第9話 侯爵との話し合い
応接間に通された俺たちは、ソファに腰かけ、出された紅茶に口をつけていた。
俺は求められた通り、コルジーナの町で見たこと、やったことをできるだけ詳細に伝えた。
向かいに座るレーヴェンムート侯爵が俺に告げる。
「なるほどな。やはりそれは、アイゼンハイン王国の工作部隊で間違いないだろう。
じきに詳しい調査報告が届く。
だがその前に手を打っておかねばならない。
そこでだヴァルター。貴様に頼みたいことがある」
俺は侯爵の顔を見て応える。
「なんだよ、改まって」
「貴様、しばらく王都の守備兵にならんか?
そうすれば王都の兵を
貴様一人で百人以上の働きができるなら、それが可能だ。
どうだ? 報酬は充分な額を払おう」
俺を工作部隊に差し向けるのではなく、兵を
俺一人で領内を見回るのは不可能だ。必ず漏れが出る。
だから人数を繰り出して
「なるほどな、納得できる対応だ。
それなら傭兵として、応じてもいい――だが、その前に解決せにゃならん話がある。
そっちを先に聞いてくれるか?」
レーヴェンムート侯爵が、片眉を上げて俺を見た。
「話とはなんだ?」
俺はアヤメに告げる。
「アヤメ、お前の身分証、『アレ』を出せ」
アヤメが頷いて、首から下げた宝石を服の下から取り出し、ネックレスを外した。
その手のひら大の青い宝石が付いたネックレスをアヤメがテーブルの上に置いたあと、フランチェスカが告げる。
「このお方はセイラン国の第一王女、アヤメ・ツキノベ・セイラン殿下。
我がニコレッタ子爵家に滞在して頂こうとしたのですが、私がセイラン国に渡っている間に家が潰れていたようです。
殿下を保護する
願わくば、この王宮に滞在させていただければと思います」
――王女?! 貴族とは言っていたが、まさか直系かよ!
レーヴェンムート侯爵が宝石を手に取り、しげしげと眺めて告げる。
「……大粒の
これが王族の身の証だというのだな?」
アヤメが頷いて告げる。
「お父さんは『それを見せればわかるはずだ』って言ってたから、そうなんじゃない?
少なくとも、セイラン国では王位継承者の証だし。
お爺さんはわからないの?」
レーヴェンムート侯爵が苦笑を浮かべた。
「申し訳ないが、セイラン国の貴族とは交流がない。
――これを少し、借りても構わないか。陛下にお見せし、話を伝えてくる」
アヤメは不機嫌そうに眉をひそめた。
『こやつ、
フランチェスカが困惑しながらアヤメに応える。
『
我々青嵐国は、それだけ知名度が低い国家なのです』
アヤメが小さく息をついて、レーヴェンムート侯爵に応える。
「わかった、その宝石を預ければいいんだね?
でも失くしたり傷をつけたりしないよう、気を付けてよ?」
レーヴェンムート侯爵がしっかりと頷いた。
「本物であったなら、大変な失礼になるからな。
もちろん、そんなことにならないよう、細心の注意を払わせてもらう。
――では、一旦失礼する」
レーヴェンムート侯爵が立ち上がり、宝石を手に持って応接間から出ていった。
俺は小さく息をついて、紅茶を一口飲んだ。
「なんとか、話を予定通り持っていけそうだな。
国王がこの話に頷けば、俺も安心してお前らを預けられる」
アヤメがニタリとした笑顔で、俺に告げる。
「その話なんだけどさー……ヴァルター、私の専属護衛にならない?」
「はぁ?! どういう脈略でそんな話になる?!」
「ヴァルターが一緒なら、もっと面白いものが見られそうな気がするんだよね。
私の見聞を広める手伝いをしてよ。
さっきのお爺さん、ヴァルターをここの戦力にしたがってたでしょ?
私を追い出したらヴァルターも立ち去るってなったら、私たちを嫌でも滞在させないといけなくなる――違う?」
なるほど、頭の回る子供だ。
自分たちの待遇を確保するのに、俺を利用するつもりなのか。
「報酬はどうするつもりだ?
俺は傭兵、ただ働きなどやらんぞ」
「私の下で働ける栄誉だけじゃ、不満なの?
う~ん……それじゃあ、私が国に戻る時、一緒においでよ。
セイラン国で、充分に納得できる報酬を渡してあげる。
これは王女として約束するわ。どう?」
将軍であるレーヴェンムート侯爵すら知らなかった、王族の証。
それを国王が知らなければ、アヤメたちは路銀がろくにない中で王都に放り出される。
なんとかして船賃を稼がなければ、国に戻る手段もない。
たとえ国王がセイラン国を知っていても、待遇が悪ければ似たようなことになりかねない。
王家にアヤメたちを保護してもらってる間に、なんとか船賃を俺が稼いで、こいつらを送り届ける……しかない、のか?
俺が悩んでいると、フランチェスカが困惑した声でアヤメに告げる。
『
この男とようやく
アヤメが余裕の笑みで応える。
『言うたであろう? こやつの力を利用し、
あの
じゃがヴァルターという力を、この国は欲しておる。
その欲望を有効活用しようというだけじゃ』
フランチェスカは、どこか納得できなさそうに眉をひそめたまま応える。
『本当にそれだけなのですか?
それならば他にもやりようはなかったのでしょうか。
私はヴァルターと共に在ることが、
アヤメがニヤリと微笑んだ。
『そう恐れるでない。
言うたであろう?
アヤメを見つめていたフランチェスカが、深いため息をついた。
『その思い上がりを、『広い世界を見て直して来い』と陛下はおっしゃられたのですよ?
ヴァルターという規格外の戦士を見ても、まだ
『仕方あるまい?
その事実を
ヴァルターなぞ、適度におだてて働かせてやればよいのじゃ。
なんだか話し合いが続いているみたいだ。
頼みの綱のこの国の王家による保護が望み薄、そんな手応えだしなぁ。
これからどうするかを話し合ってるんだろうか。
……仕方ねぇ、こいつらが国に戻る船賃を稼ぐまで、俺が面倒を見てやるか。
この『乗り掛かった舟』、ちゃんと下船できるんだろうなぁ? なぜか不安になるぜ。
遠くから、廊下を歩いてくる人の気配がする。
開け放たれた応接間の扉から、二人の男が姿を現した。
一人は国王に宝石を見せに行ったレーヴェンムート侯爵。
もう一人は王冠を被り、
二人の男は応接間の中に入り、俺たちの前に腰を下ろした。
国王が口を開く。
「私がこの国の王、ヴィルヘルム・キーリッツ・キュステンブルクだ。
セイラン国から第一王女が来たと聞いて、直接確認に参った。
それでは改めて、話を聞かせてもらえるか」
――乗り切れるのか?! 嬢ちゃん!
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