第4話 港町の大商人

 朝飯を食った俺たちは宿を引き払い、依頼人であるこの港町の商人、フロリアン・クラウゼの下へ向かった。


「……クラウゼ商会、ここか。しかしデカい商館だな」


 館は貴族の屋敷並の敷地がある。


 入り口には私兵だか傭兵だかが立っていて、こちらを睨み付けていた。


 俺は入り口の男たちに、ギルドから受け取った依頼書を見せて告げる。


「傭兵ギルドで仕事を受けてきた。

 俺たち三人で請け負う。依頼人に会わせてくれないか?」


 男の一人が俺の首から下がる傭兵ギルド登録証を目で確認した後、依頼書に目を走らせた。


「……お前が補充人員か。

 だが三人とは聞いていない。

 それに、まさか後ろの女子供が残り二人とか言わないだろうな?」


「そのまさかだ。

 だが仕事はきちんとこなせるはずだ。

 その交渉を、依頼人としたいと思っている」


 男はアヤメとフランチェスカを一瞥して俺に告げる。


「まぁいい、伝えてくる。ここで待ってろ」


 男が一人で館の中に入り、しばらく待っていると再び姿を現した。


「お会いになるそうだ、入れ」


 俺はアヤメとフランチェスカに目くばせをしてから、商館の中に足を踏み入れた。





****


 通されたのは倉庫で、恰幅の良い男が荷物を馬車に積み込む指揮をしていた。


 俺たちを案内した男が恰幅のいい男に告げる。


「フロリアンさん、連れてきました」


 恰幅のいい男――フロリアンがこちらに振り返り、笑顔で俺に告げる。


「あんたが補充人員か。腕は立ちそうだな。よろしく頼むぞ」


「ああ、それは任せてくれ。それで、後ろの奴らも頭数に加えて欲しいんだが」


 フロリアンがアヤメとフランチェスカを一瞥した。


「……若い女と、子供ね。何ができる?」


「フランチェスカは護身術と短剣術、アヤメは狼使いだ。

 あんたの身を護る役には立つ」


「ふん……俺を守る肉壁になるなら考えてやる」


「そんなことにはならんと思うが、あんたには傷一つ許さんと約束してやろう」


「……まぁいいだろう。人手は足りていないからな。

 他の護衛の邪魔をしないなら、護衛として雇ってやる。

 だが俺か積み荷、どちらかに損害が出たら、その二人の報酬は無しだ」


 俺はニヤリと微笑んで応える。


「それで問題ない。最悪でも俺が三人分働いてやるからな」


 フロリアンが楽しそうに笑った。


「ハハハ! 大口を叩いたな? 楽しみにしておこう!

 出発までもうしばらくかかる。その辺で待機しておけ」


 俺は頷いて、アヤメたちを連れて壁際に移動した。



 馬車に荷が積まれていく様子を眺めていると、フランチェスカが悔しそうな声で告げる。


「肉壁になればいいだなんて、品性がありませんね」


「まぁそう言うな。

 あれは『そのくらいの覚悟がないなら付いてくるな』って意味だ。

 傭兵なんてのは、所詮使い捨てだからな。

 自分の命と引き換えに金を得る商売だ。俺たちはそう覚悟して生きている」


「私はアヤメ殿下を優先して守ります。それは了承しておいてください」


「構わんよ。ついでに賊の数を減らすか、相手の足を引っ張れれば充分だ。

 あとは俺がなんとかする」


 アヤメがニヤニヤと笑みを浮かべて俺に告げる。


「三人分の働きとか、ずいぶんと自信ありげじゃない?

 ヴァルターはそんなに強い人なの?」


「さぁな。うぬぼれるつもりはないが、そこらの賊や傭兵には負けんよ」



 積み荷が全て馬車に乗せられると、フロリアンが周囲で待機していた傭兵たちに声を上げる。


「前方と後方、二手に分かれて幌馬車に乗りこめ!

 すぐに出発するぞ!」


 傭兵たちが前方の幌馬車に殺到していった。


 活躍の場があるのはそちらだ。


 実力を見せつければ、継続雇用の話でもあるのだろう。


 俺たちは人の少ない後方の幌馬車に乗りこんだ。


 こちらは荷を守るのが主な役目、派手な活躍はしづらいポジションだ。


 仕事はしづらいが、むさくるしい野郎どもでごったがえす馬車など、アヤメが嫌がるだろうからな。仕方あるまい。



 先頭を傭兵たちの幌馬車が、続いてフロリアンが乗る馬車、そして積み荷を乗せた幌馬車が三台続き、最後に俺たちを乗せた幌馬車が続いた。


 北の町まで三日間。無事に辿り着ければいいが、治安を考えると賊の襲撃は避けられないだろう。


 俺たちの商隊は、昼前の日差しを浴びながら、王国の港町を北に向かって出発した。





****


 俺は幌馬車の中で干し肉を食いちぎりながら、賊に対する警戒を続けていた。


「ねぇヴァルター、それ美味しいの?」


 振り向くと、アヤメが俺が手に持っている干し肉を見つめていた。


 懐の革袋から一切れ取り出し、アヤメに差し出してやる。


「塩っ辛いぞ、水は持ってるのか?」


「水? フランが持ってるんじゃない?」


 全部、フランチェスカ任せか。さすが王族だな。


 アヤメは俺の手から干し肉をひったくると、ガジガジとかじりつき始めた。


『――なんじゃこれは! 固すぎて噛み切れんぞ!』


 フランチェスカが水筒を片手に、声を上げるアヤメに告げる。


ひい様、ゆっくり、口の中でふやかしながらかじってください』


『……しょっぱい! なんじゃこれは! 塩の塊ではないか!』


『保存食ですので、塩気が強いのです――こちら、お水です』


 フランチェスカが差し出した水筒を奪い取ったアヤメが、ごくごくと遠慮なく水を飲んでいく。


 ガジガジと干し肉をかじっては水を飲んでいくアヤメは、あっという間に水を飲み干していた。


『……なんじゃ、もう水が尽きたのか。フラン、お代わりじゃ』


 フランチェスカが眉をひそめて応える。


『申し訳ありません、それ以上はお控えください』


 ……アヤメの奴、水の飲み方も知らんのか。


 それでよく干し肉を食いたいなどと……ああ、知らないから言ったのか。仕方のない奴だ。


 俺は懐から予備の水筒を取り出し、アヤメに差し出した。


「これを飲め。ただしそれで最後だ。

 馬車が止まれば、川に降りて水を補給することになる。

 その時まで我慢しろ」


 結局アヤメは、俺が渡した水筒もあっさりと飲み干した後、文句を言いながら干し肉をかじっていた。





****


 午後になり、馬車が停車した。


 皆が道沿いに流れる清流に降りて行き、水筒に水を補充していく。


 俺も水筒三本に水を補充した後、川の水を手ですくって飲んでいた。


 俺のそばで、俺の真似をして川の水を飲んでいたアヤメに告げる。


「いいか、よく覚えておけ。

 人間は食わなくても割と耐えられる。一週間くらいはな。

 だが水は二日か三日で命が危うくなる。

 旅をするなら、飲み水の確保だけは決して怠るな」


「へぇ~、ヴァルターはどこでそんなことを教えてもらったの?」


「どこで? ……忘れちまったな。旅の常識、普通は知ってるもんだ。

 それを知らずに旅をしてるのが、俺には信じられん」


 アヤメが素直に俺に頷いた。


「よくわかったよ、これからは気を付けておく」


 案外、頭が悪いわけじゃないのかな。


 ただの世間知らずってところか。



 水の補充が終わると、全員が馬車に乗りこみ、再び馬車が走り出した。


 アヤメは干し肉の塩気を洗い流せたようで、すっかり機嫌が直っている。


「ねぇ、私たち護衛なんでしょ?

 さっきみたいに荷物から離れていて大丈夫だったの?」


「周囲の様子を確認してから離れてるからな。

 怪しい気配があったり、周囲に人がいる場合は半分ずつ交代で水を汲みに行く。

 あれだけ見晴らしがいい場所で賊を見逃すことはない」


「そんな打ち合わせ、いつやったの?」


「傭兵の常識って奴だ。仕事をしてるうちに、勝手に覚えていく」


 アヤメがニコニコとフランチェスカに振り向いて告げる。


『庶民の暮らしと言うのは、中々に新鮮じゃのう!

 水ひとつで、ここまで頭を使って動くのかえ?』


 フランチェスカが苦笑を浮かべて応える。


ひい様がご存じなかっただけで、水の確保はどこでも必ず最優先で行われるものです。

 青嵐国でも、ここと大きくは変わりませんからね?』


 相変わらず何を言ってるかはわからんが、アヤメの社会勉強中ってところか。



 馬車はやがて、日が暮れる頃に再び停車し、俺たちは野営の準備を始めた。





****


 焚火のまわりでお湯を飲みながら保存食を口にする俺と、それを真似るアヤメ、そしてアヤメを見守るフランチェスカ。


 俺たち三人は、周囲の傭兵たちから奇異の目で見られているようだった。


 ……旅慣れない様子の子供を連れた護衛なんて、聞いたことがないしな。


 目立つのは仕方がないか。


 しかし助かったな。商隊の護衛仕事は、食料の支給がある。


 旅支度ができてないアヤメとフランチェスカの食糧を工面する必要がなくなった。


 通行料も商人が支払うのが常だ。俺たちは金を払うことなく北の町に入り、そこで報酬を受け取る。


 行きたい場所と同じ方向なら、これほど割のいい仕事もない。


 問題は、そう都合よく同じ方向の仕事なんて転がってないってことぐらいだ。


 今回は本当に運がよかった。



 飯を食い終わったアヤメに毛布を押し付けて告げる。


「俺の毛布だが、手持ちの寝具はこれぐらいしかない。

 それとゲッカでなんとかして眠れ。

 ――フランチェスカ、お前は大丈夫か」


 フランチェスカは平然とした顔で応える。


「ええ、野宿程度は慣れております。問題ありません」


 不満気なアヤメは毛布を受け取って、ぶちぶちと告げる。


『このわらわに、斯様かように粗末な寝具で眠れじゃと? なんと無礼な』


ひい様、旅というものはままならぬもの、不自由なものとお考え下さい』


 フランチェスカの言葉で、ため息をついたアヤメは毛布を地面に敷いたあと、ゲッカを呼び寄せて抱き枕にしていた。


 俺とフランチェスカは、アヤメのそばで横たわり、身体を休めた。





****


 ふと夜中に俺の目が覚める。


 その空気を感じ取った俺の手が、そっと大剣の柄を掴んだ。


 ゆっくりと起き上がり、静かに大剣を鞘から抜いて行く。


 周囲は寝静まった者たちしか居ない――おいおい、不寝番すら居ないって、油断しすぎだろう。


 声を出そうかと思ったが、アヤメを起こすと後がうるさそうだな。


 焚火の炎はまだ残っている。すぐに消えることはなさそうだ。


 俺は足音を殺し、静かに気配に向かって駆け出した。

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