第24話 商談

 港湾都市オリネアに戻って来てから三日目。


 俺は内庭で、昨日から始めた朝の素振りをしていた。


 周囲の衛兵たちは、興味深そうに俺の素振りを見ている。


 大剣を片手剣のように振り回すってのは、確かに少し珍しいかもしれんけど、仕事である見張りを忘れて見入るのはちょっといただけねぇなぁ。


 ま、見慣れれば気にもならなくなるか。


 素振りを終えると、いつの間にか庭の隅に控えていた侍女が、俺にタオルを渡してくる。


「お疲れさまでした。入浴の準備が整っております」


「ああ?! この程度で風呂に入れってのか?! 水が持ったいねぇだろう?!」


「貴族のたしなみとお考え下さい」


 めんどくせぇ風習だなぁ。汗を拭きゃあそれでいいじゃねぇか。



 入浴を終え、着替えを済ませた俺は、なぜか部屋に入ってきたゲッカを膝に乗せ、ソファでくつろいでいた。


「ゲッカ、お前アヤメに付いてなくていいのか?」


 ゲッカが応じるように短く吠えた。


「お前……『ワン』じゃなくてよ、あいつの護衛なんだろう? なんで俺に引っ付いてくるのかね」


 再びゲッカが短く吠える。


 正体は大剣だというこの白い狼が、何を考えてるかなどさっぱりわからん。


 不思議と抜け毛がない辺りは、まっとうな生物じゃない証拠なのかもしれない。


 ゲッカを膝の上で撫でていると、クラウスが現れ告げる。


「旦那様、お客様がお見えです」


 俺は相手がわからず、眉を寄せて尋ねる。


「客? 誰だよ?」


「フロリアン・クラウゼという、この町の商人です」


 ――フロリアンが?!


「わかった、すぐに通してくれ」


 クラウスが冷静な声で告げる。


「旦那様、客人を迎える時は応接室をお使いください」


 ゲ、めんどくせーなー……。


 俺はゆっくりと立ち上がり、クラウスに応える。


「わかった、その部屋で待つ。どこだ? その部屋は」


「こちらです」


 俺は歩きだすクラウスの背中を追って、応接室を目指した。





****


 応接室のソファに腰を下ろして待っていると、クラウスがフロリアンを連れて部屋にやってきた。


 俺は立ち上がってフロリアンを出迎える。


「よう! 久しぶりだな、フロリアン」


 フロリアンは呆然とした顔で俺に応える。


「うわぁ……本当にヴァルターの旦那じゃねぇか。

 領主に元傭兵が着任したと聞いてはいたけどよぉ」


 俺は苦笑を浮かべて応える。


「宰相の野郎にはめられてな。爵位を受け取らざるを得なくなった。

 こんなものは俺の柄じゃあねぇんだが、受け取っちまったもんは仕方がない。

 今はひよっこの領主として暮らしてる」


「あのちっこい嬢ちゃんはどうしたんだ?」


「この家に居るぞ? あいつに話があるのか?」


 フロリアンが慌てて手を振った。


「いやいや、今日はあんた、いや、新しい領主様に挨拶に来たんだ。

 噂の元傭兵がヴァルターって名前までは突き止めたんだが、確証がなくてな」


「そうか――まぁ座れよ、俺もあんたには話が合ったんだ」


 俺たちはソファに座り、侍女が紅茶を入れていくのを待った。


 侍女たちが下がってから、フロリアンが切り出す。


「それで、俺に話ってのはなんなんだ?」


「ああ、あんたこの町の大商人だろ? 手広く商売をしてるはずだ。

 今のこの町と、その周辺の商売がどんなもんか、まず聞いておきたい」


 フロリアンがニヤリと微笑んだ。


「普通は話しゃしないが、領主様の頼みだ。大商人と見込まれたからには、話せることは話そう。

 ――まず、野盗は相変わらず多いな。流通が滞りがちだ。

 だから食料品や生活必需品を中心に、よく売れてるよ。

 まだ嗜好品はそれほど多く流通していない。この町の商人に、嗜好品を取り扱う奴が少ないってのもあるけどな。

 王都じゃ嗜好品の売れ行きが上がってるが、陸路で隣国から仕入れてる物が主な商品だ。

 こんなところで構わないか?」


 やはり、流通している商品はこの家の事業内容と大差ないか。


 嗜好品の取り扱いは、船便で持ち込む商人がいねぇんだろうな。


 近くの港湾都市から嗜好品を運ぶより、陸路で産地から運ぶ方が近い――そんなところか。


 野盗が多いのは、脱走兵崩れが野盗になったり、困窮した民衆が野盗になったりって定番のパターンだろうな。


「助かるぜフロリアン、これで色々とわかった。

 傭兵たちは商品護送の仕事を率先して受けてるか?」


「前よりは応じてくれやすくなったな。

 だが護送は退屈な仕事だ。移動先から戻ってくる仕事の保証もない。

 その場合は自腹で戻ってくることになるから、あまり人気の高い仕事じゃねぇなぁ」


 そこは変わらねぇか。元々、旅のついでに受けるような仕事だしな。


「あんたの商売の種は、この町から素材を近くの町に運んで加工してもらい、そこから加工品をこの町に運んで戻ってくる――この理解であってるか?」


 フロリアンが驚いたように目を見開いた。


「そうだが……どこで聞いたんだ?」


「家の事業資料を一昨日、見せてもらったからな。

 それで見当をつけただけだ。

 やっぱりこの町には加工工場が足りねぇってことか。

 ――なぁフロリアン、この町に加工工場をつくって加工品をこの町で提供する話、一枚噛んでみないか?」


 フロリアンが楽し気に微笑んだ。


「おや、商売の話かい? 傭兵のあんたから、そんな話が出てくるとは思わなかったぜ」


「ははは、俺も柄じゃねぇとは思ってるんだがな。

 近々、顔見せの夜会を開くが、おそらくこの町で頼りになる商人の一人があんただ。

 あんたの飯の種を潰す話でもあるし、この際新しい事業に投資して、一緒に事業をやらねぇか?」


「そりゃあ構わないが……何をどうするつもりだ?」


「あんたは他の商人にも顔が効く。違うか?

 だからそれを利用して、加工工場を作る手伝いをして欲しい。

 人を集め、素材の流通経路を作り、加工品を作って町に流す。

 俺が生産工場を経営するから、あんたは町の人間に広く加工品を流せ。なるだけ安くな。

 充分に利益が見込める話だと思うが、投資する気はあるか?」


 フロリアンが目を落とし、真顔で深く考え込んでいた。


「……そうだな、どちらにせよあんたがその事業を始めるなら、今の商売は割高の商品を売りつけることになる。

 それならあんたの話に乗って、あんたから買い取った商品を俺が町の人間に売る。

 最低でも、今と変わらない利益が見込めるだろう。

 隣町と往復する回数が減る分、護衛の経費も減らせる。

 充分に応じられる話だと思う」


 俺は頷いてからクラウスに告げる。


「クラウス、商品の選定と素材の輸送路の構築、人材の手配と加工工場の建設、細かい話はフロリアンと打ち合わせてくれ。

 おそらくクラウスが手配をするより、安く工場を作れるはずだ」


 クラウスが頭を下げて応える。


「かしこまりました。では今のうちに話し合えることを、クラウゼ様と詰めておきましょう。

 ――クラウゼ様、こちらのサロンへお越しください」


 フロリアンが頷いて立ち上がり、俺を見下ろして告げる。


「驚いたぜ、あんた、商人の才能があったんだな」


 俺は肩をすくめて応える。


「そんなもんがあるかは知らんよ。領主として収入を増やし、住民に仕事を回す、そのために必要なことを考えただけだ」


 フロリアンが楽しそうに笑った。


「ハハハ! あれほど猛々しく剣を振るうあんたが領主と聞いて少し不安になっていたが、頼りになりそうで安心した。

 これからも商売のネタがあったらよろしく頼むぜ。あんたの話は、旨い商売に繋がりそうだ」


 フロリアンがクラウスと共に廊下に消えるのを見届け、俺はつぶやく。


「商売の才能ねぇ……そんなもんが俺にあるのかね」


 俺はゆっくりと立ち上がって、応接室を後にした。





****


 サロンでクラウスと事業計画を話し合っていたフロリアンが告げる。


「――取り扱いやすい商品は、このぐらいだろうな。

 シャッテンヴァイデ伯爵家の農地から得られる素材で全部賄える。

 工場の建設素材と大工の手配は俺に任せてくれ。

 伝手つてを使って、安く仕入れてみせる」


 クラウスが頷いた。


「では私は、素材の輸送経路の構築と工場で働く職人の手配を行いましょう。

 領地の私兵を使えば、護送も問題ないでしょう」


「ああ、それなんだが熟練の職人が足りないだろ?

 俺が隣町から何人か、勧誘して来てやるよ。

 しばらく商品の質が落ちるだろうが、数か月で元の品質に戻せるはずだ」


「ええ、それをお願いできるならぜひ」


 商談がひと段落し、フロリアンが紅茶で喉を潤した。


「――しかし、あのヴァルターの旦那がこんな話を持ちかけてくるか。

 人は見かけじゃわからねぇって言うが、ほんとだな」


 クラウスが穏やかに微笑んで応える。


「私も最初はすべての事業を見るつもりでおりましたが、いやいやこれがなかなか。

 私が立てる事業計画よりも斬新で確かなお話ばかり、私自身も驚いておりますよ」


 フロリアンがニヤリと微笑んだ。


「あんた、ヴァルターの旦那をどう見る? 

 あんな戦場でしか生きていけないような傭兵が、領主としてやっていけると思うかい?」


「旦那様は未だに納得されておられないご様子。

 ですが領主として確かな目と機転、明確なヴィジョンを持っておられます。

 じきに慣れて頂けるかと」


 フロリアンが小さく息をついた。


「余計なお世話かもしれんが、旦那にも息抜きを用意してやった方が良いぞ?

 ああいう戦場を好むタイプは、平穏な生活で息が詰まる。

 ある日突然『領主なんて辞めだ!』と言い出さないように、適度に暴れさせた方が良い」


 クラウスが頷いて応える。


「はい、ご忠告痛み入ります。では対策を考えておきましょう」



 フロリアンはクラウスと別れ、屋敷を出て馬車に乗りこんだ。


 馬車で揺られながら、この港湾都市が発展していく未来を思い描き、今後の商機に思いを馳せていた。

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