第8話 王都グラウヘルツ

 それからの俺たちの旅路は、どうにもやりづらい空気が続いた。


 フランチェスカは俺に対する警戒心を解かず、口数が減った。


 俺としても、そこまで警戒する人間に敢えて近づこうとも思わない。


 一方で、アヤメは前と変わらず俺に話しかけていた。


「ヴァルター、どうやってそんなに強くなったの?」


「どうやって? ……戦場で生き残っていたら、自然とああなっていた。

 元々、体格と腕力だけが自慢の剣術馬鹿だ。

 ひとつくらい取り柄があったって、構わんだろう?」


 アヤメが俺と話すことを、フランチェスカは良く思っていないようだった。


 だがアヤメを制止することも、俺を制止することも、彼女はためらっているようだ。


 ……不可抗力だが、完全に失敗したなぁ。


 こうも気まずい空気が続くと、俺も気が滅入る。



 途中、二つの町を経由したが、彼女は断固として相部屋を拒否し、アヤメと共に別室を選んでいた。


 三つ目の町も、彼女たちは別室を選んだ。


 まぁフロリアンが色を付けてくれた分、路銀には余裕がある。


 彼女たちは王家に保護されれば、路銀に困ることもないはずだしな。


 俺はベッドに身を投げ出して、細かいことを考えないように意識を閉ざした。





****


 自分のベッドに寝転がるアヤメが、憂鬱そうに隣のベッドに腰を下ろすフランチェスカに告げる。


『フラン、何をそう怖がっておるのじゃ。

 頼もしいではないか。あれほどの戦士、青嵐国でも稀有けうじゃろうて』


 フランチェスカは深刻な顔で応える。


『ですが、あれほどの戦士が敵対すれば、私がひい様を守ることはかないません。

 彼がいつ、気まぐれで私たちに牙をむくのかがわからないのです。

 本気のヴァルターが相手では、月華げっかでも歯が立たない気がします』


 足元に伏せていた白い狼、ゲッカが不服そうにフランチェスカを見た。


 どうやらゲッカは、そう思っていないようだ。


 アヤメは楽しそうにクスリと笑った。


『心配性じゃのう。たとえどれほどの戦士じゃろうと、わらわに勝てる道理などないぞ?

 仮に襲ってきたら、わらわが奴を炭屑に変えてやろうぞ』


ひい様! 私が仰せつかったのはお目付け役、ひい様がそのように暴力を振るわぬよう見張る役です!

 決してむやみに、そのお力を使うことはなきよう、お控えください!』


 アヤメは手のひらをひらひらとフランチェスカに振った。


『わかっておるわ、口うるさいのう……そのように口うるさいと、あっという間にばばあになるぞ?』


 フランチェスカが深いため息をついた。


『そうお思いでしたら、自重という言葉を胸に刻んでくださいませ。

 ともかく、もうじき王都。そうすれば、ヴァルターとも縁が切れます』


 アヤメがニヤリと微笑んだ。


『さて、そう巧く行くのかのう?』


ひい様? 何をお考えなのですか?』


『内緒じゃ。じゃが見聞を広めるというこの旅、実に有意義じゃと思うておる。

 さらなる見聞を広めるためにも、わしも努力しようと思うてな?』


 アヤメが何かを考えると、ろくなことにならない――そんな実体験から、フランチェスカは憂鬱なため息を吐き出し、静かにベッドに潜り込んだ。





****


 敵の工作部隊により滅ぼされたコルジーナの町から二週間、ついに俺たちは王都グラウヘルツの前に立っていた。


 中に入ろうとする旅人が、並んで検閲を受けている。


 身分証を持たない人間は中に入れず、持っていても通行料を取られる。


 逆らえば兵士たちがやってきて、町の外の留置所に入れられる。


 そんな検閲を待つ列に並びながら、俺はアヤメたちに告げる。


「今はまだ、傭兵ギルドの仮登録証を見せておけよ。

 こんなとこで『アレ』を出すな。大騒ぎになるからな」


 アヤメとフランチェスカが俺に頷いた。


 『アレ』とは、アヤメが持っている特大の宝石。


 おそらくセイラン国の王族の証なのだろう。


 そんな代物しろものなら、手のひら大の宝石なんて物でも頷ける。



 俺たちの番になり、門兵が声高らかに告げる。


「身分証と通行料を出せ!」


 俺は首から下げた登録証を見せ、革袋から看板に書いてある金額を取り出した。


 ――相場が上がってやがるな。


 フロリアンが色を付けてくれなかったら、足が出てる所だ。


 台所事情が苦しいのもあるだろうが、王都に入る人間を減らしたいという意図が透けて見える。


 俺は三人分の通行料を渡しながら、門兵に告げる。


「俺はヴァルター・ヴァルトヴァンデラー、旅の傭兵だ。

 既に傭兵ギルドから報告があったと思うが、コルジーナの町が襲われた。

 その詳しい報告は必要か?」


 途中の町で傭兵ギルドに立ち寄り、報告を上げていた。


 おそらく早馬が王都に走り、この事を知らせているはずだ。


 門兵は俺の登録証を改めて確認し、俺を睨み付けるようにして告げる。


「報告は聞いている。

 レーヴェンムート侯爵が話を聞きたいとおっしゃっている。

 王宮に行き、直接仔細しさいを申し上げろ」


 ――侯爵か。随分と大物が出てきたな。


 俺は門兵に頷くと、王都の門の中に足を踏み入れた。





****


 俺たちは大通りを、遠くに見える王宮を目指し歩いて行く。


 やがて王宮の門に差し掛かり、俺は門を守る衛兵に対して、登録証を見せながら告げる。


「傭兵のヴァルター・ヴァルトヴァンデラーだ。

 レーヴェンムート侯爵が俺を呼んでいると聞いた。

 コルジーナの件と伝えればわかるか?」


 衛兵が俺の登録証を確認してから頷いた。


「話は通っている。

 案内するから、それに従え。

 ――おい、例の傭兵が来たぞ!」


 奥から別の衛兵が駆け寄ってきて、「こっちだ、ついてこい」と告げた。


 俺たちは門を守る衛兵に馬を預けると、そのまま案内する衛兵の背中を追って王宮の中を進んでいった。



 通されたのは、兵士の訓練場らしき開けた場所だった。


 どういうことだ? 侯爵が話を聞きたいんじゃなかったのか?


 その開けた場所で、俺たちを一人の壮年の騎士が出迎えた。年齢は四十代から五十代といったところか。


 威厳に満ちたその騎士が、俺に獰猛な笑みを見せながら告げる。


「貴様がアイゼンハインのドブネズミ共を壊滅させた傭兵か」


「そうだが、そういうあんたは誰だ?」


「私はアイゼンヴォルフ・レーヴェンムート侯爵。

 我が王国軍を預かる将軍だ。

 貴様の腕を直接見てみたい。

 百人に及ぶ工作兵を一人で切り捨てたなど、にわかには信じられんのでな」


 俺は小さく息をついて応える。


「俺の腕など確認して、何がしたいんだ?

 第一、どうやって確認する?」


「話は後だ、私が直接、剣を交えて判断する。

 ――本気でやれ。私も貴様を殺す気でかかる」


 身を翻して訓練場の中央へ歩いて行く侯爵の背中を、俺は呆れて見つめていた。


 前線が苦しい戦いをしてる中で、将軍が俺とチャンバラ遊びがしたい? 意味が分からん。


 俺の背後から、アヤメの「ヴァルター、がんばってー!」という無責任な声が飛んできた。


 レーヴェンムート侯爵は、既に剣を抜いて構えている。


 ……やるしかないか。


 俺は小さく息をついてから、大剣を鞘から抜き放ち、訓練場の中央へ歩いて行った。



 対峙するレーヴェンムート侯爵が、獰猛な笑みを向けながら告げる。


「年寄りと甘く見るなよ? 油断すれば死ぬぞ」


「あんたこそ、剣を叩きおられて『弁償しろ』などと言うなよ?」


 フッと笑ったレーヴェンムート侯爵が、俺に向かって鋭く踏み込んできた。


 その鋭い斬撃を、俺は大剣で受け流してからレーヴェンムート侯爵の顔面に頭突きを痛烈に食らわせた。


 ぐらついたレーヴェンムート侯爵の腹に蹴りを叩きこみ、その体を大きく弾き飛ばす。


 地面を転がるレーヴェンムート侯爵に、俺は告げる。


「……爺さん、やっぱり年寄りの冷や水だ。あんたじゃ俺には勝てねーよ」


 強い騎士なのは確かだ。若い頃は、それこそ無類の強さを誇っただろう。


 だが寄る年波に、人間は勝てない。前線で剣を振るうには、少々年を食い過ぎだ。


 俺の言葉を笑顔で受け止め、レーヴェンムート侯爵が立ち上がった。


 鼻から垂れる血を指で拭い、俺に楽し気に告げる。


「確かに強い。報告書に有った通り、百人を一人で切り伏せたという話も頷ける。

 ――すまなかったな、貴様の実力を確認しておきたかった。

 こちらに来い。コルジーナの話を詳しく聞こう」


 剣を鞘に納めたレーヴェンムート侯爵が、訓練場の外に歩きだした。


 俺も大剣を鞘に納め、アヤメたちに告げる。


「行くぞ、アヤメ、フランチェスカ」


 レーヴェンムート侯爵の背中を、俺たちは追いかけるように歩きだした。

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