第6話 北の町デッサウ
三日目の昼、商隊は無事に北の町デッサウに辿り着いた。
警戒が厳重な城塞都市の門を、商隊の馬車が抜けていく。
……あの大所帯の盗賊団、相当荒稼ぎしてたな?
兵士を盗賊討伐に派遣する余裕が、今のこの国にはない。
商人たちは自衛するしかないということか。
この分だと、王都付近もどれだけ治安が悪化してるかわかったもんじゃないな。
馬車が商館に着くと、フロリアンが馬車から降りて声を上げる。
「積み荷を運び込め! 丁重に扱えよ!」
商館の中から使用人たちが飛び出てきて、幌馬車から荷物を運び出していく。
こういう時、傭兵が手伝うこともあるが、それを嫌う商人もそれなりに居た。フロリアンは嫌がるタイプということだろう。
傭兵たちは荒っぽい。商品を手荒に扱われたくない奴は、傭兵たちに手伝わせない。
だが人手が足りない商人は、傭兵にも荷を運ばせる。
商人の護衛はそれを織り込み済みの価格になっている。『使わない方が損だ』と考える奴が多いんだがな。
俺は荷運びの指揮を執るフロリアンに近づいて告げる。
「護衛の仕事は、ここまでで構わないか?」
「――おお、ヴァルターの旦那じゃねぇか!
もう行っちまうのか? 帰り道も護衛しちゃくれないか?」
俺はフッと笑た。
「二つも盗賊団を壊滅させたんだ、しばらくあの道は安全だろうさ。
帰り道で襲われることはあるまい」
フロリアンはがっかりするように眉をひそめた。
「そうか、残念だな。
なぁあんた、どこまで行くんだ?」
「王都まで行こうと思っている。
嬢ちゃんたちを送り届けにゃならん」
フロリアンの片眉が上がった。
「訳ありか? 力になれることなら、なんでも言ってくれ」
なんだ? ずいぶんと気に入られたな。
俺は少し考えてから、フロリアンに応える。
「フランチェスカの実家が港町の貴族だったんだが、家を離れてる間に事業に失敗して夜逃げしたらしい。
王宮に行けば、家族が今どこに居るのか、手掛かりがつかめるかもしれないと思ってな」
嘘ではないから、こう言っておけば納得するだろう。
「貴族だと? 名前は?」
「ニコレッタ子爵と言ったかな」
「ああ、あの離島出身の一族か。確かに六年前、事業に失敗して街を去っていたな。
なるほど、それなら少し待ってろ」
フロリアンが商館の中に引っ込み、しばらくして出てきた。手には革袋と書状を持っている。
その革袋と書状を俺に手渡しながら、フロリアンが告げる。
「今回のあんたの働きを記しておいた。
俺は王家とも取引があるから、きっと何かの役に立つはずだ。
――それとこれは約束の報酬、三人分だ。少し色を付けておいた。
初日の夜襲を無傷で防いだボーナスだと思ってくれ」
俺は革袋の中身を確認し、驚きながら告げる。
「あんた、『色を付ける』って倍額じゃねーか」
「ハハハ! あんたの働きぶりが気に入ったのさ!
俺の気持ちだ、受け取っておけ!」
気前のいい商人だ。フロリアン・クラウゼか、覚えておこう。
「じゃあ有難く受け取ろう。また縁があったら雇ってくれ」
俺はフロリアンに手を振って別れを告げたあと、アヤメとフランチェスカを連れてギルドを目指した。
****
大通りを歩く俺に、アヤメが尋ねてくる。
「ねぇ、仕事は終わったんでしょ? なんでギルドに行くの?」
「仕事が終わったことを報告に行く。
報酬の一割をギルドに納めるのがルールだ」
「えー?! なんでそんなことするの?!
お金をもらったら、それで終わりじゃないの?!」
俺は小さく息をついて応える。
「ギルドも慈善活動じゃない。収入が必要なんだ。
そして俺たちは報酬の一部を渡す代わりに、実績を覚えてもらえる。
俺の仕事が記録され、俺を信用する証となる。
それが確かな仕事を呼び、より高い報酬の仕事を回してもらえるようになる。
根無し草の俺たちは、こうした信用が命綱だ。
はした
アヤメは興味津々で俺の話を聞いていた。
「ふーん、面白い仕組みだね。
ギルドは収入を何に使うの?」
「事務員を雇ったり、ギルド加入員をサポートする経費に
依頼に失敗した時の違約金も、原資はこうした収入で
儲かってるギルドは、人材育成に手を出すところもあるらしい」
後進の育成も、できればやっておいた方が良いことだ。
そこまで余裕のあるギルドは、大都市ぐらいしかないだろうけどな。
それに――
俺は再び、言葉を告げる。
「ついでに、王都に向かう護衛仕事がないか、確認しておく。
巧くすればまた、経費を節約できるからな」
アヤメがクスリと笑った。
「わー、みみっちー! 稼いだばかりで、もう節約することを考えてるの?」
「いつでも仕事があるわけじゃない。稼いだ金は大切に使う。当たり前のことだ」
アヤメがフランチェスカに振り向いて楽し気に告げる。
『聞いたかフラン、庶民はなんと健気に生きておるのか!
『
不安定な生活を送る職業では、珍しいことではありませんよ?』
楽しそうに話し込んでるな……まぁ、アヤメの社会勉強になったなら良しとするか。
傭兵ギルドに到着した俺は、その扉を開いた。
****
ギルドのカウンターで依頼書を見せ、依頼書に記載されている報酬の一割をカウンターに置いた。
「三人で雇ってもらったから三人分だ。詳しくはフロリアンに聞いてくれ」
受付の男は驚いたようにアヤメを見つめた。
「その仮登録証の嬢ちゃんが、護衛の仕事を果たしたってのか?」
「そういうことだ。こいつらの分も、記録に残しておいてやってくれ」
受付の男が頷いた。
「いいだろう、記録しておく」
「それと、北に行く仕事はないか? 王都に向かう仕事なら、なお良いんだが」
受付の男がニヤリと笑った。
「それなら遅かったな。三日前に
当分この町から、王都に向かう商人は出ないだろう」
俺は肩をすくめた。
「それならそれで、都合がいいさ。
野盗どもを蹴散らして進んでくれれば、手間が省ける」
「ハハハ! 違いない!」
俺は受付の男に別れを告げ、傭兵ギルドを後にした。
****
大通りを歩く俺に、またアヤメが話しかけてくる。
「ねぇねぇ、今度は何をするの?」
「お前らの
金が手に入ったからな。自分の毛布ぐらい、欲しいだろ」
アヤメがぽつりと告げる。
『あのような粗末な寝具、なくても困らんのじゃがなぁ』
「何を言っているのかはわからんが、ここからは徒歩の旅だ。毛布ぐらい持っておけ。
だがお前の荷物を運ぶ馬を一頭、用意するか。
その金は割り勘でいいな?」
『……おんし、本当は青嵐語が理解できるのではないか?』
「だから、何を言っているのか分からん。本当に独特の言語だな、お前たちの言葉は」
俺が商店でアヤメとフランチェスカの荷物を見繕っていると、背後で二人の話声がする。
『ヴァルターめ、あれはまさか、勘だけで
『
『そうしておくか。
『まさか!
『その”まさか”じゃ。信用できて腕が立つ。傍に置くのに、申し分がなかろう?』
『
なんだか、ちょっとフランチェスカがヒートアップしてるみたいだな。
あの嬢ちゃんがわがままを言ってるんだろうが、何を考えてるんだか。
俺は二人の基本的な旅道具を揃え、荷を乗せる馬を一頭買うと、それに荷物をくくり付けていった。
「アヤメ、お前は馬に乗れ。まだそれぐらいの余裕が馬にあるはずだ。
お前の体重は何キロだ?」
アヤメが不本意そうに俺に応える。
「……四十キロよ! 乙女の体重を聞くとか、どういう了見なのかしら!」
「ふむ、見込みの範囲内だな。問題ない、俺が乗せてやろう」
俺がアヤメを抱き上げて馬に乗せてやると、アヤメは顔を真っ赤にしていた。
『突然、貴人を抱き上げるなど、なんという恥知らずなのじゃ!』
「文句があるなら、せめて公用語で言ってくれ。お前の国の言葉はわからん」
「レディを抱きかかえるのは恥知らずって言ったのよ!」
「十歳に満たない子供が、いっちょ前に女子のツラをするな。
子供が抱きかかえられるぐらい、どこでも見られる光景だろうが」
「だから、子供扱いしないで! 一人前じゃなくても、女子は女子なのよ?!」
俺はため息をついて応える。
「はいはい、それじゃあレディは大人しく馬に乗ってろ。
まだ日が高い。今のうちにこの町を出るぞ」
俺はアヤメが乗った馬を引き、フランチェスカを連れてデッサウの町から王都に向けて出発した。
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