第25話 戦士の本能

 俺が執務室で机に向かって書類に目を通していると、ふらりとアヤメが部屋に入ってきた。


「ねぇ~ヴァルター、退屈だよー」


 そろそろ一週間、いい加減に部屋にこもるのも限界か。


「フランチェスカはどうしたんだ? 王宮じゃ、あいつが話し相手になってくれてただろう?」


「んー、なんか『町で調べ物をしてくる』って言って、出かけちゃった」


 調べ物……家族の痕跡を探してるのかな。


 ニコレッタ子爵家の手掛かりは、王宮でもつかめなかったからなぁ。


 俺は書類を机に置いて、アヤメに告げる。


「じゃあ少し町でも見てくるか!」


「うん! いいよ!」


 俺は立ち上がり、クラウスを呼ぶ。


「お呼びですか、旦那様」


「アヤメと一緒に町を見てくる。

 馬車の用意と、あとは剣を一振り、用意しておいてくれ」


「……かしこまりました」


 俺はアヤメの頭を撫でてから、着替えるために部屋に戻っていった。





****


 アヤメが港町の様子を、楽しそうに眺めていた。


 二か月前より、良くも悪くも活気がある。


 傭兵たちが仕事を求め、町をぶらついているようだ。


 住民は彼らを警戒しながら暮らしてる……それも仕方がない話だけどな。


 なんせ相手は戦場で人を殺すためにこの国に来たような男たちだ。


 下手に逆らえば、何をされるか分からん。


 住民たちにとって、心地の良い環境ではないだろう。


 領地の私兵が見回って、時折傭兵たちと衝突している様子も見られた。


 治安が良いとは言い難いな。


 アヤメが俺に振り向いて告げる。


「ねぇヴァルター、いつもの大きな剣はどうしたの?」


「この服装じゃ、あんな物は持ち歩けないからな。仕方ないだろう」


 貴族が着るサテンのシャツに、ベルベットのジャケットとケープ。これに大剣なんて背負ってたら、服がしわになっちまう。


 仕方なくクラウスが用意してくれた片手剣を腰から下げているが、大剣に比べたらかなり心細い。


 アヤメがニコリと微笑んで告げる。


『その装いも、おんしによう似合っておるわ。

 段々と領主らしゅうなってきたではないか。

 我が夫として、相応しい装いと言えようぞ』


 俺はため息をついて応える。


「だから、公用語を話せ。フランチェスカが居ないんじゃ、通訳も頼めん」


「私の夫なんだから、ちゃんとした格好をしないとね! って言ったんだよ!」


 俺はジト目でアヤメを見る。


「お前な、いい加減に考え直せ。

 父親が聞いたら、卒倒するんじゃないか?」


「んー、そうかもね! お父さん、私のこと大好きだし!」


 おいおい、そんなアヤメとの婚約とか、形だけでも頷くのかぁ?


 変なトラブルにならねーといいんだが。


 馬車が急に止まり、俺は御者に告げる。


「どうした! 何があった!」


「はい、前方で大喧嘩をしてるようです!」


 喧嘩だぁ? 血の気が余った連中が息抜きをしてるのか。


 ――剣を合わせる金属音、刃物を持ちだしたか。


「アヤメ、お前は馬車に残ってろ」


 俺は馬車から飛び降り、前方にある人だかりに向かって駆け寄っていった。





****


 人ごみをかき分けていくと、十人以上の傭兵たちが剣を打ち合わせ始めていた。


 すっかり頭に血が上ってやがる。


 周りも剣を持ちだした傭兵たちに近寄りたくなくて、遠巻きに眺めてるだけのようだ。


 俺は隣に居るやじ馬に尋ねる。


「何があった?」


「さぁ……肩がぶつかったのなんだのって、言い争っていたと思ったら急に剣を抜いて、それからああだよ」


 たったそれだけでか。フラストレーションがたまってるんだな。


 俺は剣を打ち合わせる傭兵たちに近づいて声を上げる。


「お前ら! 昼間から何してる! 剣を納めろ!」


「うるせぇ! 口出しするんじゃねぇ! 切り殺されてーか!」


 ……口で言っても分からんか。


 俺は腰の剣を抜き放ち、暴れている傭兵たちの剣を次々と叩き折った。


 剣を折られて驚いている間抜けどもに蹴りを見舞い、地面に転ばせていく。


 こちらに剣を向けてくる奴も軽くあしらい、剣を叩き折って顔面に頭突きを見舞い、蹴飛ばした。


 暴れて居た奴ら全員が腰をつき、呆然と俺を見上げる中で、もう一度声を上げる。


「昼間から迷惑なことをしてるんじゃねぇ! まだ暴れてぇなら、次は命をもらうぞ!」


 傭兵の一人が、呆然と俺に告げる。


「あんた……何者だよ……」


 俺はニヤリと微笑んでやり、応える。


「俺か? 俺はヴァルター・ヴァルトヴァンデラー……シャッテンヴァイデ伯爵、この土地の領主って奴だ。

 俺も最近は暴れてなくてな。暴れ足りないなら、俺がいくらでも切り捨ててやるぞ?」


 別の傭兵が、怯えるような声を上げる。


「あんた、アイゼンハイン王国軍三万を一人で切り殺した傭兵のヴァルターか?!

 そんな化け物が、なんでこんなとこに居るんだよ!」


 どういう話になってるんだ。なんでそんな阿呆みたいな話を信じるんだ? こいつらは。


「その話はともかく、領主が町を見て回るのに、おかしなところはねぇだろうが。

 下らねーことで治安を悪化させるんじゃねぇよ。住民が迷惑するだろうが。

 傭兵の品性が疑われるようなことをするんじゃねぇ!」


 俺が一喝すると、怯えた様子の傭兵たちが次々と逃げ出し始めた。


 ……ま、多少は暴れた後だ、すぐにどこかで暴れることはねーだろう。


 俺は剣を鞘に納めると、周囲のやじ馬たちに両手を打ち鳴らして告げる。


見物けんぶつしまいだ! さっさと散れ!」


 戸惑いながら方々に散っていくやじ馬を見届け、俺は馬車に戻っていった。





****


 馬車に戻った俺を、笑顔のアヤメが迎えた。


「すごい暴れっぷりだったね! やっぱりヴァルターはああじゃないと!」


「お前、ここからじゃ見えないだろう? 馬車の外に出たのか?」


「違うよ? 巫術ふじゅつを使えば、ちょっと先の様子くらいわかるんだよ」


 便利な魔導だなぁ、巫術ふじゅつ


 いつか役立つ時が……いや、アヤメの力はなるだけ頼らないようにしないとな。


 馬車がようやく走り出し、俺は一息ついていた。


 久しぶりに剣を叩き折る感触。まだ手に残るそれが、俺が傭兵なんだと思い出させる。


 アヤメが楽しそうな声で俺に告げる。


「いつもの大剣じゃなくても、あれだけ暴れられるんだね。

 でも、まだ暴れ足りないの? なんだかそんな顔をしてるよ?」


「俺は剣ならなんでも使えるからな。

 戦場で暴れるのに一番向いてるのが、あの大剣ってだけだ。

 あの程度の雑魚相手じゃ、逆に血が騒ぐ。

 やっぱり俺は傭兵だ。領主なんて、柄じゃねぇよ」


 アヤメがニコニコとしながら、俺の頬に指を押し付けてきた。


「だーめ! ヴァルターはちゃんと領主をしてよ。

 じゃないと私の夫に相応しくないでしょ?

 それにヴァルターなら、ちゃんと領主になれるよ。いい領主にね。

 そんなに暴れ足りないなら、さっきみたいな人たちを雇ってみたら?

 それで思う存分暴れちゃうの! 少しはすっきりするんじゃない?」


 なるほど、暴れたい傭兵を雇って、俺の相手をさせるのか。


 報酬を高めにすれば、応じてくれるだろうか。


 そんな金銭的余裕、今の伯爵家にあるのか?


 ……クラウスに相談するだけはしてみるか。



 俺とアヤメを乗せた馬車は、町を一巡りした後、屋敷に向かって戻っていった。





****


 翌日から、傭兵ギルドの掲示板に一枚の依頼書が張り出された。


 内容は以下の通りだ。


『領主の剣の相手を求む。

 相手をする人数は問わない。

 傷を負わせた者には追加で報酬を支払う。

 戦いで領主に負わせた怪我に付いて、一切の責任を追及しない』


 ただ剣の相手をする、それだけで割高な報酬が提示されていた。


 腕に覚えのある傭兵たちは、その張り紙を見てギルドの受付で話を聞き、意気揚々と領主の屋敷へ向かっていく。


 ――その日から、『領主の相手をする時は、予備の剣を持っていけ』という噂話が、傭兵たちの間で広まっていった。

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