第5話 野盗

 商隊の馬車が停車しているそばの森の中で、俺は野盗共を相手に大剣を振り回していた。


 俺の大剣を受け止めようとする相手の剣ごと、賊を切断していく――力技だが、実に効率よく敵の数を減らしていた。


 気が付くと、俺のそばでゲッカが野盗共の喉笛を食いちぎり、数を減らす手伝いをしてくれていた。


 ――この狼、気配を殺すのが巧すぎないか?!


 人間の反応速度を超える俊敏さで相手の剣をかいくぐり、あっさりと喉笛を切り裂いていく。


 恐ろしいハンターだな。


 俺とゲッカで半数以上の野盗を減らし終わった頃、ようやく他の傭兵たちも参戦してきていた。


 賊は数の不利を察して逃げかけたが、傭兵たちの追撃で背後から切り捨てられ、地面に倒れ伏していた。


 あーあ、逃げるなら放っておけばいいものを。なにを必死に……ああ、俺が半分潰した後で、功を焦ったのか。


 俺は傭兵共が残党を潰しているのを横目に、大剣を振るって血を払った。


 そのまま焚火の方へ向かって歩いて行くと、フロリアンが笑顔で俺を出迎えた。


「あんた、すげー腕だな。大口は伊達じゃなかったってことか」


「賊が弱すぎただけだろ。それより不寝番が居ないのはどういう事だ?」


 フロリアンは機嫌悪そうに応える。


「俺の采配ミスだ。今までここらじゃ、賊が出ることはなかった。

 ――あんた、不寝番でもないのに、よく賊に反応できたな」


 俺は小さく息をついて応える。


「これでも殺気には敏感な方なんだ。戦場で生きてきたからな。

 あんたの手勢は、戦場から離れ過ぎだろう」


 戦場はハイリスクハイリターン、報酬が多い代わりに、命を落としやすい稼ぎ場所だ。


 そんなリスクを嫌った傭兵は、比較的リスクの低い仕事を探していく。


 『大商人のお抱え私兵』なんてのは、その最たるものだ。


 だがそんなぬるま湯にかって居れば、戦いの感覚はなまっていく。


 今夜はその違いが浮き彫りになったということだろう。


 俺はアヤメのそばに戻っていく――フランチェスカは、腰を落として短剣を構えていた。


「もう警戒しなくていいぞ、賊はもう全滅だ」


 背後でまだ戦いの気配がしているが、あの状態から賊がこちらに襲い掛かるのは不可能だ。


 だというのに、フランチェスカが警戒を解くことはなかった。賊どもを目で追いかけ、黙って様子を見守っている。


 万が一を警戒してるのか。それこそ不要な心配なんだがな。


「……ふん、好きにしろ」


 俺はアヤメの寝顔を見る――気持ちよさそうに眠ってやがる。


 こいつには危機察知能力ってものが欠けてるんじゃないか?


 その分をフランチェスカとゲッカが補ってるのかも知れないが、今後は気にかけておくか。


 俺は大剣を鞘にしまうと、ごろりとアヤメの傍に寝転んだ。


 そのまま疲れを忘れるように、すとんと意識を手放した。





****


 フランチェスカは野盗の最後の一人が息絶えるまで、警戒を続けていた。


 ようやく賊が全滅し、傭兵たちが剣を納めると、フランチェスカも小さく息をついて短剣を腰の鞘に納めた。


 フロリアンが不寝番の指示を出し、傭兵たちが焚火の周りに帰ってくる。


 彼らが寝始めるのを見届けて、フランチェスカはようやくアヤメの傍に寝転んだ。


 ――強い。


 先ほど垣間見たヴァルターの力量、『戦場で生きてきた』と言った言葉に、嘘はないのだろう。


 年齢は恐らく三十歳前後、その年齢まで戦場で生き抜いた、傭兵のエリートだ。


 並大抵の男になら、負けない自負がフランチェスカには有った。


 伊達にアヤメの傍仕えを拝命してはいない。


 だがヴァルターに勝つイメージを持つことは、難しいように思えた。


 熟睡していても賊の気配に敏感に反応する危機察知能力も際立っている。


 寝ている者たちに気付かれる事なく動き、賊をまたたく間にほふっていく剣の腕。


 あれでもまだ、気配を殺して戦っている以上、全力ではないはずだ。


 これが戦場だったなら、どれほど苛烈かれつな戦いをするというのか。


 ――ただのお人好しならよいのだけど。


 はげしい殺し合いの直後だというのに、もう寝息を立てている。彼にとって、殺し合いは日常の延長なのだ。


 これほどの戦士に拾われた事が幸運なのか不運なのか、フランチェスカには判断が付かなかった。


 今はただ、彼が敵にならないことを祈りながら、フランチェスカも目をつぶった。





****


 翌朝、飯を食って出発した商隊の幌馬車の中で、フランチェスカが俺に告げる。


「ヴァルターさんは、なぜ傭兵になったのですか」


 傭兵になった理由か。


「俺は剣術馬鹿だったからな。

 平民の俺が剣の腕を思う存分振るうとなると、道が限られて行く。

 外道に落ちるか、まともじゃない職業に就くかだ。

 俺は傭兵の道を選び、戦場を選んだ。

 おかげで今まで、好きなだけ剣を振るって生きてきた。

 おそらく戦場で命を落とすまで、そうやって生きるのだろう」


 フランチェスカが俺にさらに告げる。


「戦場で生きる傭兵なんて、リスクが高いだけではないのですか」


「人を殺すのに、己の命も差し出せんようじゃ魂が腐っていく。

 通り魔や盗賊なんて弱者を狙う外道は、俺の性に合わん。

 傭兵はこれでも、社会に認められた職業だ。

 誰かに石を投げつけられるような人生を歩んできたつもりはない」


 俺の答えに納得したのか、フランチェスカは小さく息をついた。


「……あなたと言う人が、少しは理解できました」


 俺はニヤリと笑みを浮かべた。


「だといいがな。

 警戒するのは結構だが、あまりにも信用されてないと、あんたらを守りきれなくなる。

 せめてこちらの言うことぐらいは聞いて欲しいもんだ」


 黙り込んだフランチェスカに、アヤメが告げる。


『やはり面白い男じゃの。昨晩の騒ぎを見れんかったのが残念じゃ。

 フラン、次はきちんとわらわを起こすが良い。

 ヴァルターの強さ、わらわも直接見てみたい』


ひい様、殺し合いなど敢えて見る必要はございません。

 お目汚しとなりますので、お控えください』


 なんだかアヤメが俺に楽し気な視線を向けてくる。


 興味を持たれたのか? 懐かれても困るんだがなぁ。


 この王族の嬢ちゃんが、変な気を起こして変なことを言い出さないと良いんだが。



 俺の心配をよそに、アヤメは俺を見つめながら楽し気にフランチェスカと言葉を交わしていた。


 俺は賊を警戒しながら、アヤメの視線を甘んじて受け止めていた。





****


 二日目の夜も、野盗共が襲い掛かってきた。


 今度は不寝番が仕事をし、声を上げて傭兵たちを起こしていく。


 俺は大剣を抜き放ち、手近な賊の数を減らしていく。


 ――数が多い。大所帯の盗賊団か。


 さては昨晩の野盗共は、なわばり争いに敗れた弱小か。


 おそらくこの辺りが、一番商人が行き交う数が多いポイントなのだろう。


 昨晩の倍以上は居る盗賊団を相手に、俺は静かに剣を振るっていった。


「わー! ヴァルターつよーい!」


 ……力の抜ける声援だな。アヤメが起きたか。


 ならばもう、気配を殺す必要もないか。


 俺は遠慮なく大剣を掛け声とともに振るっていく。


 横目で見ると、アヤメに近づく賊が居た。そいつらをフランチェスカが短剣術で手際よく切り捨てていく。


 ――こいつもいい腕をしている。確かに並の傭兵なら相手にはならなそうだ。


 俺がアヤメたちを気に掛けながら賊の数を減らしていると、アヤメがこちらに向かって右手を掲げた。


「ヴァルター! 少し手伝ってあげる!」


 ……何を言ってるんだ? あいつは。


 次の瞬間、アヤメの右手から炎の矢が放たれ、俺の周りに居る盗賊たちに次々と着弾していた。


 炎の矢は賊に当たると大きく爆発し、夜闇に真っ赤な赤い花を咲かせていく。


 ――人間の上半身が消し飛ぶ威力?! 魔導士じゃないって言ってなかったか?!


 アヤメの炎の矢でひるんだ間抜けな賊を、俺は容赦なく切り捨てていく。


 数が多かったはずの盗賊団は、昨日よりも短い時間で完全に沈黙した。



 俺は大剣の血を払ってからアヤメ近づき、尋ねる。


「お前、それは魔導術式だろう。魔導士じゃないってのは嘘だったのか?」


 アヤメはきょとんとした顔で俺に応える。


「なんのこと? これは魔導術式ってのじゃないよ。巫術ふじゅつだもん」


巫術ふじゅつ? 聞いたことないな。なんだそれは」


 アヤメが困ったように眉をひそめた。


「何だって言われても、巫術ふじゅつ巫術ふじゅつだよ。他に何て言えば良いの?」


 フランチェスカも短剣の血を払って鞘にしまい、こちらに戻ってきた。


巫術ふじゅつはセイラン国に伝わる魔導、そのようにお考え下さい」


 フランチェスカがアヤメに告げる。


ひい様、巫術ふじゅつは使われませぬようにと、あれほどお願い申し上げたではありませんか」


『じゃが、気持ちよさそうにヴァルターが暴れておったでな

 わらわも暴れたくなったのじゃ。あれくらい、構わぬであろう?』


 にこにこと微笑むアヤメに、フランチェスカがため息をついた。


『お願いですから、大人しく月華げっかに守られていてください』


『仕方ないのう、努めてやろうぞ』


 フランチェスカはもう一度ため息をついてから、アヤメを寝かしつけて横になった。


 ……子守も大変そうだな。


 俺も剣を鞘にしまい、ごろりと横になって意識を手放した。

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