第11話 防衛戦略

 俺はレーヴェンムート侯爵から呼び出され、王都の守備隊に紹介された。


 傭兵が守備隊を率いることに難色を示す兵たちも多いようだが、逆らう気概がある奴はいなさそうだ。


 ここに居るのは治安維持を主目的とした、最低限の兵士たち。


 侯爵の話では、一万の兵士たちが残されているという。


 だがそのうち二千を工作部隊に対する領地の哨戒しょうかいてるらしい。


 さらに三千は、治安維持や要人警護、前線への補給線維持に配備される。


 残った五千、これが俺が預かる『守備隊』となる。


 敵軍が襲ってきたときに対応する兵力としては、心もとない数と言える。


 二千の騎士団もいるらしいが、こちらはレーヴェンムート侯爵が指揮を執り、遊撃部隊として運用するとのことだ。


 五千の一般兵と二千の騎士、用兵次第では、一万程度の軍勢を追い返すことも可能だろう。


 ――もっとも、それは『俺が居れば』という但し書きが付く。


 俺が最前線で兵士の士気を維持し、鼓舞し、耐えている間に騎士たちが敵軍の側面をつく。そういうプランだそうだ。


 現実は敵軍の戦術や陣形にも左右されるが、俺が歩兵と共に敵を受け止め、侯爵が騎兵で遊撃するという基本形に不満はない。


 この兵力では、それが限界とも言う。



 兵士への面通しを終えた俺が部屋に戻ると同時に、レーヴェンムート侯爵が尋ねてきた。


「早速ですまんが、貴様の所感を聞かせてもらえないか」


 俺は小さなソファに座り、公爵が向かいのソファに座る。一人だけ控えている侍女が紅茶を入れると、侯爵が人払いをして侍女を部屋から追い出した。


「所感ねぇ……あんたが思ってる通りじゃないか?

 王都に残されている兵士たちで防衛を達成するのは難しいだろう。

 俺が居れば一万を追い返す望みがあるってのも否定はしない。

 兵士たちの士気を維持する助けにはなるだろうからな。

 だがやはり、西部で構築している前線で勝利を確保するのが最優先だろ」


 レーヴェンムート侯爵が苦い表情で微笑んだ。


「その前線の戦況が思わしくない。

 このままでは、一か月維持するのが限界と見ている。

 そこで私は、壊滅する前に前線を引き払い、前線の兵力を王都に戻そうかと検討しているところだ。

 王国内の重要な町がいくつか敵軍に飲み込まれるが、王国軍が壊滅するよりはましな選択だろう。

 貴様を前線に送り込んで、戦況が何とかなるとも思えんしな」


 被害が出ることを織り込み済みで戦略的撤退を選ぶか。


 五年間も戦役が続き、国民も国土も疲弊している。


 これ以上は兵を募ろうにも難しいという判断もあるのだろう。


 俺は考えをまとめて侯爵に告げる。


「前線の戦力はどれほど残っている?」


「現在我が軍は二万、敵軍が三万といったところだ。

 今のペースで一か月後には半減、一万の兵士が敗残兵となる」


「となれば、あんたの思うようになるだけ早く前線を引き払った方が良いだろう。

 二万の前線部隊を二手に分け、王都の南北に配置しろ。

 王都防衛は俺とあんたで引き受け、敵を側面や背後から叩く。

 全軍を王都に戻しても、押し潰されるのが目に見えてる。

 長い補給線を維持するのも、もう厳しいんだろう?」


 レーヴェンムート侯爵が難しい顔になり、眉間にしわを寄せた。


「それも検討した。だが一万ずつの遊撃部隊で南北から挟撃するだけで、敵を追い返せるか?」


 俺は小さく息をついて応える。


「三万の軍勢で王都に籠城しても、外部から援軍が来る見込みがないんだろ?

 周囲を取り囲まれたら、王都市民が飢えて死ぬ。

 王都の補給線を背面に維持しながら敵軍を正面で抑え込む形にしなきゃ、どっちみち負け戦だ。

 他に選択肢はないと思うがな」


 レーヴェンムート侯爵が疲れたようにため息をついた。


「……貴様の意見、参考になった。王都の参謀たちよりも、貴様は断定的に戦況を判断するのだな。

 それは傭兵としての場数がそうさせているのか?」


「ま、そう思ってくれて間違いはない。

 負け戦も、何度も参加してるしな。

 この戦況が意味することも、俺は理解しているつもりだ。

 それでも俺はあんたらに協力を惜しまん。

 俺は傭兵、戦場で死ぬ事など、恐れてはいないからな」


 侯爵が固く目を閉じ、考えこんだ後にゆっくりと目を開いた。その目には、覚悟が決まっているように見えた。


「やはり貴様を雇って良かったよ、ヴァルター。

 そうと決まれば、早速前線を引き払うよう伝令を出す。

 お前は王都守備隊を指揮し、務めを果たせ」


 立ち上がったレーヴェンムート侯爵が、静かな瞳で俺の顔を見つめたあと、ゆっくりとした足取りで部屋を去っていった。


 ……負け戦か、三年振りかな。


 この戦況をひっくり返せるかは、残存兵力の士気と侯爵の采配次第だ。


 王都まで攻め込んでくる敵軍は士気が上がっているだろう。


 略奪を繰り返し、物資も補充していると見て良い。


 厳しい戦いになりそうだなぁ。アヤメたちをきちんと逃がすよう、算段を立てて置かにゃならん。


 俺はソファに寄り掛かりながら、アヤメたちをこれからどう扱っていくかを考えていた。





****


 夕食の時刻が近づくと、アヤメが俺の部屋を訪ねてきた。


「そろそろご飯だよーヴァルター!」


「ああわかった。今行く」


 アヤメが待ちきれないように俺の腕を引っ張り、ソファから俺を立たせた。


 俺はアヤメの部屋に向かいながら、彼女に告げる。


「お前、なんでそんなに俺に構うんだ?」


「何を言ってるの? ヴァルターが私たちに構ってきてるんじゃない」


 ……まぁ、それは間違いじゃないんだが。


 セイラン国からやって来て早々、密航者のために全財産を投げつけるお人好しを見捨てておけなかっただけだ。


 フランチェスカは俺を警戒してるようだが、アヤメは警戒している様子がない。


 子供に懐かれるタイプではないはずなんだがな。



 夕食のテーブルには、この国の名物料理らしき物がいくつも並んでいた。


 負け戦の最中の割に、まだまだ貴族たちの食卓は裕福らしい。


 だが国外の嗜好品らしき物は見当たらない。


 さすがにそこまではもう、力が及ばないのか。


 それでも遠い異国出身のアヤメにとって、楽しい食卓となったようだ。


 ニコニコと笑顔で食事を口に運んでいた。


 俺はアヤメたちに告げる。


「俺は守備隊を率いて王都に残る。

 お前たちは、いつでも王都を脱出できるよう準備をしておけ」


 アヤメが不満げな声を上げる。


「えー?! 何を言ってるのヴァルター!

 あなたは私の専属護衛でしょ!」


「それも理解はしているが、俺は傭兵、戦争に参加する兵士だ。

 そう遠くない時期に、アイゼンハインの軍勢が王都に攻め込んでくるだろう。

 俺が敵軍の足を止めてる間に、王都から離れろ」


 フランチェスカが眉をひそめ、真剣な目で俺に告げる。


「そこまで戦況が悪いのですか」


「さあな。難しいことはレーヴェンムート侯爵あたりが考えることだ。

 傭兵は命じられた役割を果たすだけだ。

 だがフランチェスカ、お前が居ればアヤメを連れて逃げることはできるだろう。

 できれば敵軍が押し寄せる前に、王都から離れた方が良い」


 アヤメが楽しそうに微笑んだ。


『聞いたかフラン、こやつわらわたちを気遣ったぞ?

 何ともいじらしいものよのう。

 小さく弱き人間が、わらわのように偉大な人間を気遣うとは、実に滑稽じゃ』


ひい様、ですからそのように御自らの力を過信なさっていると、いつか足元をすくわれますよ?』


『なに、そんな事にはならんわい。

 どうやらこの国は負けるらしい。

 じゃが、その負け戦をわらわがひっくり返したら、どうなると思う?』


 フランチェスカが慌てて声を上げる。


ひい様?! 何をなさるおつもりですか!』


『この国が滅ぶと、青嵐国に帰ることができなくなるやもしれん。それは困る。

 この際、わらわが力を貸してやるのが最善だとは思わぬかえ?

 わらわが力を示してやれば、この国での待遇もマシなものになろうぞ』


ひい様! なりません! こうなったら、明日にでも青嵐国への船便を手配してもらい、王都を去るべきです!』


『じゃが、それでは面白くなかろ?

 見聞を何も広められずに終わる。

 せっかく三か月もかけて、青嵐国から大陸に渡ってきたのじゃ。

 相応に得る物がなければ、その時間が無駄となろう。

 何を迷う必要があるというのじゃ?』


『ですがひい様!』


『もう遅い。わらわは決めたぞ。

 この王都に攻め入ってくる敵軍とやら、わらわが追い返してくれようぞ』


 俺は何やら話し合っている様子の二人に告げる。


「また内緒話か? 俺の言ってること、理解できたのか?

 お前らは船便の手配をしてもらったら、セイラン国に戻れ」


 アヤメが何かを企んでそうな笑顔で俺に告げる。


「うん! 理解はしてるよ! だから、私がアイゼンハイン王国? の軍を追い返してあげるよ!」


「……は?」


 俺は、アヤメの言うことが理解できずに固まっていた。

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