第2話: 隼人の囮作戦

牢屋には直樹、花音、拓海の3人が捕まり、警察チームのリーダー・大地と奈々美がその周囲を警戒していた。

泥棒チームの隼人と翔太は、それぞれの役割を果たすべく動き始めた。


「翔太、こっちだ。」

隼人が低く呼びかけると、翔太が茂みをかき分けて隣に座り込む。その顔には焦りが浮かんでいる。


「どうするよ、隼人。このままじゃ全員牢屋行きだぞ。」

「簡単だ。俺が囮になる。その間に、お前が牢屋に近づけ。」


隼人の短い提案に、翔太は驚いた顔を見せる。

「お前が?捕まったら終わりだろ!」

「だからこそだ。」

隼人は冷静に言葉を続けた。

「大地は俺を狙うはずだ。俺を捕まえれば、警察チームが勢いに乗ると思ってる。」


翔太は唇を噛んで考え込む。だが、隼人の目には一切の迷いがなかった。

「……分かったよ。でも、無理すんなよ。」


「大丈夫だ。計算の範囲内だ。」

隼人は軽く頷き、翔太の肩を叩いた。

「牢屋までのルートは2本ある。目立たない方を使え。奈々美は動かないタイプだが、隙を見て近づけ。」

「了解。」


翔太が緊張した顔つきで拳を握りしめる中、隼人はふと小さく笑った。

「行ってこい、翔太。お前の走りを信じてる。」


その言葉に翔太は気が引き締まるような感覚を覚え、深く頷いた。


隼人がグラウンドの中央に姿を現すと、すぐに大地の目が彼を捉えた。

「……隼人か。」


隼人は堂々とした笑みを浮かべ、大地を挑発するように歩き出した。

「捕まえられるなら捕まえてみろよ。」


その余裕たっぷりの態度に、大地は鼻を鳴らした。

「面白いことを言うな。その言葉、後悔させてやる。」


次の瞬間、大地が地を蹴って駆け出した。目標は明確に、隼人だけ。


隼人は遊具のあるエリアへと走り込み、鉄棒や滑り台を縫うように駆け抜ける。障害物を巧みに利用して、時折方向を変えるその動きは見事だった。


「悪くない。だが、それで俺が追えないと思うなよ。」

大地の冷静な声が隼人の背後から響く。その言葉通り、大地は間合いを保ちながら隼人の動きを正確に追い詰めてくる。


(さすがだな、大地。足だけじゃなく、頭も使ってくるのが厄介だ。)

隼人は砂場の隅で一度立ち止まり、大きく息を吐きながら振り返る。


「どうした、大地?全然追いつけないんじゃないか?」

「お前がそう思っている間に追いつくさ。」


隼人は軽く肩をすくめ、再び走り出した。


牢屋の近くでは、奈々美がじっと周囲を警戒していた。翔太は茂みに身を潜め、タイミングを見計らっている。


(くそ……全然隙がねえ。あいつ、目を離す気がないな。)


奈々美は視線を鋭く動かしながら、警戒心を緩めることなく牢屋を守っていた。翔太は拳を握りしめ、焦る心を抑え込む。


(待ってても仕方ねえ。このままじゃ隼人の努力が無駄になる。俺が行くしかない!)


意を決した翔太は、草むらを飛び出した。


「おい、ここだ!」

大声を上げて、奈々美の視線を引きつける。


奈々美は即座に翔太を捉え、眉をひそめた。

「……そんなことして、どうするつもり?」


「どうするかだと?決まってんだろ!」

翔太は全力で駆け出し、牢屋に向かう。奈々美は鋭い目を光らせ、一瞬の迷いも見せず翔太を追い始めた。


翔太が砂場を越え、滑り台の横を駆け抜ける。その背後からは、奈々美の素早い足音が迫ってくる。


「逃げ切れるとでも思った?」

奈々美の声が冷静に響く。


(速い……!けど、ここで立ち止まるわけにはいかねえ!)


翔太は心臓が破れそうなほど鼓動を感じながら走り続けた。だが、奈々美との距離は徐々に縮まっていく。


「ここまでね。」

奈々美の手が翔太の背中に触れる寸前、翔太は大きく方向を変えた。


「甘いぜ!」

翔太は滑り台の下をくぐり抜け、鉄棒の脇を駆け抜ける。しかし、奈々美も即座に進路を変え、鋭いカーブで追いかけてくる。


(ダメだ……全然振り切れねえ!)


翔太は息を荒げながら、心の中で叫んだ。

(助けなきゃ……!けど、俺じゃ無理なのか!?)


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隼人は滑り台の下をくぐり抜け、ジャングルジムの隙間を利用してさらに距離を取ろうとする。だが、大地はその動きを完全に読んでいた。


「お前の動き、全部見えてるぞ。」

大地は無駄なく障害物を回避しながら隼人との距離を詰めていく。


(やっぱり大地は速いな……だが、速さだけじゃ勝てない。)

隼人は最後の力を振り絞り、さらに複雑なルートを選び、大地を誘導するように動き続ける。


だが、体力の限界が近づき、大地が隼人の背後に迫る。


「捕まえた!」

大地の手が隼人の肩に触れる。隼人は立ち止まり、軽くため息をついた。

「やるじゃないか。」


「これで終わりだな。」

勝ち誇った笑みを浮かべる大地。しかし、隼人は悔しがる様子を見せず、淡々とした表情を浮かべていた。

「どうだろうね?」


「何?」


グラウンド中央で隼人が捕まった瞬間を目撃し、翔太は足を止めた。


「……隼人……。」


すぐ後ろにいた奈々美が冷静な声で言う。

「終わりね。リーダーが捕まったんだから。」


翔太は唇を噛みしめながら奈々美を睨んだ。

「ふざけんな!隼人がいなくても、俺たちは負けねえ!」


奈々美は薄く笑い、冷たい声で続ける。

「そう思ってるのはあなただけ。隼人がいなきゃ、何もできないでしょ?」


その言葉に翔太は拳を握りしめ、悔しさを隠すように叫んだ。

「うるせえ!絶対に負けねえんだよ!」


奈々美はわずかに眉を上げて見せたが、すぐに冷静さを取り戻し、興味深げに呟いた。

「……じゃあ、見せてもらおうかしら。どうやって逆転するのか。」


翔太は答えず、再び牢屋の方向へと駆け出す。その背中を追いながら、奈々美は視線を鋭く巡らせた。


(……まだ他に誰か動いてる?)


彼女の目が一瞬だけ牢屋の周囲を捉えた――だが、それが次の出来事の予兆だとは気づかなかった。


その時、牢屋の近くで動きがあった。奈々美が気づく前に、美咲が静かに牢屋に接近し、柵に手を伸ばす。

「タッチ。」

小さな囁き声とともに、直樹、花音、拓海が解放される。


「美咲!」

驚いたように声を上げる直樹を、美咲が静かに制する。

「声を出さないで。今すぐ逃げるよ。」


3人は一斉に牢屋を抜け出し、四方へ散った。奈々美が慌てて追おうとするが、美咲たちはすでに茂みに隠れていた。


「……なんだと。」

牢屋が空になったことを知った大地の表情が険しくなる。


隼人は捕まったまま静かに笑みを浮かべた。

「俺を捕まえるのに必死で、周りが見えなかったみたいだな。」


大地は歯を食いしばりながら、拳を握りしめた。

「くそっ……!お前、最初からこれが狙いだったのか!」


「いや、美咲が救出に行ってくれるかは賭けだっだ。」

隼人はそれ以上何も言わず、大地を見つめ返す。その瞳には、まだ余裕の色が残っていた。


牢屋の中では、隼人が静かに座り込んでいる。遠くの茂みに隠れた美咲たちの気配が完全に消えたのを確認した大地は、悔しさを滲ませながら拳を握りしめた。


「……まんまとやられたな。」

大地がぽつりと呟く。


「あいつ……隼人は本当に頭が切れる。俺を完璧に使いこなして、自分が捕まる前提で作戦を立てていたんだろうな。」

悔しさが残る声ではあったが、大地の表情にはどこか満足げな笑みが浮かんでいた。


奈々美は静かに息を吐き、牢屋の周囲を改めて見渡す。

「でも、次はそうはいかない。美咲に隙を与えたのが間違いだったわ。」


「だな。次は絶対に全員捕まえる。」

大地は険しい表情で遠くの茂みを見つめた。その目には、悔しさだけでなく、勝負への期待が宿っている。


「ここからは本気を出す。隼人にも、美咲にも、逃げ道なんか与えない。」


奈々美が頷きながら、静かに言葉を重ねる。

「これ以上、逃げられると思わないことね。」


大地の拳がゆっくりと固く握り締められる。気合いがこもったその動きに、奈々美は微かに微笑んだ。


そして、牢屋の周囲には再び緊張感が漂い始める。まるで、静寂の中に嵐の予感が潜んでいるようだった――。

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