


 あたしたちは、オススメされたアイシャドウを買い、店を出る。


「次は、どこ行く?」

「そうだなぁ。じゃあ最後に、彼氏の家に行こうかな」

「はい?」

「ふたりで行きたい」


 えみりに上目遣いされ、あたしは断ることが出来なかった。

 アイツの部屋があるアパートへ向かう。

 道すがら、あたしとえみりは、色んなことを話した。

 小さい頃の夢とか、初恋のこととか、大学で何を学んでいるのかとか。

 えみりは、小さい頃は、お花屋さんになりたかったんだって。

 それから、初恋の人は、小説に出てくる名探偵で。

 大学では、人文学部に在籍してるみたい。

 将来の夢は、絵本作家。

 あたしとは、全然違う人生。当たり前だけど。


「いいね。この先のえみりの人生が幸福だといいな」

「聡子さんもね」

「うん。じゃあ、やったりますか」


 あたしは、インターホンを鳴らした。

 あたしの姿を確認して、彼が出てくる。


「聡子、やっぱり俺のこと……」

「こんばんはぁ」

「えみり!?」


 あたしの背に隠れていたえみりが、ひょこっと出た。


「ハッピーバースデートゥーミー!」

「あはははは!」


 えみりは、棘のついた赤い薔薇の花束で、彼の顔面をはたく。


「痛っ!」

「お前とはお別れじゃ、ボケカス!」

「さようなら! どうか不幸せに!」


 けらけら笑いながら、あたしたちは逃げた。

 少し走って、公園に着く。


「あーおかしい」

「あはは」


 すっきりした! ざまあみろ!


「はー。やってやったね」

「うん。聡子さんと一緒でよかった」


 ふたりで、アイツの連絡先を消した。で、えみりと連絡先を交換する。


「またね、えみり」

「ばいばい、聡子さん」


 あたしたちは、別れて帰路についた。

 今度は、いつ会えるかな。


◆◆◆


 まだまだ夏休み中だし、『えみり、どっかで遊ばない?』とメッセージを送ったら、『聡子さんのお家に行きたいな』と返事がきた。

 オーケーのスタンプを送る。

 問題があるとすれば。部屋がめちゃくちゃ荒れてることかな。

 あたしは、部屋掃除を始めた。

 床に積まれた本を棚に戻し、部屋干ししたままの衣服をしまい、食器を洗い、掃除機をかける。

 あとは、そうだな。えみりに見られてもいいコーデを考えないと。

 あたしは、バンドTシャツとハーフパンツから、サマーニットとスキニーパンツに着替えた。

 一時間後。家に来たえみりは、やっぱりダークガーリーだった。


「お邪魔します」

「はーい」


 えみりをリビングに通し、ソファーに座ってもらう。


「なに飲むー?」

「苦いもの以外なら、なんでも」

「オーケー。紅茶にするわ」


 あたしは、お気に入りのブレンドティーを水出しにして、ティーカップに入れ、えみりの前のローテーブルに置いた。


「どうぞ」

「いただきます」


 一口飲んだえみりは、「美味しいね」と喜んでくれる。

 あたしは、隣に座って質問した。


「そんで、なにする?」

「本棚見てもいい?」

「いいけど」

「人の本棚見るの好きなの」


 えみりは、読書家だからか、気になるらしい。

 あたしは、書斎にしてるリビングの一角に案内する。


「教育学の本かな? たくさんあるね」

「あーうん」

「あとは、少女小説もあるねぇ」

「うん……」


 この本棚、もしかして、つまらない? 心配になってきた。


「聡子さんのこと、ちょっと分かったかも」

「そう?」

「聡子さんは、いい先生になれるよ」

「はは。ありがとう」


 えみりは、楽しそうにしてる。よかった。


「あ、この少女小説、全部SFじゃない?」

「うん。子供の頃、好きでさ」

「へぇ。今は?」

「たまに読み返すくらいには好きだよ。最近は、SF映画を見ることのが多いかな」


 えみりにオススメを訊かれて、それじゃあ一緒に見ようか。という流れになった。

 ソファーに並んで、配信サービスで映画を選び、テレビで再生する。

 インターステラーを見終えると、えみりは涙ぐんでいた。


「えみり?」

「これ、愛の話だよ…………」

「そうかもね」


 ティッシュケースを差し出しながら、あたしはそう言う。


「えみり、ライフ・イズ・ビューティフルって映画見たことある?」

「ないよ?」

「今度、一緒に見ようか」

「うん」


 インターステラーでこんなになるなら、ライフ・イズ・ビューティフルでは号泣しそうだなと思った。いや、別に意地悪がしたいんじゃないけど。フィクションで泣ける感性が、羨ましい。泣き顔も可愛いし。

 あたし、いつから泣くのもやめたんだっけ?

 思い出せないくらい昔。


「聡子さん。実は、見てもらいたいものがあるの」

「なに?」


 えみりは、涙を拭った後、あたしに言った。


「これ、絵本のラフなんだけど」

「読んでいいの?」

「読んでほしい」


 それは、紫色の小鳥とピンク色の魚の物語。空と水中。住む世界が違う二匹の、確かな友情の話だった。


「これ……えみりとあたしじゃん…………」

「そうだよ」


 あたしは、気付けば、ぼろぼろ泣いている。涙で濡らさないように、えみりにラフを返した。


「聡子さん……」

「あーっもう! えみりに泣かされた!」

「ええ?」

「こんなんズルだよ! ベストセラーだよ!」

「あはは」


 えみりは、くすくす笑ってる。


「あたし、全然泣かない人間なのに~!」

「そうじゃなかったんじゃない?」

「えみり~!」


 あたしは、えみりに抱き付いた。えみりは、優しく背中をさすってくれている。

 なんだろう? 母性みたいなものを感じた。


「えみりさぁ、将来的に子供ほしいとかある?」

「急だね」

「ごめん」


 えみりから離れて、謝る。


「私が子供を育てて幸せにしてあげられるなら、そうするけど、それは分からないよね。でも、親が必要な子がいるなら、育てたいな」


 それって、つまり、里親になりたいってことかな。


「えみりは、優しいね」

「聡子さんは? 子供好き?」

「あたし、親は離婚してるし、あんまり家庭環境よくなかったからさぁ。自分が幸せな家庭を持ってるの想像つかないんだよね…………」

「子供を持つことが、イコールで幸せな家庭ってこともないと思うよ」

「……そーね」


 これは、呪いだ。母親から受けた呪い。

 女は、男と結婚して、子供を産み育てることこそが幸せ。そんな古臭い考えの母。


「聡子さん?」

「あ…………」

「どうしたの?」

「あたし…………」


 膝の上で握った手に、涙が落ちた。


「あたし、ほんとは、アイツのこと好きじゃなかったのかも。男捕まえろって、早く結婚しろって、孫の顔見せろって、母親に言われてたから……そのレールに乗ろうとしてただけかも…………」

「うん」

「あたし、自分自身の幸せも分かんないんだ……!」


 えみりは、そっと、あたしの手に手を重ねる。


「苦しかったね。辛かったね。がんばったんだね」

「あ、う、あぁ…………!」

「聡子さん。私、聡子さんの幸せが見付かるように祈ってる。あなたは、幸せになれるよ」


 あたしは、泣き声を抑えるので精一杯で、えみりの神託のような台詞を聞いていた。


◆◆◆


 夏休みが終わり。また大学へ通う日々が戻ってくる。

 共通の講義に、あたしとえみりは隣に座って出た。

 ふたりのペンケースには、お揃いのウサギのマスコットキーホルダーが付けてある。それを見て、あたしはニヤッとしてしまった。

 講義が終わり、昼休憩になる。

 あたしたちは、構内のベンチで昼食を摂ることにした。

 えみりは、自作のお弁当を持ってきている。あたしは、コンビニで買ったパンとおにぎりがひとつずつ。


「えみりのお弁当、可愛いね!」

「ありがとう。いつも自分で作ってるんだ」


 色彩豊かなお弁当。それでいて、栄養バランスも良さそうだ。

 ふたりで、「いただきます」を言い、それぞれ食べ始める。

 えみりと、ぽつりぽつりと世間話をした。

 ふたりとも食事が終わった頃、えみりが一人言みたいに言葉を漏らす。


「なんで、女は女に人生を賭けられないんだろうなぁ」

「どういうこと?」

「まず、女の方が所得が低いでしょ? それに、同性婚出来ないしねぇ。だから、難しいと思うの。女と女がパートナーとして生きるのはね」

「そっか。そうだね…………」


 考えたことなかった。女同士が一緒に生きることなんて。


「あ、別に男女とか男同士とかが大変じゃないってことはないと思うけどね? 比較したら、そうなっちゃうなぁって話ね」

「うん…………」


 えみりは、やっぱり、あたしとは違う。あたしみたいに視野が狭くないっていうか。固定観念や社会通念に捕らわれてないっていうか。


「あたし、えみりが羨ましいよ」

「え? どうして?」

「人生の選択肢が多そうで」

「……そうかな。年齢を重ねていくと、どうしても可能性が狭まっちゃうから、色々想像してみてるの。私の、“もしも”のお話。あり得るかもしれない将来のこと」

「そうなんだ。凄いなぁ、えみりは」


「凄くないよ」と、彼女は寂しそうに笑う。

 えみりも、何かを諦めてきたのかな? 叶わない願いとか、途方もない夢とか、あるのかな?


「ねぇ、えみり」

「なあに?」

「あたしに、人生賭けてみない?」

「え……?」

「あたしは、えみりの誕生日を忘れないし、えみりのこと好きだし……!」


 あんたの可愛くあろうとしてるとこを尊敬してる。あんたの過去はあんまり知らないけど、あたしの将来にえみりがいないのは嫌だ。あんたが泣いてたら、ハンカチだって貸す。

 思考が、ごちゃついてる。


「あたしは、自分とえみりのために生きていたいよ…………」


 なんとか、それだけを絞り出すように告げた。


「びっくりした。聡子さんも、私と同じ気持ちだったんだね」

「え?」

「私は、あなたのことが好きです。知らなかった?」


 えみりは、瞳を潤ませながら笑っている。


「私は、聡子さんに人生を賭けます。聡子さんは、私に人生を賭けてね?」

「は、はい!」

「いつか、結婚出来たらいいね」

「うん。結婚したいな」


 結城聡子と朝野えみりは、別たれているけど。同じ寂しさを抱えている。そんな気がした。

 そして、これからは、ふたりで生きていく。


「あたし、ペアリングが欲しい!」

「いいね。今度、お店に見に行こうね」


 えみりは、あたしに手を差し出した。その手を握り、あたしは誓う。

 絶対に、えみりと幸せに生き抜いてやろうって。

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