第12話 王都観光

 午前、俺たちは馬車に乗り、王都の中を巡っていた。


 俺の隣に座る若い男――宮廷魔導士のファルケンブリック伯爵がニコリと笑って告げる。


「皆さんはどこを見に行きたいのですか?」


 俺の正面に座るアヤメは、窓の外を興味津々で眺めながら応える。


「どこでもいいよ? この町らしい場所ならね!」


 ファルケンブリック伯爵は、穏やかに微笑んで頷いた。


 ……急に『王都をご案内しましょう』とか言われてもねぇ。


 前線から王国軍が引き上げてくるまで、しばらく時間がかかる。


 敵軍が王都に襲い掛かるのは、もっと時間がかかるだろう。


 レーヴェンムート侯爵の読みじゃ、二週間から三週間後って話だったが、略奪をしながら王都に迫るなら一か月はかかるはずだ。


 アイゼンハイン王国は、キュステンブルク王国の領土を食い散らかしながら進んで、こちらの士気を落としながら王都前に布陣する。


 それまで俺の仕事はない。だからこうして、のんきに王都観光なんてできるんだが。


 俺も窓の外から王都の様子を観察していく。


 王都市民たちには疲れと不安がうかがえる。


 五年間も続く戦争は、確実に王都の住民を蝕んでるな。


 おそらく戦況が悪いのも、空気で伝え聞いているのだろう。


 前線に近い町から商人たちが情報を持ち帰っている――そんなところか。


 若い男の数も明らかに少ない。これ以上の徴兵は、都市機能を維持できなくなるところまで来ているとみてよさそうだ。


 各地の農民も、推して知るべしだろう。


 まだ商店には商品が並んでいる。流通が死んでいる訳ではない。


 アイゼンハイン王国軍を追い返せれば、まだこの国が盛り返す目はあるだろう。


 窓の外を見ている俺に、ファルケンブリック伯爵が語りかけてくる。


「どうですか、王都の様子は」


「思ったよりは悪くないな。今の内に手を打てれば、挽回の目は充分にある」


「ははは、観光ではなく、王都市民の生活を観察していたのですか?

 さすが傭兵、着眼点がちがいますね」


 俺は小さく息をついて応える。


「俺は観光には興味がないからな。俺は傭兵、頭の中は戦う事しか入ってない」


「……それで、勝てるとお思いですか?」


「前線からどれだけ兵力を引き上げてこれるか、部隊の士気を維持できるか、そして何よりレーヴェンムート侯爵の戦略が敵に通用するか。

 それらが噛み合えば、まだ勝目がないとは言わんよ」


 ファルケンブリック伯爵が楽しそうな声で応える。


「今は馬車の中に我々だけです。正直におっしゃっても構いませんよ?」


 俺は窓枠に肘をついたまま、ファルケンブリック伯爵に振り向いた。


 伯爵の顔には余裕を持った笑みが浮かんでいる。


「……この戦いは負け戦、俺の経験はそう言っている。

 あんたは逃げなくてもいいのか?」


「私は宮廷魔導士、王都の貴族ですから、領地も持ってませんしね。

 この国の滅びが確定するまで、力を尽くす。それではいけませんか?」


 俺は呆れてため息をついた。


「珍しい貴族だな、あんたは。もう逃げ出している貴族共がいるんじゃないのか?」


「ええ、そういった話は聞いていますね。

 国外の伝手つてを頼って逃げ出している売国奴たちが居ると。

 ですが、私を彼らと同じに見られるのは心外です」


 どうやら、愛国心あふれる貴族らしいな、ファルケンブリック伯爵は。


 年齢は俺と大差がなさそうだ。三十代前半といったところか。


 この状況でも微笑んでいるあたり、肝も座ってそうだ。


 窓の外を見てはしゃいでいたアヤメが、俺に向かって元気に告げる。


「二人とも、何を心配してるの?

 敵国が攻めてきても、私がきちんと追い払ってあげるよ!

 心配なんていらないからね!」


 俺は呆れながら応える。


「お前な。嬢ちゃん一人で何ができるって言うんだ。

 こちらは最大でも疲弊した二万の軍と、王都の兵士一万。

 向こうは同じ三万でも、士気が高くおそらく兵士の質も高い。

 長い戦争で士気が落ちたこの国の軍隊じゃ、まず勝てん。

 前線から引き上げてくる途中で脱走兵も出るだろうから、二万が丸々引き上げてこれるとも思えん。

 ここから挽回するなんぞ、神の奇跡でもないと無理だぞ」


 アヤメがニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべた。


『じゃから、わらわがその神の奇跡を見せてやろうと言うておるのじゃ。

 わらわ月夜見つくよみ様の寵愛を受けた巫女。

 わらわ巫術ふじゅつを使えば、三万の軍勢など簡単に打ち滅ぼしてくれようぞ。

 代わりに相応の待遇を要求させてもらうがな。

 ――フラン、公用語でこの愚昧ぐまいな男たちにそう伝えよ』


 フランチェスカが眉をひそめてアヤメを見つめたあと、深いため息をついて俺たちに告げる。


「アヤメ殿下は三万の軍勢を追い払って見せるとおっしゃられています。

 我が国の祭神、月夜見つくよみ様の加護を持つアヤメ殿下であれば、それが可能だと」


 俺は眉をひそめてフランチェスカを見つめた。


「神の加護? そんなもので三万の軍勢を追い払う? 本当に可能なのか?」


「私はアヤメ殿下が、その力をむやみに使わぬように監視するお目付け役。

 できるなら、そのようなことはなさらずに今すぐセイラン国に帰国するべきだと考えます。

 私から言えることはそれだけです」


 ファルケンブリック伯爵が楽しそうな笑みで告げる。


「『できない』とはおっしゃられないのですね。これは面白い。

 それが事実なら、今すぐレーヴェンムート侯爵に知らせ、打開策を打つべきでしょう。

 むざむざアイゼンハイン王国軍が我が国を荒らすのを、黙って見ている手はない。

 王都の兵士を引き連れ、前線の部隊と合流し、適切な場所で迎え撃つ――これが最善では?」


 これ以上国土を荒らされると、この国の復興に時間がかかる。


 撃退する手があるなら迎撃するのが最善、それに間違いはない。


 問題はアヤメが何をできるかにかかっているが――


 俺はアヤメを見つめて告げる。


「アヤメ、正直に話してくれ。

 お前には何ができる? それがわからんと、こちらが動けない」


 アヤメはニヤニヤとこちらを見つめ返しながら応える。


「んー、しょうがないなぁ。できれば内緒にしておきたかったんだけど。

 ――前に、無人島を消し飛ばしたって話をしたでしょ?

 同じように、三万人程度は消し飛ばしてあげるってだけ。

 ちゃんとご褒美を約束してくれるなら、私の力を貸してあげるよ」


 俺は愕然としながらその言葉を聞いていた。


「消し飛ばす? 三万の軍勢をか? どうやって?」


「私の巫術ふじゅつとゲッカの力、あわせればそんな事、簡単にできるんだよ」


 ――信じられん。そんな魔法みたいな力が、この世に存在する?


 フランチェスカがため息をついて告げる。


「ですからアヤメ殿下、巫術ふじゅつは使われませんよう、お願い申し上げます。

 あれは人の身に余る強大な力、殿下がそのような力を持つと知られたら、この異国の地でどのような目に合うかわかりません。

 無事にセイラン国に戻るためにも、むやみに使われませんよう、ご自重なさって下さい」


 アヤメはニヤリと微笑んで応える。


「でも私が力を貸してあげないと、この国が滅びるんだよ?

 セイラン国との船便は、この国にしかないんでしょ?

 帰国する手段を守るためなら、月夜見つくよみ様も許してくれるって」


「ですから、すぐに帰国するべきだと」


「だーかーらー、そうしたらセイラン国から大陸にこれなくなっちゃうでしょ?

 そんなことになったら、お父さんたちも困るんじゃない?

 大陸と商売することもできなくなるんでしょ?」


「それは……そうなのですが」


 どうやら嘘や冗談じゃなく、この二人の中で『三万の軍勢を消し飛ばす力をアヤメが持つ』というのは、事実として認識されてるらしい。


 子供のアヤメはともかく、経験豊富に見えるフランチェスカもその認識ということは、信用してもよさそうだ。


 俺はアヤメに告げる。


「王都観光は取りやめだ。今すぐレーヴェンムート侯爵を交えて、会議を開く。

 お前にできることを、その場で改めて説明してやれ。

 あとは俺たち大人が、状況を設定してやる」


 アヤメがニヤリと俺を見つめた。


『構わぬぞ? 都の様子など、いつでも物見ものみできるからのう。

 活況が戻ってからの方が、物見ものみのし甲斐もあるというもの。

 斯様かよう陰鬱いんうつな空気の都を見ても、今一つ気分が乗らん』


 俺はため息をついて告げる。


「言ってる意味は分からんが、その表情は応じてくれると思っていいんだな?

 ――今すぐ馬車を王宮に戻せ!」



 俺たちを乗せた馬車は、護衛の騎兵を引き連れて、王宮へと戻っていった。

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