第3話: 鬼の反撃

「やった!助かった!」

牢屋から解放された直樹が喜びを露わにする。

その後ろから、花音が笑顔で駆け寄った。


「美咲ちゃん、すごいよ!あんなにうまく助けに来れるなんて!」

花音の頬は興奮で赤く染まっている。


拓海も大きく息をつきながら、美咲に親指を立てた。

「隙をつくのがうまいな、さすがだ。マジで頼りになる!」


美咲は視線を落としつつ、控えめに答える。

「いや……みんなが囮になって時間を稼いでくれたからだよ。」


その声には控えめな響きがあったが、その目には達成感とわずかな自信が宿っていた。


直樹が息を切らしながら、ニヤリと笑う。

「お前がいなきゃ、俺らの冒険は牢屋で終わるとこだったぜ!」


美咲は少し照れながらも、小さく微笑んだ。その瞬間、仲間たちの士気が確実に上がっていくのが感じられた。


しかし、その場の安堵感とは裏腹に、牢屋の中にいる隼人の視線は冷静だった。


牢屋に閉じ込められた隼人は、冷静な目で校庭全体を眺めながら、彼の頭は既に次の動きを考え始めていた。


(大地……あいつの追い方は直線的だ。速さは圧倒的だが、スピードに頼る分、動きに微妙な隙が生じる。)

隼人は拳を握り、さらに考えを巡らせる。


(対して奈々美。彼女は冷静で計算が正確だ。特に、隠れている相手を見つけ出す能力は一級品。でも……二人同時に複数を追わせれば、隙ができるはず。)


隼人の頭には仲間たちの顔が浮かぶ。翔太、美咲、拓海――それぞれの得意分野と性格が自然と組み合わさっていく。


(翔太なら大地の相手を引き受けられる。そのスピードは俺たちの武器だ。美咲は隠密行動が得意で、細かいサポートができる。そして……拓海。)


隼人は拳を握りしめ、牢屋の中で呟いた。

「俺にできるのは、仲間を信じることだ。」


その言葉には、隼人がリーダーとして抱く責任感と仲間への信頼が滲み出ていた。


外では、奈々美が直樹に目をつけていた。彼女の表情はいつもの冷静さを保ちながらも、わずかに楽しむような笑みを浮かべている。


「見つけた。」


その一言に、直樹は思わず苦笑を漏らした。

「また俺かよ……人気者だな。」


だが、奈々美はその言葉に反応することなく、一気に間合いを詰める。直樹は逃げようと足を踏み出すが、その瞬間、奈々美の手が肩に触れた。


「これで2回目ね。」


淡々としたその声に、直樹は悔しそうに眉を下げる。

「ちょっとは手加減してくれよ。」


「捕まる方が悪いのよ。」

奈々美の声には容赦がなく、その視線は次の獲物を探し始めていた。


一方で、大地の視界には美咲の姿が捉えられていた。校庭の隅で隠れるように動く彼女を見つけた瞬間、彼の足が地面を蹴る。


「そこだ!」


大地の鋭い声が校庭に響く。その声に驚き振り返った美咲の表情には、一瞬の恐怖と緊張が入り混じっていた。


(速い……このままじゃ捕まる!)


美咲は足を必死に動かし、遊具や木々が密集するエリアへと駆け込む。しかし、大地の圧倒的なスピードがその差をどんどん縮めていく。


「逃げ切る!」

必死に自分に言い聞かせる美咲だが、その息遣いは徐々に荒くなり、額には大粒の汗が滲んでいた。


大地の手があと数センチのところで美咲の肩を捉える。

「……捕まえた。」


その一言に、美咲は悔しそうに唇を噛む。

「……まだ終わりじゃない。」


美咲のつぶやきに、大地は一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに冷静な声で返した。

「ここでお前を抑えれば、泥棒チームの勢いは止まる。」




校庭の中央、大地の目が翔太を捉えた瞬間、空気が一気に張り詰めた。


「そこだ、翔太!」

大地の鋭い声が響き渡り、翔太はすぐさま動き出した。


(くそ、大地かよ!)

翔太は頭を切り替え、一気に足を蹴り上げる。彼の得意分野は短距離ダッシュ――まずは初動で差をつけようと、校庭の端に向かって全力で駆け出した。


「逃がすか!」

大地の足音がすぐ後ろから迫る。その音の重さと速さは、追いかけられる翔太にさらにプレッシャーを与えた。


翔太は走りながら校庭の遊具が並ぶエリアに差しかかる。鉄棒、滑り台、ジャングルジム――それらの間を駆け抜ければ、大地を引き離せる可能性がある。


「ここを抜け切れば……!」

翔太は砂を蹴り上げながら滑り台の下を一気にくぐり抜けた。しかし、その背後を追う大地は、速度をほとんど落とさずに障害物をかわしてくる。


「速いな、大地……!」

翔太はジャングルジムを盾にするように回り込み、大地との距離を稼ごうとする。だが、大地は翔太の意図を見抜いたように逆方向から迫ってくる。


「簡単に逃げられると思うな!」

翔太は舌打ちをしながら方向を変えたが、大地は一瞬の迷いもなく追い続ける。


翔太の心臓はドクドクと音を立て、呼吸も荒くなる。彼は校庭の端にある低い木立を目指して、さらにスピードを上げた。


(ここで振り切るしかねえ……!)


翔太が木立に飛び込むと、視界がわずかに狭くなる。枝や葉が視線を遮り、大地の動きを一瞬だけ見失った。


(今だ!)


翔太は素早く木の陰に身を潜め、息を殺す。後ろから近づいてくる大地の足音が止まる。


「どこだ……?」

大地が小さく呟く声が聞こえた。


翔太は冷や汗をかきながら木陰に隠れ続ける。


(あと少し……。少しでも距離を取れれば……!)


だが、次の瞬間、大地が木の反対側を回り込んでくる。


「いたぞ!」


翔太は驚きながら木陰から飛び出し、再び全速力で駆け出した。


「なんでわかんだよ!」

「お前の癖だ。隠れる場所を選びがちだからな!」


大地の声が翔太の背中に迫る。彼は必死で走り続けるが、足が重くなっていくのを感じた。


翔太が校庭の砂場を横切ろうとした瞬間、大地が小さく目測を誤る。砂場に足を滑らせ、大地のスピードが一瞬だけ緩んだのだ。


(今だ!)


翔太はその隙を見逃さず、さらに距離を稼ぎ、校庭の端にある茂みへと飛び込んだ。


茂みの奥に隠れ、息を切らしながら翔太は小さく呟いた。

「……やった、振り切った……!」


彼は心臓が跳ねる音を聞きながら、木陰に背中を預けて座り込む。


だが、その次の瞬間、背後から冷たい声が響いた。


「ここで休むなんて甘いわね。」


奈々美だった。彼女は冷静に翔太を見つめながら、手を伸ばす。翔太が驚いて逃げようとするが、すでにその肩は奈々美の手に触れていた。


「しまった!」

翔太は悔しそうに顔をゆがめる。


「逃げたと思ったのが間違いだったわね。」

奈々美の声には余裕が滲み、翔太は苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。

「休むんじゃなかった……。」


牢屋には、隼人、翔太、美咲、直樹が揃った。直樹が苦笑しながら冗談を飛ばす。

「ここまでそろうと、牢屋が泥棒会議場みたいだな。」


翔太は肩を落としながら答えた。

「でも、このままじゃ終わる。」


隼人が冷静に皆を見渡し、低く言った。

「この状況を変えるには、誰かが動かなきゃいけない。」


その声を校庭の遠くで聞いていたかのように拓海が静かに立ち上がる。


「……俺がやるしかない。」


彼の目には決意が宿り、心の中で静かに誓う。

(全員を助けてみせる。)

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