第一章 陰謀
第一回目のPTA会長はハメられました。
長男が小学校一年生の冬、自宅に一本の電話がかかってきたことから何もかもが始まりました。電話の相手は同じ学区内に住んでいる現PTA会長でした。
もちろん、小学校に入学したタイミングで訳も分からずPTA会員なるものには入会させられておりましたが、PTA役員といった方々は、何か徳を積んだ雲の上の存在、要は自分にはまったく関係のない世界の人種と、思考の片隅にすら浮かばないほどでした。
そんな存在からの電話、応答した瞬間まで脳は白紙状態です。
『来期のPTA役員になってほしい』
めちゃくちゃ簡潔明瞭単刀直入の剛速球です。
「え? は? なんて?」
脳に侵入した“PTA役員”というワードが文字と意味を伴うまで、いや、伴ってからも私の脳内は?マークと共に大音量のアラートが鳴り響いております。
人という存在は日々の安定を求めて行動し、明日や未来の安寧が継続することを目的として生きています。不安を感じたり心配事に対処することなく、何も考えず笑ってお腹が満たされ暖かい布団でぐっすり眠る。この安定性を求めるものです。
現代社会に於いて、明日どんな手段で糊口を凌ごうか、などという暮らしは少なくなり、貧しいながらも人として最小限の幸せを得られればそれでいい的な小市民である私にとって“PTA役員”という言葉は異物そのものでした。
思考停止している私に現PTA会長は、PTA組織の意義や責務から始まり、どうせ六年間で一度は順番が回ってくるんだから早いか遅いかの違いだけさ、などとぶっちゃけつつ最終的に「とりあえず来週PTA役員会があるから見に来てよ」的なフランクさで押し切りやがりました。
電話の後で冷静になった私は、勧誘された誰もが思う「なんで私が?」という疑問に苛まれ、いきなり訪れた非現実の世界に困惑するばかりでした。
当時(今でもだけど)めちゃくちゃ多忙な会社でめちゃくちゃ多忙に仕事していた私は、仕事を理由に皆の前ではっきりと断ろう! と誓い会議に赴きました。
結果として来期のPTA副会長を任命されました。
「仕事が忙しいのですが」
「大丈夫、みんな働いているから!」
「出張も多いのですが」
「大丈夫、用があるときはしょうがないさ!」
「行事とか会議とか平日はほぼ参加できませんが」
「出られる範囲で構わないから!」
現在の役員10名と先生方に囲まれた、私を含む来期の予定者5名は、どんな抗弁も予め質疑応答表でも存在しているかのような答えで押し切られ、やがて沈黙と共に首を縦に振るしか選択肢はありませんでした。
ただ、副会長、副会長、書記、会計、監査役という、どの役名を担うかという問題を巡って、新任五名の間で水面下の戦いが続きます。
五名のうち男性は私一人。
副会長は次期の会長候補。
会長は基本的に男性が担う。
………そう、人選段階でまんまと嵌められていて、私は副会長しか選ぶことができなかったのです。選ぶ? ……選んでないんですけど?!
斯くして、何も知らない哀れな私は、息子が小学二年のタイミングで副会長を務め、翌年には予定通りPTA会長の座に君臨する羽目になったのです。
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