第13話 緊急軍議

 軍議室――軍の重要な会議を開く場である。


 その部屋に、国王とレーヴェンムート侯爵、ファルケンブリック伯爵、そして俺とアヤメにフランチェスカが居た。


 他にも何人かの軍参謀らしき男たちや、高位の将校らしき姿もある。


 レーヴェンムート侯爵はテーブルの上にキュステンブルク王国の地図を広げ、現在の戦況を駒を置いて説明していた。


「西から侵攻してきているアイゼンハイン王国の軍は三万、我が軍は二万。

 前線の位置は押されていて――ここにある。

 残る我が軍の兵力は王都に一万。その全てを戦闘に投入することはできない。

 私の率いる騎士団二千が別に居るが、これが最後の切り札だ」


 ここまでは今まで俺が知らされていた知識、だが前線の位置はかなり押し込まれているな。


 前線から王都までの途中に大きな町が三つある。これはもう、諦めるしかないだろう。


 まともに考えれば、ここからキュステンブルク王国が挽回する目はまずない。


 周囲の将校たちの表情も暗い。負け戦だと、薄々感づいているのだろう。


 国王が疲れた表情で告げる。


「この状況を打開する策があると、そう聞いたのだが……それは確かか」


 アヤメがニコニコと上機嫌で告げる。


「たったの三万人なんでしょ? それくらい、私が全部消し飛ばしてあげるよ。

 その代わり、それができたらもっと待遇を良くしてね?」


 ファルケンブリック伯爵が興味深げに告げる。


「魔導術式は最大範囲でも十人を超えるのが限界、それを遥かに凌駕する三万人なんて、どうやって消し飛ばすのですか?」


 アヤメが足元に居るゲッカを撫でながら応える。


「私の巫術ふじゅつとゲッカ、二つの力を使えば、そのくらい簡単なんだってば――ね? ゲッカ!」


 ゲッカが応えるように短く吠えた。


「その白い狼、それがそのように大きな力を持つと? それに巫術ふじゅつとは、どういった力なのですか」


 フランチェスカが諦め顔で告げる。


巫術ふじゅつはセイラン国に伝わる魔導、代々セイラン国の巫女は、巫力ふりょくという、魔力とは別の力を生まれ持ちます。

 その巫力ふりょくを使う魔導が巫術ふじゅつとお考え下さい。

 アヤメ殿下はその力だけでも、高位の魔導士以上の魔導をお使いになります。

 ゲッカの力を借りることで、今のアヤメ殿下ならば山ひとつを消し飛ばすことも造作がないとお考え下さればよいかと」


 国王が興奮気味に立ち上がって声を上げる。


「――山ひとつだと?! それが本当ならば、三万の軍勢に大打撃を与えられるではないか!」


 アヤメがニタリと微笑んで応える。


「だーかーらー、そう言ってるじゃん。

 私が敵国の軍隊なんて、全部消し飛ばしてあげるって」


 周囲がざわついている。


 そんな話、常識では考えられない。アヤメという九歳の子供のいう事だ、なおさら信じるのが難しい。


 だがフランチェスカは二十を超えた大人、彼女が『できる』というのであれば、信憑性は大きく変わってくる。


 フランチェスカがため息とともに告げる。


「アヤメ殿下のお力は、途方なく強大なもの。

 周辺の地形が変わってしまうのは、覚悟してください。

 あとから責任を取れと言われても、元に戻す力はお持ちでありませんから」


 レーヴェンムート侯爵が、難しい顔で地図を睨み始めた。


「それほどの力となると、迎撃地点の選定が難しくなるな。

 町のそばで使うのは避けねばならん。

 だが敵軍は街道沿いに王都に向かってくるだろう。

 街道が破壊されるのを、我々も受け入れる必要がある」


 参謀の一人が告げる。


「レーヴェンムート侯爵! そのような与太話を本気になさるのですか?!」


 侯爵が参謀を睨み付けて応える。


「文句があれば、現状を打開する有効策を述べよ。

 このままではジリ貧、王都まで攻め込まれ、敗色濃厚な戦闘を避けられん。

 ならば与太話だろうと、それにすがって現状を打開する手を打つ。

 我が国を救うすべは、もう他にあるまい。

 ――今一度告げる。文句があれば、代替案を出せ。すぐにな」


 参謀たちが目をそらすように顔を伏せた。


 ……まぁそうだろう。そんな策があれば、とっくに打ってるだろうからな。


 俺は地図を睨んで悩んでいる様子のレーヴェンムート侯爵の前で、地図の一点――前線近くの大きな町と、その手前の町の間に指を置いた。


「迎撃するならここだろう。

 前線近くの町は、どのみち壊滅を免れない。

 ならばこの位置に布陣し、敵軍が前線近くの町に居る間に町ごと消し飛ばす。

 前線の軍に伝令を飛ばし、すぐに住民たちを手前の町に避難する支援をさせろ。

 布陣する部隊で住民たちを保護しつつ、アヤメには敵軍を迎撃してもらう。

 俺も住民の避難が完了するまで、敵軍を抑える手助けをしてやる。これでどうだ?」


 旅の傭兵、この地に愛着など持たない俺の忌憚のない意見。


 俺だからこそ『町を一つ見捨てろ』と言える。


 その意見を受け、国王が頷いた。


「――いいだろう、ケーテンの町は諦めよう。

 だが必ずアイゼンハイン王国の軍勢を壊滅させよ。これは命令だ。

 そして救える限り、ケーテンの住民を救え。

 人が残れば、町は再興できる」


 レーヴェンムート侯爵が国王を見て頷いた。


 侯爵がその場の全員に告げる。


「この作戦に異議のある者は居るか。

 居るならば早急に述べよ。代替案と共にな」


 周囲が顔を伏せ、黙り込んだのを確認して俺が告げる。


「避難する時、物資はなるだけ町に残しておけ。

 略奪する時間で町に敵軍を縛りつけろ。

 足止めをして住民が避難する時間を稼ぐんだ。

 巧く行けば、被害は町ひとつが消し飛ぶだけで済む。

 街道が無事なら、復興も早いだろ」


 レーヴェンムート侯爵が頷き、告げる。


「今すぐ伝令を飛ばせ! 前線の部隊は住民を連れながらウェルツの町に退避させよ!

 持ち出す物資は必要最低限、敵軍を縛り付ける餌を必ず残せ!

 我々は五千の歩兵と二千の騎兵を派兵し、ウェルツの先に布陣し、避難を支援する!

 理解したならすぐに動け!」


 周囲の将校たちが慌ただしく動き、軍議室を飛び出していった。


 そんな中、国王が静かな声で告げる。


「私も前線に赴こう。私の不甲斐なさで町を一つ、見捨てねばならん。

 この目で何が起こるのか、しかと見届けたい」


 アヤメがニッコリと国王に微笑んだ。


『その気概、中々に見事よな。王たる者ならば、その程度の意気がなければ話にならぬ。

 よかろう、とくと目に焼き付けるが良い。我が力を見る栄誉を与えてやろうぞ』


 国王は真剣な眼差しで、アヤメの視線を受け止めていた。


 言葉はわからなくても、何を言われたのかが伝わったのかもしれない。


 ……アヤメの奴、公用語が苦手だからって母国語で話す癖、直らねーのかな。


 俺たちも出征の準備を整えるため、軍議室を後にした。





****


 俺はアヤメたちと共に馬車に乗り、ケーテンの町を目指した――正確にはその手前、敵軍を迎撃する地点だ。


 歩兵たちはレーヴェンムート侯爵が指揮し、行軍している。


 俺は戦闘時の指揮は執れるが、行軍活動までは得意じゃない。ここは専門家に任せておこう。


 俺たちの馬車にはなぜか国王も乗りこんできていた。


 周囲は近衛兵たちの騎兵が囲んでいる。


 そんな外の様子を見ながら、国王が告げる。


「ケーテンの住民たちは、どれほど救えると見る?」


 俺は小さく息をついて応える。


「全員は無理だ。年寄りなんかは殺されるとわかっていても、愛着のある町に残りたがる。

 若い者を中心に、三割から五割を救えれば御の字ってところじゃねーか?

 避難に応じない奴らは、そのまま略奪される餌になってもらう。

 不本意だろうが、国のために死ねるんだ。無駄死ににはならねーさ」


「そうか……」


 国王はそのまま、遠い目で窓の外を眺めていた。


 俺とは違い、町に愛着もあるのだろう。


 国民を救いきれない自分を『不甲斐ない』と言っていた。


 だが長引く戦争で疲弊したこの国に、出来ることは少ない。


 今は一秒でも早く戦争を終わらせて、国力を復興に注ぎ込むべきだろう。


「あんたはよくやってるよ。

 救えなかった国民を思うなら、この国の未来を考えておけ。

 あんたはそのために居る人間だろ?」


「……そうだな。すまぬ」


 それっきり、馬車の中は静まり返った。


 アヤメは楽しそうに微笑みながら、国王を観察しているようだ。


 苦悩するおっさんなんか眺めて、何が面白いんだか。


 子供の考えることは、わかんねーなー。


 俺も窓の外、初夏を迎えつつある空を見上げ、のんびりとした気分にひたっていた。

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