第23話 領主の仕事

 俺は使用人たちに居場所を聞きながらクラウスを探し出し、三通の手紙を渡した。


「これが俺たちの手紙だ。よろしくたのむぞ」


 クラウスがわずかに目を大きくして手紙を一瞬見つめると、すぐに手紙を受け取り頭を下げた。


「確かに、お預かりいたしました」


「それと、今のこの家の事業のあらましと事業計画があれば見せてくれるとありがたい。

 関係する商人や貴族たちを呼んで、俺の顔を知らしめる夜会を開こう。

 何か有意義な話がきけるかもしれん。

 こちらは急がないから、手が空いてるうちに手配を進めておいてくれ」


 クラウスがわずかに戸惑う様子を見せた。


「……かしこまりました。

 しかし旦那様、どこでそのようなプロトコルを覚えなさったのですか?

 そうしたお披露目の夜会は貴族の風習、決して傭兵の人生とは縁がなかったと存じますが」


 おっと、この男が驚くのは珍しい気がするな。


 俺はニヤリと微笑んで見せて応える。


「貴族のプロトコルなんてものは知らん。

 だが王宮の戦勝夜会、あれで貴族共から有意義な話を色々と聞けたからな。

 それに事業を起こしているなら、領主として顔見せぐらいはしておくものだろ?

 そいつらからも、今後のためになる有意義な話が聞けるかもしれん。

 この町の状況も、商人どもは肌感覚で理解しているだろう。

 じかに町を見て回るのもいいが、鋭敏な商人どもの感覚を利用するのが手っ取り早い。

 ――そんなに意外だったか?」


 クラウスはすぐに真顔に戻り、俺に頭を下げた。


「いえ、私の旦那様への理解が足りておりませんでした。

 これで旦那様がどういった方なのか、把握できたと思います。

 夜会は二週間後辺りでよろしいでしょうか」


「おう、時期は任せる。

 参加者の都合もあるだろうし、そこは詳しいお前に一任するよ。

 事業の資料と説明は、セイラン国への使者の手配が終わってからで構わない。

 ――ああ、そうそう、セイラン国から、アヤメの履物を取り寄せる段取りも整えてくれ。フデとスミとかいう筆記具もな。

 それにワサビとかいう香辛料が、大陸受けしそうなんだ。

 鮮度が大事らしいんで、≪保管≫を使える人間を手配して、持ち帰って来てくれ。

 ……すまんな、到着早々、色々と押し付けて」


 クラウスがニヤリと微笑んだ。


「いえ、これでこそお仕えし甲斐があるというものです。

 あとは全てお任せください」


 俺はクラウスに手を挙げて、そのまま別れて私室へと戻っていった。





****


 私室でのんびりと夕食の時刻を待っていると、部屋にクラウスがやってきた。


「失礼いたします、ご要望の事業資料をお持ちしました」


 俺はソファから起き上がって応える。


「もう持ってきたのか? だが資料を説明する時間なんて、今のお前にはないだろう?」


 クラウスがニヤリと微笑んだ。


「いえ、今は資料のみをお渡しいたします。

 どうやら旦那様は手持ち無沙汰のご様子、暇潰しに目を通してご覧になったらいかがでしょうか」


 俺は頭をかきながら、クラウスが執務机の上に資料を積み上げるのを見ていた――多いなぁ。


「……俺は、事業資料の読み方なんぞ知らんぞ?」


「いえ、旦那様なら読み方がわからなくとも、この資料から得られるものが必ずあるはずです」


 ホントかぁ? そんな簡単なもんじゃねーと思うんだけど。


 クラウスは資料を置くと、さっさと部屋を辞去していった。


 ……まぁ、暇だったのは確かだしな。


 ソファで寝そべってるよりは、マシな暇潰しだろう。


 俺は執務机に座り、事業資料に目を通し始めた。



 ……この領地の事業、その柱は港湾事業だな。


 やはり船便は強いということか。


 農地からの農産物や畜産物も、利益が低いながらも全体を支える堅実な黒字を出してる。


 だが目玉になる交易品、これがないんだな。


 町の商人たちに譲ったのか奪われたのか……それはそれで悪くないが、領主の柱事業を増やしておくべきだろう。


 港湾事業はインフラ、赤字になっても止められる事業じゃない。


 黒字化できるのが理想だが、ここで利益を上げるのは筋が悪い。


 セイラン国の特産品が届くまで半年以上かかる。それまでに何か考えておきたいところだが。


 ……んー? なんで陸路で仕入れた隣国の特産品を売ってるんだ?


 利益率は……あまりよくなさそうだなぁ。価格競争してるのか。


 港湾事業を持つ伯爵家が、陸路の事業まで手を広げるのは悪手だろう。


 それこそ町の商人に譲るべきだ。


 ギリギリ赤字にはなっていないが、ここはバッサリと事業を他の商人に売ってしまうか。


 クラウスならこれぐらいの判断はできそうなものだが……伯爵家の事業は財産の一つ、勝手に処分はできなかった、というところかな。


 事業計画書を見ていくと、基本路線は領地の農産品や畜産品を地元や海路で遠隔地に運ぶのが柱にはなってる。


 領民、とくに農民の生活を支えるのに、ここは捨てられない。


 だが畜産品があれば日用品への加工業があっても良さそうだが、そちらはないんだな。


 ……めちゃくちゃな事業展開だなぁ。


 前当主、真面目に経営してやがらなかったな?


 農家の収入を維持するためにも、それを生かした事業は必要だろう。


 この町にどれだけ加工業があるかはわからんが、他の町に素材として運ぶだけじゃ利益が低い。


 あとで調べて、必要なら加工業を立ち上げるべきだな。


 ……通してみていくと、この町はほとんどが交易品の通過点でしかないのか。


 領地の農産物は細々と売ってるが、国外からの品を他の町に卸すのが主な町っぽいな。


 素材だけが素通りしていく町――なんとももったいない話だ。


 商人たちと連携して、加工業に力を入れていくのが本線で良さそうだな。


 ――ん? これは嘆願書? こんなもんも紛れ込んでるのか。


 やはり軍から解雇された傭兵たちが治安を悪化させてるなぁ。


 港湾都市に船賃を稼ごうとする傭兵たちがたむろして、どうしても衝突が生まれちまう。


 今までの人生で、何度も見てきた光景だ。


 こいつらに仕事を作り出して斡旋してやる必要があるなぁ。


 ……港湾部の治安維持に、傭兵を雇うか。


 傭兵を抑え込むのに傭兵を使う。少し割高だが、治安悪化を抑えられるというメリットが付く。


 素性の悪い奴は弾く必要があるが、悪くない路線だろう。


 船賃さえ稼げれば、次第に傭兵たちも別の稼げる国に移動する。


 陸路を使わないのは、通行料を嫌がってるのかなぁ。


 戦争のある地域まで移動するのに、トータルで船賃と変わらんくらい取られるからな。


 情勢が安定するまで、そんな計画で傭兵を吸収していけば治安悪化も軽減できるだろ。



 俺は読み終わった事業資料や嘆願書を机の上に放り投げ、椅子に体重を預けて計画の妥当性を検証していった。





****


 夕食の時間になり、私室にクラウスが現れた。


「旦那様、お食事の時間でございます」


「おう、わかった――これ、後で読んで検討しておいてくれ」


 俺は事業計画をまとめた紙をクラウスに手渡した。


 クラウスはサッと事業計画に目を通し、ニヤリと微笑んだ。


「……やはり、旦那様はお仕えし甲斐があります」


「そうか? 素人考えだから、そのまま実行したら問題も多いだろ?

 直せるところは直しても全然構わないぞ?」


「いえ、充分基本路線として通用するかと。

 では以後、これを新たな事業計画として進めてまいります。

 ――ダイニングはこちらです、どうぞ」


 俺は頷いて、クラウスの背中をゆっくりと追いかけた。





****


 夕食のテーブルには領地の生産品と見られる数々、王宮の食事と比べると、比較的質素な料理が並んだ。


 ……まぁ、長い戦争が終わった直後だしな。


 まともな食事が出てくるだけ、裕福な証拠だろう。


 俺の席は、その家で一番偉い人間が座る場所――落ち着かねぇ?!


 俺の隣に座るアヤメが、楽しそうに微笑んで俺に告げる。


「それで、領主一日目の生活はどうだった?」


「どうもこうも、家に来ただけで何かをしたわけじゃない。

 なんにもあるわけねーだろ」


 アヤメが今度は、俺の背後に控えるクラウスに告げる。


「ねぇ、それホント? ヴァルターは今日一日、何もしてなかったの?」


 クラウスが頭を下げて応える。


「いえ、旦那様は立派に領主の務めを果たされた一日だったかと」


 俺は思わず振り返って声を上げる。


「――ちょっと待て?! 俺が何をしたって言うんだよ?!」


「お忘れですか?

 アヤメ殿下の身の回りの品、その手配と新規交易品の選出、夜会の手配、さらには事業計画の見直しと新規事業の打ち出しをなさいました。

 どれも充分、領主の仕事として恥ずかしくないかと」


 俺はジト目でクラウスを見つめて応える。


「何もかも、お前に丸投げしただけじゃねーか」


「領主の仕事は意思決定にこそあります。

 それをなさった自覚くらいは、おありではないですか」


 そりゃまぁ、色々決めたのは事実だが。


 領主の仕事って、こんなんで務まるのかぁ? ホントかぁ?


 俺は満足気に微笑むアヤメに見つめられながら、その日の夕食を平らげていった。

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