第10話
???「何か騒々しいですね……」
ここは、冥府。死後の亡者を裁判し、罪状を述べる場所。冥府は大抵厳かに静かに行われる神聖な場所なのだが、今日は何やら騒々しい。
???「あっ……紅緒さん。」
???「橙さん!何かあったんですか?この騒がしさは……?」
不思議そうに橙をみつめ、質問しているのは紅緒である。
橙「………いえ。少し大事が起きていまして……。私と雨花さん以外は一旦帰宅してください。指示が出るまで家から出ないことです。分かりましたか?」
紅緒「え、……えぇわかりました。」
そう言い残すと橙は、第一裁判所まで走って去っていった。
紅緒「何か胸騒ぎがする……」
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???「「通り妖魔」ですか……」
???「…………」
???「あぁ、俺たちが10年間探し続けてる大罪者である「通り妖魔」……。そいつがまた行動を取り始めた。今の死神組の体制ならそいつを探し出せるかもしれない。」
???「そのために、雨花を呼んだんだ」
話し合いをしているのは、橙と、雨花。そして死神組である兎白と瑠璃人である。
橙「確かに雨花さんなら、「通り妖魔」が起こした事件現場から追えるかもしれませんね。」
兎白「なぁ雨花。頼む。お前の力が必要なんだ。」
雨花「…………」
瑠璃人「雨花?」
雨花の目は、どこをみるわけでもないような。でもどこかをみているようなそんな目をしていた。
雨花「分かった。やるよ。」
兎白「!あぁ頼む」
瑠璃人「じゃあ行くか。」
橙「(…………雨花さんの様子が……何か?)」
橙は一つの疑問を持ちながら、三人と共に移動した。
???「…………「通り妖魔」!」
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雨花一行は、事件現場に着いた。そこはとても事件現場とは思えない程、何もなく、荒らされた形跡もなく、逆に何もなさすぎて不審だった。
兎白「ここなんだ。雨花分かるか?」
雨花「…………」
雨花が地面に手を置き、目をつぶり神通力を使う。
雨花「神通力・【蔵頭露尾】(ぞうとろうび)」
地面に置いた雨花の手から濃い紫と黒の混じったバツ印が黒く光って出てきた。そして風と共にバツ印は消えた。
雨花「…………」
兎白「……どうだ?わかったか?」
橙・瑠璃人「ごくり……」
雨花がゆっくり目を開ける。
雨花「分かった。あの角を曲がって9件目の空き家の中」
がさごそ。
急に何かが動いた音がした。
兎白「!全員攻撃態勢!」
瑠璃人「はい!」
死神組の隊員も攻撃の準備を始めた。橙もいつでも妖術を使えるように構える。
雨花「大丈夫だよ。みんな」
雨花が突然みんなに何事もないかのように言葉を発する。
兎白「どういうことだ?」
橙「雨花……さん?」
すると、雨花はこう続ける。
雨花「今動いたのは、紅緒ちゃん。「通り妖魔」を殺しに行ったんだと想う。」
橙・兎白・瑠璃人「!」
死神組がざわめいた。もちろん橙も。
なぜなら……
橙「紅緒さんは恋人を「通り妖魔」に襲われたんですよ!?どうして紅緒さんを行かせたんですか!!」
兎白「まずいことになったな。このままだと協定違反になるぞ……そうなると益々妖術との間に溝ができる……」
瑠璃人「どうするんですか。組長。」
雨花「…………」
人と神、そして妖怪との間にできた協定とは、「神様見習いの修行相手として妖怪と対峙し、神様見習いが負ければ、神様見習いの血を一定の量だけ飲んで良い。また、神様見習いが勝った場合、神様見習いの力が向上する。」というもの。この協定を結ぶことで人間を襲う妖怪も減ってはいる。しかし、ここまで妖怪寄りの協定を結んだ理由は、亡くなった者やこの世にいるごく一部の者が使える妖術という妖怪の力のおかげでこの世とあの世の均衡がある程度は保たれているため。それに漬け込み妖怪寄りの協定を結ぶことになった。しかし、この協定を守っている妖怪は少なく、神様見習いの血を一定の量を越えて飲んでいる妖怪や「無法地帯」と言われる妖怪の巣窟という場所があり、そう決めたわけじゃないのに妖怪が勝手にこの土地ではその協定を守らなくて良いと決めた土地もある。
橙「協定違反も問題ですが紅緒さんを早く止めないと……!紅緒さんがもし「通り妖魔」を殺したら妖怪に何をされるか……。雨花さん!早く瞬間移動させて下さい!」
雨花「…………」
橙は、雨花を連れて「通り妖魔」の住む空き家に雨花の力を使って瞬間移動をした。
兎白「俺達も行くぞ!」
瑠璃人「はい!」
死神組も橙たちに続いて、空き家へ瞬間移動をした。しかし、
橙「!どうして中に入れないんですか!?[
瞬間移動した先は、空き家の前。空き家の中には入れなかった。
橙「雨花さん!!黙ってないで何とかして紅緒さんを止める方法を考えて下さい!!」
「(紅緒さんは今、冷静じゃない。冷静じゃないから私でも難しい妖術を使えている。じゃなきゃ中には入れない。このままだともし、殺しても魂の一部が欠けてしまって心が削れてしまう。そうなったら生まれ変わることもできず、楽しいことも喜びも感じにくくなってしまう。)」
橙「…………(一体どうしたら……)」
雨花「中に入れれば良いんでしょ?」
橙「そうですが……」
雨花「今まで「通り妖魔」の事件現場は半径1mの範囲内の全てがなくなっていた。「通り妖魔」の力は、対象の一番大切な記憶を吸い込んで、絶望の記憶に改竄する能力。
きっと力を使う代償として周りのものを吸い込んで痕跡を残しざる負えなかったんだと想う。なら半径1m内に入れば良い。まさか相手が自分の間合いに入るなんて思わないだろうし。その意表を突く。「通り妖魔」のことを考えるんじゃなくて半径1m内に入ることを考えて神通力を使う。神通力は妖怪には攻撃出来ない。けど攻撃出来ないからこそ間合いに入り込める。「通り妖魔」が警戒していない神通力なら。使える。」
と、淡々と少しも揺れることない声で自分の考えを告げた。
橙「分かりました。やりましょう。」
「死神組の方々は待ってられませんね。」と言うと橙は雨花に掴まる。
橙「お願いします!!」
すると、大きな竜巻が橙と雨花の周りに起こり、凄まじい風と共に瞬間移動した。
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???「やっと追い詰めた。お前は……お前だけは……!絶対に殺してやる……!!!!」
怒号をあげ、体の血管が浮き出るほど怒り続けているのは、紅緒だった。いつものオロオロした態度と大きく変わり、その姿は地獄の獄卒も声を上げて逃げ出す姿だろう。
通り妖魔「別に殺してるわけじゃないだろ。何をそんなに怒ってるんだ?そんなに怒らせるようなことしたか?」
通り妖魔は、ヤモリのような体で、下が蛇のように伸びていた。
紅緒「……は?」
通り妖魔は、当たり前かのように話を続けた。
通り妖魔「大体お前らはキモイんだよ。自分の大切な人が襲われてそれで復讐するだのなんだのって……バッカみたいだな。はははは。復讐してる悲劇のキャラっていう設定に酔ってるだけなんだよ。お前らは。俺は生きるためにやってるだけだ。お前だって生きるために豚だの牛だの鳥だの殺して食ってるだろ?その点は俺は生き物を殺さずに生きていける。俺の方がよっぽどお前らより優しいと想うけどな?」
紅緒は先程とは打って変わってピキピキとなっていた血管が収まり、代わりのようにこう言った。
紅緒「お前はどの世界にも存在してはいけない。」
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紅緒は、これほど心の中で憎悪が巻き起こったのを感じたことはない。これほどまでに生き物に対して憎しみを感じたことがあっただろうか。生き物にこんなに強く殺意を湧くなんてことがあっただろうか。
《お前は偉いな。周りに悪く言われてもそれを受け止められるなんて》《また一緒に出かけような》《はい、これ誕プレ。……なんだよ。俺がこんなの渡すのがそんなに意外だったか?》
《お前とはずっと一緒にいたいな。》
紅緒は。その瞬間妖術でロープを作り、通り妖魔の首を締め上げた。
通り妖魔「……!くっ、苦しい……」
紅緒「そのままくたばれ!!このクソ野郎!!あんたのせいだ!!全部あんたのせいで!!私は……!大切な人を失った!!人生で一番好きだと感じた人……あんなにそばに居たいと想えた人……その人とはもう元には戻れない…………!あんたのせいで!!!!」
???「紅緒さん!!!!」
紅緒・通り妖魔「!」
???「紅緒さん。落ち着いて。殺すなんて絶対ダメです。妖怪を殺したらどうなるかあなたはよく分かっているでしょう!?」
こう話したのは橙だった。
紅緒「でも、こいつのせいで……私は……!!」
橙「それでも殺すのは絶対ダメです。あなたの神生が台無しになってしまいます。一生妖怪から逃げ続け、もし、魂が欠けたらあなたの心も欠けてしまい、あなたの大切なものがもう二度と感じられなくなってしまうんですよ!」
紅緒「そんな綺麗事聴きたくない!!!!」
???「そうだよね。綺麗事だよね。」
紅緒・橙「!」
雨花が話し始めた。
雨花「紅緒ちゃん。感情のままに動くとその先に後悔と自責という決して逃れられない自業自得が待ってることもある。だから一旦冷静なって欲しい。殺したいなら好きにすれば良いとわたしは想う。あの世にもこの世にも「殺しちゃいけない」っていうルールはないんだよ。「殺し」というものが行われると、たまたま周りが困ったり、めんどくさいことになるから。だからたまたま「殺さない」っていう選択を取る人がが多いってだけで。「殺す」のも「殺さない」のもどっちも"強さ"だよ。わたしは紅緒ちゃんの意見を尊重する。それが例え「殺す」という選択でも。
……でも「殺す」という選択をしたらもう二度と元には戻せない。例え後悔しても、もう二度と前には戻れない。……けれど、どっちも"強さ"という点で同じなら「殺さない」という選択の方が幾分か素敵だと想う。生き方だって変えやすいし、取り返しだってつくから。」
紅緒「…………」
雨花「紅緒ちゃん。今は命令も指図もしない。ただ聴くの。紅緒ちゃんはどうしたい?」
すると、握りしめていたロープがゆっくり解けていき、紅緒は膝からがくりと落ちた。
紅緒「…………殺すのも殺さないのもどっちも"強さ"……。」
雨花「…………」
紅緒の目からぽたぽたと涙が出てきた。
紅緒「こんなに……こんなに憎んで……殺してやりたいのに……やっぱり殺せない。殺すことが出来ない……!」
雨花「うん、それもまた紅緒ちゃんの"強さ"だよ。」
橙は、この光景をじっとみていた。雨花は、一体どんなことをして、どんな後悔を背負っているのだろうと。改めて考えた。でも今は、それを考えるべき時じゃないと紅緒を優しく抱きしめた。
紅緒「…………くっ……うぅぅぅ」
橙「私たちがいます。紅緒さん独りで抱え込む必要はないんですよ。」
一方、通り妖魔はこの隙に逃げようと考え、空き家から出ようとしていた。しかし……
ドゴンッッッッ!
橙・紅緒「!」
雨花が通り妖魔の行く手を自分の武器である傘を使って刺したのだ。
通り妖魔「何だ?お前らはもう俺に用はないだろ。あいつは俺を殺さないらしいし。」
雨花「いえ。あなたには罪を償う義務がある。紅緒さんの恋人や他の方々の記憶を勝手に改竄し、絶望させたこと。これはとても重い罪であり、人間と神、そして妖怪との間に作られた協定違反。あなたはこれから妖怪専用の刑務所に入り、そこで罪を償うのです。そして、自分が傷つけてしまったことを決して無駄にしないように生き方を変えなさい。無駄にするものかとそう想って生きて下さい」
通り妖魔「けっ、そんなことしたって俺が襲った事実は変えられないけどな」
雨花「そうです。変えられません。……それは、わたしも痛いほど知っています。それでも傷をつけてしまったということを無駄にしちゃいけないんです。だって無駄にしたらその人たちの負った傷が蔑ろにならせてしまうから。だからこれからの生き方を変えるしかないんです。本当に辛いことですが、そうすれば自分の心も守れるし、死んだ時「頑張ったね」と言われる一生をわたしはあなたにも送って欲しいから。」
通り妖魔「…………キモ」
???「よし、ここから入れるぞ!」
???「はい!」
雨花・橙・紅緒「!」
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中には入ってきたのは死神組の兎白と瑠璃人たちだった。
兎白「よし、通り妖魔確保!全隊長に知らせろ!」
瑠璃人「分かりました!」
死神組が空き家を取り押さえ、通り妖魔は死神組の本拠地に送られた。
兎白「それにしても何で「通り妖魔」は、あんな脱力したような状態だったんだ?」
橙「それはきっと雨花さんがあまりにも「通り妖魔」にとって綺麗事を言ったからだと想います。それで危害を与える気も失せたんでしょう。」
瑠璃人「あいつ一体何言ったんだ?」
橙「…………」
《……それは、私も痛いほど知っています。》
橙「(雨花さん……雨花さんは何で……)」
???「あの……」
橙「どうしたんですか?紅緒さん?」
橙たちに声をかけたのは紅緒だった。
紅緒「色々ありがとうございました。こんな騒動を起こしたのに私はお咎めなしなんて……良いんでしょうか…………」
すると、雨花が話し出した。
雨花「良いんだよ。紅緒ちゃんは今からまた自分なりの生き方で生きていけば良いんだよ。それが難しいなら手伝うし。ね?」
紅緒「…………ありがとうございます。」
紅緒は、涙を流しながら頭を下げた。
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橙「…………」
雨花「ん?どうしたの?橙ちゃん?」
橙「いえ……ふと想ったんです。人を傷つけたらもう元には戻せない。今更大切にしたいって想ったってもう遅い。痛い目をみたあとではもう遅いのだろうと……」
すると、雨花は遠くをみつめながらこう答えた。
雨花「大切にしたいって想ったなら、これからは大切にしていけば良い。自分なりの方法で大切にすれば良い。もし、その方法で相手を傷つけたら、その時はお互いにとって一番良い方法を話し合って、お互いの気持ちを少しずつ尊重していけば良い。大切にするのって過去も今も未来も丸ごと抱きしめることだと想うから。その方法をみつけるのは本当に難しいけど、大切にしたいならゆっくり探していけば良い。それだけの事。」
雨花は、話を続ける。
雨花「人生のどん底まで落ちて、ぐちゃぐちゃになって、そうしないと分からない気持ちだってあるよ。そういう気持ちの分かり方や気づき方があった方が良いと想う。その方がもっと相手や自分の気持ちを大切にできると想うから。だから人を傷つけても、それは絶対無駄じゃない。無駄になんてしないって生きていけば、その先で出逢える人の事を想いやれるかもしれないと想うよ。」
橙は、「(そういう考えを自分にも向ければ良いのに)」と想った。
雨花「紅緒ちゃん。幸せになって欲しいね。」
橙「そうですね。本当に。」
こうして二人は満月をみながら帰路についた。
紅緒
過去→「通り妖魔」と言われている妖怪に恋人が襲われた過去を持つ。その際、恋人の記憶の中に一番強く残っていたのが、紅緒だったため、(紅緒の恋人は、人付き合いが苦手で、初めて仲良くなったのも、恋人になったのも紅緒一人だけだった。紅緒のことをとても強く愛していた模様。)「悪夢」に改竄されてしまった。(妖魔の妖術は、対象の一番大切な記憶を吸い込んで、その人にとって最も恐ろしい記憶に改竄されてしまうというもの。)その結果、恋人は紅緒をみる度に、絶望した目を向けるようになり、そういう彼を元に戻すため紅緒自身との記憶を紅緒自身の自分の恋人を襲った原因でもある妖術で恋人の記憶を消した。このことから現在も逃げ続けている「通り妖魔」を今も尚探し続け、
そして……殺そうとしている。
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