第4話:拓海の救出劇
校庭の隅、遊具の陰で拓海は膝をつき、静かに息を整えていた。目の前には牢屋までの30メートル――その道のりを塞ぐように立ちはだかる大地と奈々美の姿がある。
(このままじゃ、全員が終わる。)
拓海は拳を握りしめながら思い返す。これまで、隼人が仲間の力を信じて作戦を立て、自分を引き立ててくれた場面の数々を――。
(今度は俺の番だ。)
その思いが胸の奥で熱く燃え上がる。拓海の目に決意が宿り、静かに体を低くした。
(信じてくれてる奴らのために……俺がやるしかねえ。)
遊具や木立を盾にしながら、静かに一歩ずつ進み始める。肌に感じる冷たい空気が、鼓動をさらに速くした。
中央付近では、大地が腕を組みながら校庭全体に目を光らせていた。
「……誰か動いてるかもしれないな。」
その隣で奈々美が小さく頷き、慎重に視線を巡らせる。
「動いてるなら捕まえるだけよ。」
2人の目は獲物を逃がさないハンターのように鋭い。拓海は息を潜めながら、その視線を避けて次の物陰へと移動した。
(頼む、気づくな。)
だが、その時、大地の声が低く響く。
「今、何か動いたな。」
大地の言葉に、奈々美が素早く動き始めた。
「見つけた!」
その一言が拓海を動かす。反射的に全速力で飛び出し、牢屋に向かって一直線に駆け抜ける。
「ここで止まったら終わりだ!」
背後から迫る奈々美の足音がどんどん近づいてくる。拓海は息を切らしながらも、遊具や木立を縫うように走り続けた。
「逃がさない!」
奈々美の声が鋭く響く。そして、大地も反対側から進路を塞ぐように追い込んでくる。
「くそっ……!」
拓海は体が限界に近づいているのを感じながらも、目の前の牢屋を見据えた。
牢屋までの距離が10メートル、5メートル――拓海が扉に手を伸ばしたその瞬間。
「捕まえた!」
奈々美の手が拓海の腕を掴んだ。拓海はバランスを崩し、地面に倒れ込む。
荒い息を吐きながら、悔しそうに唇を噛む拓海。
「ここで……終わりか……。」
その胸には、仲間を救えなかったという無念が募る。しかし、彼の目はまだ消えてはいない。
(いや……まだ花音がいる。俺たちは、絶対に諦めない。)
拓海はその思いを胸に抱きながら、大地に連れられて牢屋へと向かった。
校庭の端で、花音はじっと牢屋の方向を見つめていた。目の前で拓海が捕まり、大地に連れられていく。その後ろ姿を見送るしかできない自分に、胸の奥が締めつけられる。
(もう誰もいない……。)
肩を抱き、花音は小さく震えていた。目の前には広い校庭が広がり、物陰から顔を出せばすぐに鬼に見つかってしまう。
(私一人で、何ができるの……?)
彼女の視線は地面に落ち、足元に広がる影すら頼りなく感じられる。
(隼人も、翔太も、美咲ちゃんも、拓海も……みんな捕まっちゃった。)
心の中に残るのは絶望感だけだった。手を握ろうとしても力が入らず、体が鉛のように重たく感じる。
その時――。
校庭の端からゆっくりとした足音が響く。その音は、牢屋にいる生徒たちにも、近くにいる大地と奈々美にも届いた。
「おい、大地、奈々美。お前たち、何をしてるんだ?」
現れたのはクラスの先生だった。のんびりと歩きながら、どこか興味深そうに全体を見渡している。
大地がすぐに応える。
「ドロケイをしています。僕たちが警察で、あいつらが泥棒です。」
先生は牢屋に閉じ込められている泥棒チームの生徒たちをちらりと見た後、面白そうにニヤリと笑う。
「なるほどな。じゃあ、俺も警察側で参加しようかな。」
その言葉に、大地が驚いた顔をする。
「先生もですか?」
先生は頷きながら、少し考え込むような表情を浮かべた後、にやりとした笑みを浮かべる。
「ただし、新しいルールを追加する。」
奈々美が不思議そうに首を傾げる。
「新しいルール……?」
「そうだ。牢屋の中から1人だけ逃がしてやる。その代わり、残りは全員捕まったままだ。」
牢屋の中では、先生の提案に全員が息を飲んだ。
「1人だけ……?」翔太が戸惑いながら呟く。
直樹が笑いを浮かべて冗談を飛ばす。
「じゃあ、俺が行こうか?派手に逃げて見せるぜ。」
だが、その冗談に誰も反応せず、全員の視線が自然と隼人に向けられた。
翔太が直樹を軽く制しながら、隼人の方を見て言う。
「ここは隼人だろ。」
隼人は仲間たちを見回し、静かに頷く。
「分かった。俺が行く。みんな、俺を信じてくれ。」
その言葉に、美咲が真剣な表情で頷き、翔太は力強く拳を握りしめた。直樹も小さく肩をすくめながら言う。
「頼んだぜ、リーダー。」
牢屋を囲う「柵」のラインを越えた隼人が一歩前に出る。その瞬間、大地と奈々美の鋭い視線が彼に向けられた。
「始めようか。」
隼人は静かに深呼吸をし、校庭全体を見渡す。彼に向けられたのは、大地の俊足、奈々美の冷静な目、そして新たに加わった先生の不敵な笑み――全員が隼人を追い詰める準備を整えている。
(ここからが勝負だ。俺が時間を作る。)
隼人は全身を緩め、軽く走り出す体勢を取った。その背中には迷いが一切なかった。
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