十一話 ハクスラ

 「ほら! ほら! ほらっ! やっぱりこれはドロップアイテムですよ!」

 

 急に元気になったカラスマが、ぽてんぽてんと動く半透明の水の塊――暫定的に彼らはスライムと呼んでいる――を探しては踏みつぶし始める。

 たまに姿を見せる動きが遅いわりにやけに好戦的なネズミはミッカが真っ先に蹴飛ばしてしまっているものの、そもそも現れる魔物の大半がこのスライムだった。

 色味や形は個体差があるものの、どれもカラスマでも簡単に踏みつぶせる程度の脅威でしかなく、冒険者ギルドで頼まれた仕事は本当に雑用であったのだろうと推し測れた。まずは面倒で報酬の低い――つまりはやりたがる者の多くない――仕事をやらせてみて、新参者がどのような人物か探ろうとでもしていたのだろう。

 

 召喚されたことに無感動で、自分の身が理不尽に痛めつけられていたことにすら無頓着な、ある種の世捨て人のような印象すらあったおじさんが急に子供みたいに目を輝かせている。その様子をミッカは眩しそうにして眺めていたが、当のカラスマはいくつかのナイフを手にして大喜びしている。

 よく見ると、ナイフといっても全く同じではなく細かい部分は違いがあったり、ナイフ以外にもハンマーのようなものも混じったりしている。

 

 「私に与えられていた能力はハクスラです。かなり思い出してきましたよ。それでもよく意味がわかりませんでしたが、そのままの意味だったのです。この異世界でハクスラができるのですよ!」

 「す……すごいね?」

 

 どんどんと勢いづいていくカラスマに語られて、ミッカは辞書の「たじろぐ」の項目に挿絵として書き入れたいほどの様子で戸惑う。

 召喚される間の出来事については、一時的な記憶喪失のような状態になり、その後に徐々に思い出していくということをミッカも経験している。今にしてもどこまできちんと思い出せているのか怪しいものだが、それ自体は共感できた。だから今になって能力名というのを口にしたのも不思議ではなかった。

 しかしそのうえで、知らない言葉をさもすごいことだという風に語られて困ってしまっていたのだった。ミッカやほかの学生たちとは随分と言葉の雰囲気が違う能力名であったこともそれを加速させる。

 そこでふと、ミッカは戸惑うべきはそこではないことに気付いた。

 

 「って、あのなんちゃらボードだと何もでてなかったじゃん? 忘れても能力はあったはずでしょ」

 「ああ、それですか、あのアナライズボードはあくまでもジャスティア神の与えるギフトを鑑定するというものだったからではないかと思われます。私の場合はジャシーンなる存在からタレントとかいう能力を押し付けられましたから。いえ、こんなに素敵な能力であるとわかった以上はそのような言い方はやめるべきですね、失礼しました」

 

 随分と口数が増えたカラスマが、どこか虚空に向かってのお辞儀まで交えながら説明してくれたものの、ミッカにはやはりよくわからなかった。

 ただなんとなく「全員おそろってわけじゃなかった……?」程度には理解していた。よくわかりはしなかったが、カラスマは何かしら異質で特別なのだろう、と。

 

 「でもそれすごいけど、どうすんの?」

 「もちろん、持って帰りますが?」

 

 カラスマがスライムを倒すと入れ替わりに出現するドロップアイテムは、百パーセント確実にというわけではないようだった。だからたくさん踏みつぶしてはしゃいでいたわりには、ナイフなどの物品は持ちきれないほどという数ではない。

 しかし成人男性のカラスマが両手で抱えるほどではあるわけであり、ナイフにはなぜか丁寧に鞘まで付属しているとはいえ、大変そうなことには変わりなかった。

 とりあえずミッカが半分持つから一緒に買取してくれそうなところを探そうと提案しかけたところで、カラスマは「持って帰る」という言葉の真意を“やって見せた”。

 

 「これで大丈夫ですね」

 「え…………消え、た?」

 

 それは巧妙な手品のようだった。ミッカの目の前で、なんの予備動作も目くらましもなかったにもかかわらず、カラスマが抱えていた物が忽然と消え失せたのだから。

 

 「す、すごいね、おじさんのハ……ハッスル?」

 「ハクスラです」

 

 一旦、ミッカとしては考えることを諦めて、受け入れる方向に切り替えたのだった。

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